第57話 ラドロクアへ 1

 数日と経たずに、病院を抜け出して来たアリードは基地に戻り、食事を届けに来た来夏に挨拶も程々に、以前にも増して忙しそうに仕事をこなしていた。

 それも理由があった。彼らが行っていた交渉がようやく実り、隣国との会談が開かれようというのだ。


「やっと、正式に話し合いができるからな……」


 英雄と呼ばれていても、他の国がアリードを代表として認めていたわけではない。それが、初めて砂の国の代表として、会談に赴けるのだ。

 熱を込めて余念なく準備をする彼は、興奮と緊張で、普段よりも輝いて見えた。

 しかし、会談と言っても数ある隣国の中で、応じたのは一か国だけ、他は、様子見と言った態度のまま返事さえしていない。だからこそ、この会談の成否が今後の交渉に大きく影響するであろうと、彼も息巻いているのだが、その相手国というのが……。


「ラドロクアだ。砂漠を横断する川の上流に位置する国だ」


 意外だった。国土の半分は山脈に覆われているとはいえ、豊富な地下資源と潤った土地で、高い生活水準を保っている国である。水源を押さえられている相手というだけでも慎重に関係を築かねばならず、砂の国へ大きなアドバンテージを持つ相手が、最初に交渉の糸口を広げてくれるとは。

 それに、ラドロクアには、来夏も大きな借りがあった。


「あの、アリード……。ダムの事は何か言っていなかった?」


 来夏はアリードの内乱中に川の水を堰き止めたダムを破壊している。

 あの時はそうするしかないと考えての行動だったが、今となっては、本当にそれでよかったのかと、彼女は悩んでいた。


「ダム? いや、何も聞いていないが」


 アリードは、何の話だと言わんばかりに聞き返した。来夏が単独でダムを撃ち抜いて来たことは彼の与り知らぬ事だ。しかし、向かいに座っているメルトロウが助け舟を出してくれた。


「ラーイカさん、あなたが気に病む事ではない。あれはこの国の多くの人の命に係わる事、そして、それに対する国同士の行動です。その責任は、国家が請け負うものですから」


「国としての…… (軍事行動……)」


 来夏は自分の『魔法』が軍事力としか見られていない事に、いや、あの時は確かに敵を制圧する力であったのだが、自分がこの世界に来た意味を考えては沈んだ気持ちになる。


「アリード、私もラドロクアに連れて行って」


 しかし、例えそうであったとしても、その結果を自分の目で見なくてはならない。

 その国の人たちの言葉を聞かねばならない。


「え?……あ、ああ、それはいいけど……」


 詰め寄った来夏に面食らったアリードは、助けを求めるように目を泳がせたが、メルトロウは相変わらずの穏やかな表情のままで、判断は彼に任せていたため、しどろもどろになりながらも了承した。

 来夏が一緒に来てくれるという事は彼にとっても心強いはずであったが、会談を受けたラドロクアの思惑も気にはなっていたのだ。


「先生、ラドロクアは、どういう心算で、今回の会談を受けたのだと思う?」


 一瞬ではあったが、メルトロウの普段あまり使わない顔の筋肉がピクリと動いて、どことなく影のある表情をのぞかせた。


「……あの国には、古い知人が居ます。権力の中枢で何らかの役職についている彼が、今回の件にも一枚かんでいるかもしれません……」


「先生の友人が居るのか? それはいい話じゃないですか」


 アリードは、目を輝かせて体を乗り出したが、メルトロウは、落ち着いた表情のまま淡々と話を続けた。


「いえ、彼とは……、主義主張の相違から、ずいぶん昔に袂を分かった間柄です。ですから……いえ、彼とは、私が話を付けます」


 彼にも過去にしてきた事への後悔があるのだろうか、と、来夏は考えたが、今は自分の気持ちを整理するので精一杯だった。

 この国の人のために、正しい事をした。その結果が、他の人々に何をもたらしたのか、その現実を目にしなければいけないのだから。

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