7/23 冷やし中華

『冷やし中華始めました』

『冷やし中華始めました』

『冷やし中華始めました』


飲食店が何処もかしこも、店先に『冷やし中華始めました』と書かれた紙を張り出している。

中華料理屋も、定食屋も、ラーメン屋も、喫茶店でさえも、冷やし中華を始めている。

いや、始めてしまっている。




この国の冷やし中華文化は異常である。


冷やし中華。

その名前を聞き、初耳で麺料理と判断できる物はまず居ないだろう。

そもそも単品名と思えるかも怪しい。

普通ならば西洋料理におけるサラダや冷製スープのように、中華料理の冷たい料理の分類の一つだと思うはずだ。

それなのに、形態形成共鳴現象なのか、遺伝による情報連結なのかは分からないが、この国では冷やし中華は麺料理であるというのが常識となっており、それを疑うものは居ない。


この冷やし中華の異常な点として、飲食店は冷やし中華を始めたことを周りに告知しなければいけないという決まりがある。

この告知なのだが、どの店も白い紙に『冷やし中華始めました』と黒で書くだけで、宣伝にしては簡素すぎる。

新メニューを始めたのならばもっと積極的に告知するべきだと思うのだが、冷やし中華は『冷やし中華始めました』以外の宣伝方法をしてはいけないらしく、他の告知方法を見ない。

たまに青地に白文字で『冷やし中華始めました』と書かれた昇りを見かけるが、しばらくすると無くなっている事が多い。

誰かが回収しているのか、店が自主的に取りやめたのか……


これだけでも冷やし中華は異常だと感じるが、最も異常な点として、冷やし中華は一夏に一度しか食べない人が多いということがある。


これだけ告知される商品ならもっと人気があるはずなのだが、冷やし中華を複数回食べる者は少数で、それどころか冷やし中華を美味しいと思って注文している者も少ない。

夏に冷やし中華が始まったから食べているだけで、味は気にしていないのだ。

その証拠にどの店の冷やし中華も味はほぼ同じで、錦糸卵、胡瓜、ハムを麺に乗せ、酢醤油をかけて食べるだけだ。上にさくらんぼが乗っているかいないのか程度の違いしかなく、店を選ぶ必要がない。


店側は何の工夫もない冷やし中華を提供しており、客側も冷やし中華をただの義務で食べている。

これを異常と言わずして何を異常とするのか。


一部ではごまだれの冷やし中華や、ハムを茹でた豚にした物、さくらんぼの換わりにレモンを載せたもの等があるが、基本の冷やし中華でないと義務が果たせないのか人気はあまり無いらしい。


はっきり言おう。私は冷やし中華が余り好きではない。

折角の中華麺なのに、酢醤油だけで食べるのが勿体無く思えるのだ。もっと油そばのように濃いタレをかけたい。

そう思っているからこそ、この異常さに気付けているのかもしれない。

もしも、私も幼少時からこの国の冷やし中華文化に毒されていたらどうなっていたのか。

想像するだけで恐ろしい。


幸いにも冷やし中華文化は他者への押し付けは無いらしく、冷やし中華を食べたかどうかの確認もされる事は無い。

しかし、逆に全ての者が冷やし中華を食べているのが当たり前と思っているから、冷やし中華を食べない者の存在を認識出来ていないのだとしたら…


そう思うと、余りこの国の冷やし中華文化については言及しないほうがいいのかもしれない。

周りを見回すと、必ずと言っていいほど目に留まる『冷やし中華始めました』の文章。

その簡素な文章が、尚更冷やし中華の異常さを感じさせる。


『冷やし中華始めました』

『冷やし中華始めました』

『冷やし中華始めました』


どこかしこも『冷やし中華始めました』だ。


中華料理屋も、パチンコ屋も、定食屋も、ゲームセンターも、ラーメン屋も、古着屋も、喫茶店も、私が住んでいるマンションも


『冷やし中華始めました』

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