15センチの足跡 👣/Footprints of 15 centimeters

長束直弥

15センチのミステリ

第一話:15センチの積雪

 刑事部捜査第一課の波謎野はなぞの警部と、相棒の幇間ほうかん刑事は、車を降りてから一時間以上も歩いていた。


「け、警部……、待ってくださいよぉ~」

 ホウカン刑事が、遅れ気味になりながらも警部の後を追う。


 昨晩降った大雪で、このあたりの景色は普段とはすっかりと様変わりしていた。

 例年にない大雪だということで、積雪15センチ。

 この地域では、非常に珍しいことだ。


 二人がこの雪道を急いでいるのには理由があった。

 警察本部に殺人事件の110番通報があったのは早朝六時半のことだった。

 すぐに、地元の駐在所に連絡を取り、駐在している警察官一名が現場へ直行した。

 その後、事件現場の一番近くにいて、他に手が空いていた刑事がいなかったという理由だけで、この事件の担当官としてこの二人が任命されたのだった。


 早速二人は、現場へと車を走らせたが、山奥に入るに従い昨日の大雪の洗礼を受け、途中から徒歩で行くことを余儀なくされた。

 その上、目的地に向かう唯一のアクセス道には、雪の重さに堪えきれずに折れた古木が横たわり、二人の行く手を阻んでいた。


 緊急処置として、手作業による簡易的な撤去作業がおこなわれ、三十分後何とか人が通れるほどの道が通った。


二人は、撤去作業の合間に合流した数名の鑑識官と管轄の警察官を伴い、事件が起きたという温泉旅館に向かっていた。

 もちろん、現場へ向かうには人里離れたこの山道しかなく、交通手段はやはり徒歩に限られた。


「警部、その殺人現場はまだ遠いのですかね?」


「ああ、兎も角急がねば……、第二の殺人も起こりかねない」

「えっ! 第二の殺人?」


「そうだ。こういう場合は、連続殺人になる可能性が大なのだ」

「ク、クローズドサークルって奴ですか?」


「そのとおりだ」


「それは、大変だ!」



      ◇


 一晩降り続いた雪は明け方にはすっかり止み、辺り一面は白銀の世界へと変わっていた。


「わあ~、綺麗!」

 窓越しに見た情景に紫桐翼しとうつばさは歓喜の声をあげた。


「何が綺麗なん?」

 同室の岡田蘭おかだらんが寝床から顔を出し、寝ぼけ眼で問う。


「へえぇ~、真夜中に雪が降ってたんやね。どおりで寒いと思てたわ」

 同じく、室の森川瞳もりかわひとみが翼に寄り添うように立ち、眼下に広がる雪化粧に見惚れる。


「そんなアホなこと……、ほんまや!」

 蘭がそそくさと起きてきて窓辺に立つ。


 三人が昨日から宿泊している――ここ湯元『山の奥温泉旅館』は、この地域の中でも一番山奥にある15番目の温泉宿にあたる。


 旅館の玄関前から山道まで続く区間は綺麗に除雪されているが、その先はすべて真っ白な世界が広がる。

 駐車場に止められた車の屋根やボンネットにも雪が積もっている。

 敷地の周囲に昨日までは緑色の絨毯を敷きつめたように広がっていた草原が、一夜にして真っ白い絨毯を被せたかのような変貌を遂げていた。


 旅館の入り口の看板には、


   センチ

   15


という文字が記せられている。


「あれ、どういう意味やろ?」

 蘭がこの旅館に着いたときから気になっていたことを口にした。


「あっ! それより、あれ何かな?」

 突然、瞳が指をさして皆に訴える。


「何が?」


「あれよ。あれ」

 翼と蘭は、瞳がさしているその指先を探る。

 その視線の先には、雪とは対照的に染まったモノが……。


「あっ! あれ〝人〟やない?」

 蘭が目を見開いて言う。


「本当に人かな?」

 瞳が首を傾げる


「人や人! 間違いないわ」

 そう言って、蘭が何度も首肯く。


 旅館の敷地内から出た山道の向こう側――昨日まで草原だった場所――約30メートルほど入ったところ。その雪の上に横たわった人らしき物体が見える。


 翼はブラックのダウンジャケットを手に取ると、素早く部屋を飛び出していった。

 その後を瞳がグレーのフード付きのダウンコートを羽織りながら、「ちょっと待ってぇ~」と追いかける。


 エレベーターを待つのももどかしげに、階数ランプを見詰める。

 エレベータボタンを押してはみたものの、待ちきれないのか翼はすぐ横にあった階段を駆け下りていった。


 起きたばかりの蘭は、浴衣姿のままその上からオリーブ色のミリタリージャケットを羽織リ、ニット帽を深めに被って二人の後を追いかける。


 草原の手前の道に立ち竦む二人にようやく追いついた蘭が、羽織り物をの襟元を締めながら目的の場所を凝視する。


「や、やっぱり人や。人が倒れてるんや! おかしいな……、まったく動かへんで!」


 視力の良い蘭が目にしたのは、雪とは対照的な赤――。

 倒れている人物の周りに広がる赤――。


「あっ! 大変や。あの人血流してはる……」

 蘭が確信を持って言う。


