第23話 悪戦苦闘

 善次郎は、いつもの餌とダイエットフードを、半々に混ぜてやることにした。そうしておいて、徐々に配合を変えていこうという作戦である。

 最初は、無造作に容器に入れたので、二つの餌が、綺麗に別れてしまった。

 これは、失敗だった。

 活は、いつもの餌だけを食べ、ダイエットフードには手を付けなかったのだ。

 次に、両方を入れてからよく混ぜた。

 これで、いつもの餌だけを食べるわけにはいかないだろう。そう思ったのだが、善次郎の思惑は、見事に外れた。

 善次郎が思っていた以上に、活は賢かった。なんと活は、前脚で容器を操り、餌を全て床にぶちまけたのだ。

 そして、驚くことに、ぶちまけた餌の中から、いつもの餌だけを器用に選って食べた。

 善次郎は思った。

 これは、賢いのではない。食への執着のなせる業だ。

 後には、無残にもダイエットフードだけが残された。少しは一緒に食べもしただろうが、そんなことでは意味がない。

 甘くみていた。恐るべし、活!

善次郎の胸に、驚嘆と畏敬と戦慄が走る。 

 どうしよう?

 善次郎は、残されたダイエットフードをかき集めながら、途方に暮れた。

 それにしても、どうして猫って、食べる時に首を小さく振るんだろう。別に、固いものを噛みちぎっているわけでもないのに。

 一瞬、そんなどうでもいいことを考えた。

 思案に詰まった挙句、心が逃げようとしていたのだ。

 ここで、挫けちゃいけない。

 ともすれば、折れそうになる心を、瀬戸際で踏ん張り支えた。

 気を取り直して、何か良い方法はないものかと考える。

 そうだ、別のダイエットフードもあるはずだ。なんで、こんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。

 あの時は、ダイエットフードを買うことにのみ気が行っていて、最初に目についたものが全てだと思い込んでいた。

 馬鹿だなと、自分でも思う。

 ともあれ、善次郎の心は軽くなった。

 しかし、あることに気が付いて、再び重く沈み込んだ。

 一種類だけ買っても、また食べなければ意味がない。何種類かを買って、活が何を食べるかを見極める必要がある。

 そうするには、懐が心もとない。

 今月は、給料を貰って直ぐに去勢手術をした。それに善次郎は、別れた妻に養育費を毎月支払っている。

 妻から離婚を切り出したとはいえ、その原因は善次郎にあるのだから、せめて子供の学費くらいは払えと言われた。その変わり、慰謝料までは請求しないと。

 釈然とはしないものの、これまでの罪ほろぼしと親の責任から、毎月養育費をきちんと振り込んでいる。

 そんなわけで、善次郎の懐事情はいつも苦しかった。

 善次郎は悩んだ。暫く悩んでいたが、これも活のためだと思い切った。

 善次郎は煙草は吸わないが、酒は飲む。量は過ごさないが、寝る前にちびちびと飲(や)るのが、唯一の楽しみだ。

 活の健康と自分の酒。

 どちらが大事か計りにかけた時、瞬時にして活の健康に傾いた。

 俺が、暫く酒を止めればいいんだ。俺も健康になるしな。一石二鳥じゃないか。

 前向きに考える。ここまでくれば、あっぱれという他ない。

 いつの間にか善次郎は、自分よりも活を優先に考える癖がついていた。

 そうと決まれば、善次郎の心は再び軽くなった。

 善は急げとばかりに、ペットショップに走る。

 あるある。

 ペットショップに行ってみると、予想通り沢山のダイエットフードが置いてあった。

 活の食べそうなものはどれか。幾つか。活の好みそうなものを物色していった。

 袋や箱の横に、原材料や成分値などを記載しているが、どれも似たりよったりで、善次郎には、違いがわからない。店員にも聞いてみたが、成分や効果の違いは説明してくれるが、どれが一番食いつきが良いかまでは教えてくれなかった。

 もっともだ。活の好みなんてわかるはずがない。

 善次郎にもわからないのだから。

 とりあえず、味の違いそうなフードを五種類買った。

 家に帰って、早速買ってきたものを試してみた。

 最初の餌には、活は見向きもしなかった。匂いを嗅いで、プイと横を向く。

 善次郎が、がっくりと首を折る。

 二つ目も同じ。三つ目、四つめも同じだった。

 さっきは、いつもの半分しか食べていないので、腹は、減っているはずだ。

 その証拠に、餌を入れる度に、期待に満ちた目で鼻を近づけている。

 これが、最後だ。

 祈るような気持ちで、餌を容器に入れる。

 さすがに五度目となると期待しなくなったのか、邪魔くさそうにとりあえずといった様子で、活が鼻を近づけた。

 しかし、今度は違った。一口ゆっくり食べた後、それからは、がつがつと食べだした。

 どうやら、お気に召したようだ。

 善次郎は、思わず「やった」と叫んで、活を抱きしめた。


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