ep13/36「そんなことをしたら、ダメだって!」
マカハドマは二振りの刀を、リリウスは二振りのツルハシを――――。
リリウスが200tにも達するツルハシを振るえば、マカハドマは抜刀で以て受け止める。古代文字を刻まれた刀身が、炎を纏った鉄柱に深々と食らいつく。鍔迫り合いの格好となった二機は、おおよそ拮抗するのが不釣り合いな組み合わせで競り合い続ける。
剣戟。リリウスは絶え間なくツルハシを振り下ろすも、ことごとくマカハドマの太刀に阻まれる。それどころか、マカハドマの一太刀がツルハシを弾き飛ばしていった。
『くっ……!』
マカハドマが振るうは二太刀目の斬撃。その太刀筋から逃れられなかったリリウスは、辛うじて鉄柱で受け止めようとする。
だが、圧倒的な剣速はそれすらも許さない。音速などとうに超えて加速する刀身を前に、炎を剥がされた鉄柱はバターよろしく切り裂かれる。斬られた鉄柱を手にするリリウスは、下段から斬り返された刀に薄皮を裂かれて行った。
「この刀をなんとかしないと!」
苦し紛れの一撃、リリウスは咄嗟に右腕の骨を展開させていた。
白熱する断面を晒す鉄柱を去り際に射出、しかしマカハドマの迎撃によって四散。砕き散らされた鉄の飛礫が、掠めれば人体を赤い霧と変えるほどの勢いで宙にばらまかれる。
鉄の散弾をものともせずに踏み込んで来たマカハドマに、リリウスは辛うじて対応する。しばしの間、二機は余波だけで大気を震わせるほどの鍔迫り合いにもつれこむ。
離れれば決着が着かず、近付けばこちらが危うい。巧みに二刀を操るマカハドマに、ハドマの軍勢さえものともしないリリウスが押されていた。
鍔迫り合いで響く轟音。リリウスと一体化したアヤカは、眼前で削られる鉄柱に心をも削られそうになりながら、脳裏でハナに囁いていた。
賭けに出よう、と。
その内容を告げた途端に、ハナの顔は驚きに歪む。その苦しげな表情さえはっきり想像出来るような声音で、ハナはコックピット内に悲鳴一歩手前の声を満たしていた。
「そんなことをしたら、アヤが危ないよ! ダメだって!」
『でも、これしかないの!』
刀と競り合う鉄柱は、みるみる内に痩せ細っていく、もはや時間が無い。
うなだれたように俯くハナの姿を幻視しながら、アヤカはその答えを待った。そして半ば諦めたように、それでも力強い確信を帯びて零れた呟きを耳にする。
「アヤが、それで本当にやれると思うなら……信じるよ」
『ありがとうね。なら、
三つ眼に青い光を溜め込み始めたリリウスは、鍔迫り合いの最中にレーザーを撃ち放っていた。それは組み合っている最中にライフル銃を撃つかのような暴挙。しかし、マカハドマの鏡面じみた装甲に滑らされた光束は深々と地盤に突き刺さっていた。
地盤奥深くで沸騰させられた足元が、地雷のごとく吹き飛ぶ。
リリウスはその隙をつく形で、着弾に紛れて体勢を沈める。両脚をバネとしながら踏み込めば、溜め込んだ膂力で不気味にビリビリと足元が震え出す。
そして、リリウスは飛び上がった。
手にするはツルハシ、真下には足元を揺るがされたマカハドマ。頭部を叩き割らんとして振り下ろされた一撃は、1本のツノが屹立する頭部へと躊躇いなく振り下ろされて行った。
さながら一つのビルが撃ち込まれたような運動エネルギーの暴威は、しかし、交差した2本の刀の前に真っ向から受け止められてしまっていた。
マカハドマが踏ん張った両脚は深々と地面に突き刺さり、宙でツルハシを振り下ろしたリリウスの体重をも乗せて撃ち込まれた一撃を止めてみせている。
まさにアヤカとハナが
「アヤ! 動きが止まったよ!」
『それなら、今っ!!』
ツルハシを握り締めたまま、リリウスの両腕は一気に紫炎を噴き出し始めていた。
鉄塔ほどはあろうかという持ち手を握り締めていた両腕は、燃え盛る紫炎で包み込まれる。途端にドロリと融け落ちたツルハシは、節くれだった指の間をすり抜けるように零れて行く。鉄などバターのように融かしかねない高温で、リリウスは自らの得物を溶鉄と変えたのだ。
もはやリリウスの手に、武器は無い。
それを分かっていてなお――――、否、分かっているからこそ徒手空拳と化した左手は、躊躇なくマカハドマ目掛けて伸ばされていった。乱暴に掴みかかるように突き出された左手は、食虫植物よろしく開けた大口を隠そうともしない。
『捕まえたああぁぁ!!』
炎を纏う左手は、あろうことかマカハドマの振るう
2振りの刀、その交差点を炎越しに握り締めた左手は、刀が発する冷気と反発し合ってゾッとするほどに軋み始める。このままでは千切れる、引き裂かれる。恐らくあと一秒と保たないはずの荒業ではあったが、リリウスの右手に炎を宿らせるには充分な時間だった。
