8/10 汁無し担担麺
この国で食べられる中華料理は半世紀以上前にこの国にやって来た一人の中華料理人によってこの国の人間の舌に合うように調整された物であり、本場の味とは遠くかけ離れているという事を知っているだろうか。
彼は元々本国の宮廷料理人だったらしいのだが、この国の人達に自国の料理を知って貰うために来国し、主婦達のために一般家庭で作れる中華料理を開発した。
本場の宮廷料理を台所で作れるようにして広めるのは祖国や他の中華料理人に対する裏切り行為だと取られてもおかしくないのだが、彼は生涯その活動を辞めず、テレビや雑誌で大いに広めたと言う。
彼のお陰で広まった中華料理は数多く、代表的な物で回鍋肉がある。
この国で回鍋肉と言えば豚肉とキャベツを味噌で炒めた物だが、本場の回鍋肉はキャベツを使わないし味噌も使わない。
この国のスーパーならどこでも売っているキャベツと、この国の家庭なら必ずある味噌を使い、難しい手順を踏まずにそのまま炒めた物を彼は回鍋肉と呼んで広めたのだ。
このように、この国の中華料理の歴史は彼が作り上げたといっても過言ではない。
そんな彼の広めた中華料理の中に、担担麺という物がある。
今では担担麺と言えばラーメンのように汁に浸かった物だが、本場の担担麺は汁は殆ど無く、麺にタレをかけた程度しか無い。
その担担麺を彼は汁気を多くし、この国で一般的な国民食となっているラーメンのようにして受け入れさせたのだ。
だが、その担担麺は近年になって先祖帰りを起こし、担担麺から汁を無くして麺にタレをかけただけの汁無し担担麺という物が発明された。
それならば本場の物に近くなったのかと言うとそうでもなく、本場の担々麺をラーメン風にした物から汁を無くしたという物であり、逆に本場の物からは遠ざかっている。
一度増やした物を減らして違う物にするという、なんとも奇妙な進化の仕方だ。
しかし、これがかなり美味い。
麺の上には挽肉と微塵切りにした葱とザーサイが乗っており、タレは辣油や豆板醤や芝麻醤に胡麻や落花生を摺りおろした物を加える。
これで甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の五味を味わう事が出来、さらに唐辛子の辛味と山椒の痺味を足した七味の味つけをするのが特徴だ。
これを最近の流行りの混ぜそばのようによく混ぜて食べ、食べ終わった後の挽肉とザーサイとタレに白いご飯をぶち込んでから食べるのがこれまた美味い。
私はラーメンタイプの担担麺も好きだが、一度この汁無し担担麺を食べてしまってからはラーメンタイプの担担麺は頼まなくなった。
本場の担担麺が美味しく食べられるために進化してきた極地が、この汁無し担担麺だ。
このように、料理というのは国や地域によって材料が変わったり好まれる味が変わったりして、常に進化を続けている。
中には『こんな物は○○料理では無い!!』と言いたくなる物もあるかもしれないが、中華料理を広めた彼が使っていた言葉に
『私の中華料理少しウソある。でもそれいいウソ。美味しいウソ』
という言葉がある。
担々麺のように既に大元と麺料理であることぐらいしか共通点が無くとも、美味しさを求めて進化させるのは間違いでは無いのだ。
まだ趣味の段階でしかない私だが、料理に携わる者として、国を移ってまで自国の料理を広めようとし、しかもその国に合わせて元の形を変える事を是とした彼の志は大事にしようと思う。
汁無し担々麺のように、私も美味しさを求めて進化した料理を作れるようになりたいものだ。
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