「ええっ!」

 瞳が叫ぶ。


「瞳、旅館に戻って警察に電話を! それと、誰も雪の上には入らないように――」

 携帯電話が通じないのを確認しながら、翼は現場を細かく観察する。


 山道から、倒れている人物のところまでは約30メートル。

 そこまでの雪の上には小さな足跡のようなものが、その地点に向かって延延と続いていた――。



      ◇


「ここから30メートル先に、遺体があったということか……」

 刑事部捜査第一課の波謎野はなぞの警部は、相棒の幇間ほうかん刑事とともに、一足先に現場に到着したという駐在所の警察官に事件の概略を訊いていた。


「ええ、そうなんです。胸にナイフで刺された被害者が俯せになって倒れていたんですよ」

 管轄刑事は第一発見者から聴取した内容を告げた。


「つまり、その現場に残されていた足跡は、被害者の履いていた靴のものと、10センチの靴が往来した足跡だけだったということかね?」


「ええ、昨晩降っていた雪は、深夜の午前四時過ぎには止んでいたということで、犯行はそのあとに行われたものと思われます。第一発見者の通報が午前六時半。つまり、犯行はその間に行われたものと思います」


「往来している足跡の主が、犯人だというわけだな」

「まあ、状況的に考えるとそうなんですが、15センチの靴のサイズといえば、およそ三歳児の靴のサイズらしいんです。まさか犯人が三歳の幼児だなんてことは……」


「三歳児……、三歳児に殺害は無理だな」

「常識で考えると、そうですね」


「で、被害者の身元は?」

「この地域の自治会長の息子――北山三郎きたやまさぶろう、二十九歳」


「三郎……?」

「はい、被害者は京都の大学を卒業したあと、大阪府内の某大手銀行に就職しています。現在の住所は大阪府寝屋川市ねやがわしです」


「それが何でここに……?」

「何やら二日前からこの旅館に宿泊していたそうです」

「里帰りなら実家に帰ればいいのに……」

「何故かはわかっていません。何しろ死人に口なし状態ですからね」


「何も死人に訊く必要はないだろう。で、被害者の実家というのは」

「それが、途中で警部が足止めをくらったという地点の、200メートルほど手前にある集落に実家があるそうです」

「警部、我々が徒歩で一時間以上もかけて来た道を逆戻りしても、まだ遠い場所にあるんですね」


「ああ、それと、この地域ではこの時期、日の出が六時なのですが、その三十分ほど前が『市民薄明しみんはくめい』といって薄明るい状態です」

「なるほど、『美人薄命』か……、美人はパンツ穿くめえってね」

「警部。『市民薄明』といって、太陽の中心高度が地平線下六度から日の出までのことで、この間は灯火なしでも屋外で作業ができる程度の明るさの時間帯です」


「……、で、君はどうやって此処に来たんだね? ここに来るにはあの遮断された道を越えなければならない。しかし、私たちがあの場所に到着したとき倒れていた木の状態は、まだ雪は積もったままで、何等手付かず状態だったのだが……」

「ああ、私の駐在所はこちらの旅館側にあるのです。あの木が倒れた場所のすぐ近くです。それと、私が木が倒れたのを確認したのが午前三時頃です。倒れた音が駐在所まで聞こえてきましたから……」


「――わかった!」


「何かわかったのですか?」

 ホウカン刑事が問いただす。


「ああ、犯人の犯行動機だよ!」

「えっ、本当ですか? 凄い。凄過ぎる。もう、この事件の真相に迫るというわけですね」


「ああ、私にはすべてお見通しだ」

「――で、どんな動機なんです……?」


「つまり……、『相続争い』がこの事件の動機に違いない!」

「ど、どういうことですか?」


「つまりだね、ホウカン君。北山家の家系は代々受け継がれている名家。被害者の父親はこの地域の実力者であり、広大な土地を所有している。つまりこの地域一帯の大地主。その父親が亡くなり、跡継ぎ問題が持ち上がる。そこで兄弟の誰かが莫大な財産と権力を一気に引き継ぐことになる。その北山家の相続人の一人――三郎が、その犠牲者となったのである――」


「あの~ぅ、相続争いと言いましても……、父親が自治会長と言いましても、北山家自体、資産家でも土地成金でもないですし、況してや父親はまだ御存命だし、彼には兄弟もいなく一人っ子なんですが……」


「ひぃ、ひ・と・りぃっっこ~! で、何で名前が三郎なんだよ?」


「ええ、父親がサブちゃんのファンだそうで……」

「……、ややこしい名前をつけやがって!」


「まあまあ警部、落ち着いてくださいよ。あのワケのわからない〝キラキラネーム〟よりはずっとマシですよ」

「何だ、その〝チラチラセール〟てぇのは?」


「……、キラキラネームですよ。まあ、それは兎も角置いといて――取り敢えず、これが宿泊客の名簿です」

 そう言ってホウカン刑事は、波謎野警部に宿泊名簿を手渡した。


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