第112話 ジャハンナの刺客 3

 暗い通りを闇雲に走り続け、高い塀で囲まれた路地に飛び込んだ男が、荒げた息を整えようと両膝に手をついて体を折り曲げていた。


「何をしている?」


 不意にかけられた声に飛び上がりそうに目を見開いたが、それが聞きなれた声だと気が付くと、大きく息を吐いた。


「五月雨か……、脅かすなよ……」


「キャハハハ、リッシュン、だっさーい」


 塀の上から投げかけられた若い女の笑い声を、怒りをあらわにして睨み返した。


「黙れ、柚理葉。俺は……、俺は、殺されかけたんだぞ!」


「お前がか?」


 答えたのは、五月雨と呼ばれた男の方であった。


「あいつ……、何かを呼び出しやがった! こんな未開の地の蛮族が、あんな力を使えるなんて聞いていないぞ!」


「僅かな手勢で、軍隊を壊滅させた不死の英雄。やはり、ただ者ではなかったという事か」


「へぇー、凄いじゃない。蓮花が行けばよかったかなー」


「有り得ない! あんな物が、ある筈が無いんだ!」


 五月雨は興奮した相手に少し間を置くと、落ち着いた声で話し始めた。


「サムライ、知っているか?」


「……何の話だ?」


「古来、卓越した戦闘技術を駆使し日本を守って戦った戦士の呼び名、サムライは、本来、シャムライ、つまり、シャムから来たという意味らしいな」


「だから、何だっていうんだ」


「シャム。それがどこを指すのか、正確な場所は分からんが、この大陸には多くのシャムを冠する地名が残されている」


「……つまり……」


「サムライの源流、我々の力の源が、この大陸のどこかで受け継がれていてもおかしくはない。それが、今の我々を凌駕している可能性も」


「そんな……」


「ふーん、それで? 殺すの?」


「もう少し調べてみる必要はあるな。シャムについても……、事の如何によっては、組する相手が変わるかもしれん」


「英雄だよ? かっこいいじゃん、ふふっふ……」


 不穏な笑い声を残し、三人は闇の中へと消えて行った。

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