第73話 切り札 2
アシュルは不安に飲み込まれそうな気持ちを打ち消すために、マジカルバスターアーマーの操作技術習得の訓練に打ち込んでいた。
難解な作業と体を動かす疲労で、へとへとになり倒れるように眠る。その繰り返しだった。
関節各部の可動域、そしてどんな体勢からでも、発揮できるパワーとスピードに、初めのうちは走るだけでも神経が擦り切れそうになったが、人体の構造ではありえない回避や攻撃手段を身につけるに至っていた。
あらゆる死角から、渾身の一撃を叩き込めるアシュルの剣さばきは、マジカルバスターアーマーのスピード補正を度外視したとしても、どんな達人であっても見切る事は不可能であろう。
彼女の訓練の様子を見ている者がいれば、手足がどこに付いているのか分からぬ動きに、目を回すに違いなかったが、それでも毎日繰り返し、さらなる修練に励んでいた。
ベルも訓練に励み、アシュルとの模擬戦を続けていたが、舞うように華麗に飛び回れるようになってからは、ちょくちょく、キシャルの病室を訪れていた。
以前から、仲の好かった彼女たちではあったが、キシャルの変化は目覚めて直ぐ誰の目にも明らかだった。
「べる~べる~」
病室の扉が開くと、キシャルが走って来て、ベルに飛びつく。
相変わらず仲が良い二人だったが、小さな子供が頻繁に見舞いに来る相手に懐くのは、至極当然の事にも思えた。
「あ~ね、これ~ね」
「また、お顔が汚れちゃっているわよ」
顔を拭かれると、キシャルは頬に空気を貯めて膨らましてから口を閉じる。頬を拭かれて空気が押し出されるのを楽しんでいるかのようだった。
「う、む、むぷっ」
キシャルは、小さくなった体以上に、言葉を扱えなくなっており、まるで、赤ん坊のような話し方であったが、ニンツと違って、わずかではあるが魔法の力を残していた。
魔法を使って、彼女はいつも、外と繋がりのない病室の中で、小さな泥の人形を出し遊んでいる。幾ら清潔に保っていても、彼女の手や顔が泥まみれになっているのはそのためだった。
ベルは根気よく、毎回繰り返される泥人形遊びに付き合っていた。
体は小さくされてしまっても、以前の記憶が彼女の中に少しでも残っていれば、奪われた時間を、呼び覚ませるかもしれないと、僅かな望みを探しているようだった。
しかし、彼女の変化は意外なとことから気づかされることになる。
毎日、手や髪を洗ってやっているが、少しも、爪や髪が伸びていないのだった。
(これは、まさか……成長していない?)
それは、単に小さくされたとか、生きて来た時間を巻き戻されたとかいう問題では無かった。
それは、もっと恐ろしい、同じ時間を繰り返す呪い。
時間さえかければ、成長して元の彼女に戻れるという、小さな希望すら打ち砕く、呪いだった。
「どうして! キシャルがこんな目に合わなければならなかったの!」
ベルは、やるせない想いを壁にぶつけていたが、いくら叫んだところで返事など返ってくるはずもない。ただ、自分が弱かったからだ。全ての責任は、砂の国の魔法使いに、敗れた自分の弱さにあった。
それでも、毎回繰り返される、同じ泥遊びに付き合っていた。
明日になれば、その次こそは、と、小さな望みを探して。
同じ繰り返される日々の中でも、キシャルとは違い、成長し続けるアシュルの元へ、いつになく真剣な表情をしたベルが姿を現した。
肉眼で追うのが困難なほど、激しい動きの訓練の最中でも、直ぐに、その表情の意味を悟った。
「いよいよか……」
「ええ、大国連合が、砂の国の紛争解決に乗り出す決議がなされたわ。大規模な地上部隊と、複数の国からなる連合艦隊が展開される……、そして、私たち魔法戦力が、この戦いの切り札となる」
「軍隊との連携か」
自分たちの持つ、魔法の力が軍事力として数えられる。しかし、それについて考えている場合では無かった。対空砲火の支援があっても、倒せる確証も無い、それほどの相手なのだ。
「共に行動すると言っても、私たちの目的は、飽くまでも砂の国の魔法使いよ」
「ああ、分かっている。魔法に対抗できるのは、魔法だけ、だ」
「奴等を倒して、戦いを終わらせる。……人の血を吸い続ける乾いた大地を、この世界から消し去ってやる…………」
ベルから発せられる殺気に空気がひび割れて行くような錯覚に、アシュルでさえ、思わず後ずさった。
それが彼女の心に刻まれた傷の深さだった。
怒り、恐怖、悲しみ、憎しみ、それらの狂気を乗り越えるためには、勝たねばならない、何としても……。
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