『右腕を、このまま!』
「叩き込んで!」
リリウスの右腕は、蛾と化して空を飛ぶ時のそれに変形していた。数百万tもの巨体を宙に浮かせ、あまつさえ戦闘機動させるほどの斥力。その膨大な斥力がたった一本の腕を押し出す為に集まり始めたなら。
既に得物を塞がれたマカハドマへと、斥力の全てを叩き込めたなら。
爪のような炎を生やした右腕は、それ自体が
「
あまりに速過ぎる突きは、雷光を纏う鉄槌と化してマカハドマへと振り下ろされていた。
圧縮された大気が数万℃に熱せられる間すら与えず、手刀の一撃は冷え冷えと冴え切った刃物じみた鋭さで間合いを貫く。
それと同時に、マカハドマもまた腕そのものを凍り付かせていた。肉厚の大太刀と化した腕が引き絞られる間もなく、まるで弾かれたようにリリウスへと突き出される。
リリウスが撃ち込む手刀、マカハドマが負けじと突き出す手刀。まさしく2つの刀と化したそれぞれの一撃は、大気を引き裂きながら互いを僅かに掠めて行った。
炎の爪に抉られたマカハドマのツノが四散し、その一瞬後には頭部を突き砕く。人間で言えば脊髄にまで達するほどにめり込んだリリウスの腕は、マカハドマの
同時にリリウスの肩にも、マカハドマの手刀が達していた。リリウスの肉体組織をも貫く氷の手刀は、あと数マイクロ秒早かったなら、手刀の一撃をも止めていたに違いなかった。
両者ともに動きを止めた静寂、その均衡を破ったのはマカハドマの方だった。
鉄骨が捩じ切られるような轟音を放ちながら、マカハドマが膝を屈する。
今さら機械仕掛けであったことを主張し始めるように、マカハドマは引き千切られたケーブルの数々を血管の如くのた打ち回らせながら、徐々に力を失っていく関節を轟音と共に軋ませていた。
まるで初めからただの氷であったかのように、その冷たい死骸は瞬く間に崩れ去っていく。
ぴし、ぴしり。
鞭打たれたように走って行く
踏み締めていた地面に残骸を叩きつけ、鬼は濃い白煙で辺りを霧に沈めながらただの歪な氷山と化していた。その雪山さえ瞬く間に溶かしていく、死闘の余熱にくすぶり続けるリリウスを残して。
『はぁっ……はぁっ……』
全身が熱いのに、内臓だけは冷え切って生きた心地がしない。痙攣して言うことを聞かない指先も、今にも砕けそうな膝も、普段の動かし方を忘れてしまったかのように上手く動かせなかった。
その足元で熱湯と化して溶け去っていくのは、元はマカハドマだった氷山に他ならない。
「終わった……わたしたち、倒せたんだよね?」
『他のハドマも……機能停止しているみたいね』
三つ眼で周囲を見渡すと、アヤカは思考力を振り絞ってそれだけを口にした。気を緩めれば吐いてしまいそうだった。破裂しそうなほどに鼓動する心臓は、未だ戦いが終わったことを理解し切れていない。
しかし、ハナの存在を肌に感じるにつれ、アヤカもまた理性ではないどこかでようやく実感し始めていた。戦いは終わった、マカハドマは倒せたのだと。
嬉しさは無い、高揚感も無い。これから2人で島に帰れる、そんな事実を反芻するだけで精一杯の心は、安堵とも混乱ともつかない感情で、我知らず目元を熱くさせていった。この涙腺に溜まり始めた微熱が、果たしてアヤカのものかハナのものかなど分からない。2人は気が付けば、生き残れた安堵に頬を濡らす感覚を共有していた。
「良かった……良かったよぉ……」
『ちょっ、ハナまで、そんな……っ』
いつまでそうしていただろうか。
足元にあった氷山が融け、いつしかクレーターを満たす湖と化していたことに気が付けるようになるまで、2人はすっかり弛緩し切った身体で安堵に浸り続けていた。
叶うことならば、今すぐにでも眠ってしまいたい。極度の緊張に張り詰めていた精神は、今や張力を失って緩み切ったまま。しかし、
向かうは島へ、帰るべき場所へ。
「帰ろう?」
「うん」
もはや他に歩く者とていない大地を揺らしながら、リリウスはフッと炎を消し去る。燻る炭のような体表へと戻ったその姿に滲むのは、帰り行く少女たちの混乱と安堵。
最後に右肩を抉っていった一撃は、浅い裂傷となってリリウスに激闘の証を刻み込んでいた。さして深くもない傷は不思議と痛むことなく、アヤカとハナにさえ何ら違和感をもたらしていない。だから、気が付けなかった。
その傷口の奥深く、リリウスの体表へと一つの氷塊が沈み込んでいった。
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