8/18 板わさ

「お前さん、この国は初めてか?」

「ああ、答えなくてもいい。その箸の使い方に困っているのを見れば分かる」

「いいか、箸はこう持つんだ。下をこうして、上をこうだ」

「そうだ、上手いじゃないか」

「そしてこう摘む。はは、上手く掴めないか?始めはそんなもんだ」

「まあ、練習して上手くなってくれ。箸が使えればどんな店でも食事出来る」

「この国のおすすめは刺身だ。海外の客には寿司のほうが受けるみたいだが、刺身と米と別々で食べたほうが美味いんだぞ?」

「それにな、この醤油というソースと山葵という香辛料の組み合わせはなんにでも合う魔法の組み合わせだ」

「これだけで肉も魚も美味しく食べられる。覚えておくといいぞ」




ふと、この国に来て最初に会話をした一般人の事を思い出していた。

私が箸を使うようになったのも、この国の食事を楽しむようになったのも、彼のあの行動のお陰と言っても過言では無い。

彼にとっては何気ない行動だったのだろうが、右も左も分からない状態だった私にとって、彼から教わった箸の使い方はその後の私の生き方を変えたのだ。


彼は今どこに居て、何をやっているのだろうか。


もう出会うことは無いだろうが、こうして山葵醤油で蒲鉾を食べていると思い出す。

蒲鉾だけじゃない。

竹輪でも、豆腐でも、焼売でも、ローストビーフでも、彼の言うとおり山葵醤油はだいたいどんな物にでも合う。

流石に揚げ物や煮物みたいな火の通った物とは相性が悪いが、生の物ならだいたい相性が良い。

こんな魔法の組み合わせを教えてくれたのだ、彼はもしかしたら魔法使いだったのかもしれないな。

もしも次に会えたら聞いてみるか。『貴方は魔法使いなのですか?』とな。

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