14 混乱と正義
第98話 提案
公爵は布張りの椅子に腰掛けて、陶器職人の仕事ぶりを眺めていた。ジャンニを見ると、不機嫌そうな顔がますます険しくなった。
「また私の前に現れるとはいい度胸だな。お前が宝石をどうしたかは聞いてるぞ」
「悪いけど、だらだら喋ってる時間はないんだ。手短に話すから聞いてくれ。先代の公爵に代わってあんたが君主に選ばれたばかりの時、1人の男がトレッビオの城に忍び込んで人を殺めた。覚えてるかい?」
ピエルフランチェスコ・リッチョが鼻息も荒く近づいてきた。
「閣下、ここはお任せを。この彫金師を牢に放り込む手はずは整っております」
26歳の公爵は幼い頃の家庭教師の声を無視した。
「覚えている。下手人は捕らえられたはずだ」
「そいつは無罪だ。八人委員会の記録では、レオナルドはあんたの暗殺を目論み、誤ってピエトロを殺したとなってる。けど、レオナルドはもうその時には牢に入れられてたんだ。やったのは、別の野郎だ」
「閣下、この卑怯者の戯言に耳を貸す必要はございませんぞ。己の罪から注意をそらせたい一心で作り話をしているだけなのですから」
「リッチョの旦那、こんなとこで喚いてないで5千スクードの値がついてた偽物のルビーの代わりでも買いに行ったらどうだい?」
「ほれ見ろ! お聞きになりましたか? この性根の腐った男は、あれが紛い物だったなどと言って罪から逃れようとしている。なくしたというのも嘘で、実は懐に入れたのかもしれませんな」
「いいや、あれは紛い物だったんだよ。公爵閣下、あんたはどこぞの詐欺師からあれを買う前に、おれか、真贋を判定できる別の誰かに相談するべきだった。あれは柘榴石にガラス片を貼り合わせた模造品で、ルビーなんかじゃない。でもそんなもんに大枚はたいちまったことをおれに教えられたくないだろ? だから、あんたにもリッチョの旦那にも黙ってた」
宮廷執事は泡を吹いて倒れそうな顔だ。
「黙って聞いてれば、よくもまあ……」
話の内容までは聞こえないはずだが、好奇心を隠せない側近らがコジモの方をちらちら伺っていた。冷静な表情を崩さないものの、コジモが怒りを湧き上がらせているのがジャンニには分かった。
「あんたのものをなくしたのは事実だ。だけど、ここに来たのは言い逃れするためじゃない。侮辱するためでもない。8年前にあんたを殺そうとした野郎をとっ捕まえてやろうと言ってるんだよ」
「それが誰なのか分かっているのか?」
「ああ」
眼下にはフィレンツェの街並みが広がっている。
朱色の屋根瓦はまるで薔薇の花だ。その向こう、夕陽に照らされた大聖堂の優美な丸屋根は見る者の心を穏やかな感慨で満たす。人間の造形物でありながら背景の山並とも完璧に調和し、不思議な奇跡と思わずにいられない。
汚い事が公然と行われていても、街はいつも通り美しかった。
「分かったと思う。これからとっちめに行く。うまくいけば、誰がピエトロを殺したかも教えてやれる。そのために警察長官に同行を頼みたい。もしおれが嘘をついてたら、その場で逮捕してくれていい。けど、おれが考えた通りの事実が明らかになったら、あんたに聞いてほしい頼みがいくつかある」
「言ってみろ」
「まず、レオナルドの釈放だ。明日にもヴォルテッラに人をやって、8年も牢獄で呻吟してる哀れな男を出してやれ。少なくとも、彼は誰も殺してないんだ」
「お前は八人委員会を解任になった。そんなことに関わりを持つ必要はもうないだろう」
「解任は撤回してくれ。この騒ぎは全部、この犯人が8年前にあんたを殺そうとしたことから始まった。そいつは無実の人間が投獄されたのを知りながら、なに食わぬ顔で今も暮らしてる。フィレンツェ公爵閣下、あんたの知らない所でだ」
コジモは不愉快そうに顔を背けていた。その横顔を、ジャンニはじっと見た。今の最後の言葉は、若い君主の威信を揺るがしたはずだった。
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