第61話 みんな揃った

 夏が帰ってきた翌日の夜、木島さんと菊池さんがやってきた。

「おう、元気になったか」

 夏を見るなり、木島さんが相好を崩した。

「ほんとうに、元気になってよかった」

 菊池さんも、我が事のように喜んでいる。

 夏の横には、活が寄り添っている。

 夏が帰ってきてからというもの、二匹はずっと寄り添って、離れようとしない。

「よかったな、活」

 木島さんが、活の頭を撫でた。

「一時はどうなるかと思ったが、こうして、また全員が揃ってよかったな」

 木島さんは、屈託のない笑顔を見せた。

「これ、夏の退院祝い」

 菊池さんが、キャットフードの詰め合わせを差し出した。

「どんなのが好物かわからないが、木島さんと二人で選んだんだよ」

「こんなもの買ってきて迷惑かもしれないが、どうしても、祝いをしたくってな」

 二人とも、子供のように、無邪気な笑顔だ。

 善次郎は、二人の好意に、胸を熱くした。

 いくら友達だとはいえ、他人の飼っている猫にここまでしてくれるなんて、普通ではあり得ないことだ。

「ありがとうございます」

 善次郎が礼を言う前に、美千代が先を越した。

「本当に、ありがとうございます」

 洋平も、美千代に倣って頭を下げた。

「木島さんと菊池さんに退院を祝ってもらえて、夏も、喜ぶと思います」

 洋平が、嬉々として言った。

 これまで、遠慮してか、大人の会話に入ってこようとしなかった洋平だったが、よほど感動したのだろう。

 洋平も、この二人には、気を許している。

 特に、木島さんの事は尊敬しているいたいだ。

 いいことだと、善次郎は思っている。

 洋平は、これから大人になってゆく。

 社会人になり、沢山の人物と出会い、いろいろなものを見、様々な経験をするだろう。

 この時期に、人は、見かけや、学歴や、職業では測れないということを知っておくのは、非常に貴重な経験になるに違いない。

 善次郎自身は、この歳になって、ようやく、人との関わりの大切さを知ったのだ。

 これまでも、学歴や職業にはこだわらなかったが、それは、ただいけいけでやってきたので、自分と他人という区別しかしてこなかったからだ。

「俺らも、祝おうぜ」

 木島さんが、シャンパンを取り出した。

「それって、高価なものなんじゃ」

「まあまあ、そんなこと気にしなくてもいいよ」

 目を剥く善次郎の肩を、菊池さんが軽く叩いた。

「そうだぜ、善ちゃん。夏の退院は、俺たちにとっても嬉しいことだ。シャンパンくらい空けたって、バチなんか当たりゃしねえよ」

 まったく、この二人は。

 善次郎は、この二人と出会ったことを、神様に感謝した。

「そうだな。今夜は、そんな細かいことは抜きで、大いに祝おう」

 心の中では、この二人になにかあった時には出来る限りのことをしようと誓いながら、善次郎が陽気な声をだした。

 夏一匹が欠けただけで、どこか寒々しかった空気も、夏が戻ってきて、一気に明るくなった。

「洋ちゃん、おまえも飲めよ。いいだろ、善ちゃん。今日は、めでたい日なんだからよ」

 善次郎の返事も待たず、木島さんが、洋平のグラスにシャンパンを注いだ。

 五人は、一斉にグラスを合わせ乾杯した。

「どうだ、大人の味は」

 木島さんに問われて、「美味しいです」ほんのりと赤くなった頬をして、洋平が答えた。

 そんな光景を、美千代は、目を細めて見ている。

 みんな揃った。

 善次郎は、明るく談笑する四人を見、美千代の横で膝を折る活を見、洋平の側に身体を寄せている夏を見ながら、ほのぼのとした気分に包まれていた。


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