7/19 かき氷

この街はかつて、かき氷による争いが起きていた。

夏の、夏だけの、夏にしか提供されない、かき氷という氷菓子による冷たい戦いだ。


始まりは一軒の小さなかき氷屋だった。


他の地域で氷の卸売りをしている氷屋の息子が、毎日余る自分の所の端数の氷をどうにか出来ないのかと考え、この街の路地裏にかき氷屋を出したのだ。

日によって氷の種類が違うのだが、彼の父親の作る氷はかき氷にするに絶品の氷らしく、安く美味いかき氷が食えるという事でそのかき氷屋は直ぐに有名になった。

かき氷にかける蜜も手の込んだ物が多く、注文が入ってから果物を搾って作る物だったり、蜂蜜を加えた紅茶を煮詰めた物だったりと、当時最先端だった練乳や果汁の入った氷を削って作るかき氷の紛い物を堂々と正面から食い破り、連日TVや雑誌で紹介されるほどになった。


そして、路地裏に長い行列を作る人気店となった彼のかき氷屋は、秋の中ごろに閉店した。


問題は翌年に起きた。

その年も夏の間だけという事で氷屋の息子がかき氷屋を出したのだが、昨年のかき氷の人気に肖ろうと、他の路地裏でかき氷を出す店が大量に発生したのだ。

少し道を歩けばかき氷屋。角を曲がればかき氷屋。唐揚げやたこ焼き屋のメニューにもかき氷。どこもかしこもかき氷だ。

二年目にして、この街はかき氷による紛争地域となった。

人気の商品を提供するのは店として間違っていないが、この街にカキ氷を求めてくる人は昨年に人気になったかき氷を求めて来ているのであり、この年になって急に増えたかき氷屋ではない。

そのため、

『想像していた味じゃなかった』『TVでやっていたのと違った』『値段が高い』

等と、店の場所も名前も違うのに、違うかき氷屋で食べたかき氷が期待外れだったという感想を、氷屋の息子のかき氷屋の名前で広めてしまう勘違いが多発したのだ。


これには氷屋の息子も参ったのだろう。

ただでさえ行列を作る事とかき氷の容器のポイ捨てが近隣住民の苦言に繋がっていたというのに、昨年と違って悪い噂が広まったのだ。

そうして、二年目は他の店への対応で追われたのか、昨年ほどの評判は無く終わった。


三年目も同じだった。

それどころか、悪い噂はより増えた。

相変わらずTVや雑誌は『空前のかき氷ブームに火付け役』という事で紹介してくれるのだが、店が路地裏にあるのと行列で人が溢れてしまうため、似たような外見の他のかき氷屋に人が移ってしまうのだ。

路地裏に店を構えた事がここまで悪影響を及ぼすとは考えもしなかったのだろうが、そもそもこんなにも有名になる事は想定していなかっただろうから仕方ない。

後追いのかき氷屋は大通りに店を構えたかき氷屋も多く、そういった店は客への提供速度を上げるためにかき氷の量を少なくしたり、蜜も既製品を使っていたりした。

流石に明らかに違うかき氷は彼の店の悪評には繋がらなかったが、『こんなかき氷なら来なくてもよかった』という声は少なからず上がり、遠まわしに彼の店の評判も下がることになった。

彼は悔しい思いをしたそうだが、この年も特に対策を取れずに夏が終わってしまった。


そして四年目。

ここで氷屋の息子は一計を案じた。

のだ。

その替わり、街中のかき氷屋に使のだ。

『ここは○○のかき氷屋と同じ氷を使用しています』

という説明文と自分の店名の入った暖簾を持って、冬の間にかき氷を出していた店に営業をかけたのだ。

普通の店ならば考えられないような方法だが、元々は余っていた氷の処分のためにしていた店なのだ。他の方法で余る氷を無くせれるのなら問題が無かったのだろう。


他のかき氷屋は、この氷と暖簾を買うしかなかった。

元々有名になった店の後追いをしてかき氷屋を出したのだ。

ここで本家が出店しないだけならともかく、のは阻止したい。

同じ後追いをした店だけが残った状態で、本家の暖簾があるのと無いのでは、客の入りが違うのは明確だ。

そういう理由で、後追いでかき氷を始めた店舗はほぼ全てが氷屋の息子から氷と暖簾を買う事になり、街中に氷屋の息子のかき氷屋の亜種が産まれた。


だが、それで満足する息子ではなかった。


なんと、この街の真ん中にあるお寺にも営業をかけており、昨年まで自分達が使っていたかき氷屋の機材の寄付とアルバイトの斡旋を行ったのだ。

この街はこの寺を中心に栄えたといっても過言ではなく、未だにこの街の大部分はこの寺の土地である。

そんな巨大な力を持った寺が、敷地内で一昨年に有名になったかき氷屋と全く同じ味で店名も同じかき氷を出すとなれば、他でかき氷を出している店はどうなるか。


結果は明白だ。

後追いでかき氷屋を始めたところは軒並み潰れ、少量の独自に工夫をしている店だけが生き残った。


この街のかき氷の流行を作った本人による、この街のかき氷の流行への叛逆だった。


彼が何を思ってかき氷の流行を終わらせたのかは分からない。

自分が生み出した物なので、自分で決着を付けたかったのか。

ただ後追いをするだけで、まともなかき氷を作らない店をのさばらせてしまった責任を取りたかったのか。

今となっては分からない。彼は自分の街へと帰っていった。


かき氷による戦争はこうして幕を閉じた。


そして、今年も夏が来た。

今年は氷屋の息子の店の暖簾をかけたかき氷屋を三店舗程見かけたが、前のような何処もかしこもかき氷屋という事にはなっていない。

替わりに、ソフトクリーム屋が増えたように感じる。

コーンに工夫を凝らした店や、豆乳ソフトクリームや濃厚ソフトクリームや焼き芋ソフトクリーム等の変り種を売りにしている店を見かける。


残っているかき氷屋に彼の店の暖簾がかかっているという事は、まだ彼はこの街とかかわりがあるのだろう。

出来る事なら、この街ではなくとも、もう一度かき氷屋をやって欲しい物だ。

残念な結果になってしまったが、彼はかき氷が好きだからこそ、ああして店を出し、ああやって半端な事をする店に憤りを感じたはずだ。

好きな物を自分で破壊するのは相当な覚悟が必要だったと思う。ならばこそ、その好きな気持ちを大事にして、新しい物を作り出して欲しい。


風の噂で、元従業員が彼の店の味を継いで小さな店をやっていると聞いた事がある。

彼の店が無駄じゃなかった事を確認するため、その店を探してみよう。

彼は何も悪くない。人の欲望が悪かっただけなのだから。


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