7/16 シンカンセンスゴイカタイアイス

今日は新幹線に乗る用事があるため、兼ねてより気になっていたシンカンセンスゴイカタイアイスと呼ばれる伝説のアイスクリームを食べようと思う。


実際の硬さはかの有名な汁粉を固めた小豆バーよりは柔らかいらしいが、小豆バーと違って凍っていながらも相当な粘度を保っており、その粘度が全ての衝撃を吸収する構造をしているため、途轍もなく硬く感じるのだという。

噂では数十分経っても硬さを維持したままらしく、短距離の乗車時間では食べ切る事はおろか最初の一掬いさえ不可能と言われている。

それほど強固で溶けないアイスクリーム。単に高級感を出すためだけに新幹線で出しているわけではあるまい。きっと何か重要な理由があるはずだ。


新幹線の改札を抜けホームに着いたら、まずは出国手続きのために立ち食いきしめん屋に入る。

新幹線でこの街の外に出るにはきしめんを食べるのが必要らしく、この手続きを怠ると不幸が訪れると言う。

近くに住む釣り好きのおっちゃんから聞いた話なので信憑性は薄いが、駅の立ち食いは単純ながら基本に忠実で中々に美味いので、話がでまかせでも気にはしない。


食べ終わったら丁度ホームに入ってきた希望の名を冠する新幹線に乗る。

切符は勿論指定席だ。金で席を探す煩わしさを排除できるのなら、私はそうしてしまったほうが楽だと思う。


そして直ぐさま出発の時刻になり、新幹線が発車する。

最初のガクンという衝撃以外はあまり加速を感じない。

新幹線は最新技術を詰め込んで作る、国の力の集大成だ。

一般の電車と比べて長く感じる鼻も、車両の連結部分も、全てが高速を維持するために考えられて設計されている。

私は鉄道の趣味は無いが、この勇姿を写真に収めようとホームでカメラを構える者の気持ちも多少は分かる物だ。

三脚を立てるのならホームの先端にし、他の客に迷惑をかけないという前提だがな。


速度が安定して少ししてから車掌のアナウンスが流れ、次に移動販売の案内が流れる。

来た。これだ。

私が居るのは真ん中辺りなのでここに来るのは少し時間がかかるが、ようやくあのシンカンセンスゴイカタイアイスに対面出来るとなると胸が躍る。


移動販売のワゴンが来るまでの時間を扉上部の電光掲示板に流れるニュースを見て潰すが、高まる鼓動のせいか内容が頭に入ってこない。

九州地方で女性がとうとか、国外で初のなんたらとか、集中豪雨の影響がとか、そんな文字列が流れていたように思える。


そして暫くすると


「……とう……飲み……菓子は……ですかー?」


来た。

移動販売のワゴンだ。

今はまだこの車両に入ったばかりだが、少し待てばここに来る。


「お弁当、飲み物、お菓子は如何ですかー?」


来た来た!

ここだ!!


「すみません、アイスを下さい」

「はい、バニラとチョコとみかんとございますが?」


何、バニラ以外もあるのか!?

チョコはともかく、みかん味はとても気になるな。

だが、皆がシンカンセンスゴイカタイアイスを語る時はバニラの事を指しているはずだ。でなければ味の事も言及しているはずだ。

やはりここはバニラを頼むしかあるまい。


「バニラでお願いします」

「280円になります」


販売員はお金を受け取ると、アルミのクーラーボックスからアイスを取り出し、お手拭とスプーンとゴミ袋と共に渡してくれた。


買った。買ってしまったぞ。

とうとうシンカンセンスゴイカタイアイスを買ったのだ。

さあ、私もシンカンセンスゴイカタイアイスの硬さに挑戦だ!

私のスプーン捌きに耐えられるか!?

お前の力を見せてみろ!!

蓋を開け、封を切ったプラスチックのスプーンを掲げ、勢い良く純白の表面に突き刺そうとして


スッ


!!???

おかしい。

確認のため、一度スプーンをアイスから離して、こんどはゆっくりと突き刺す。


スッ


??????

柔らかいぞ?

硬くない。

このプラスチックのスプーンが折れるほどの硬さをしていると聞いたのに、全然硬くない。粘度は高いが、掬えない程ではない。


何故だ?

商品が違うのか?

いや、しかし、新幹線で購入できるアイスはシンカンセンスゴイカタイアイスだけのはず。

一体、どうして…


シンカンセンスゴイカタイアイスが柔らかいという衝撃に驚きながら、販売員とのやりとりを思い出す。

味をバニラとチョコとみかんと聞かれたが、ここでバニラを選んだのは間違いではないはずだ。

みかんならばもしかするとシャーベットのようになっていてバニラよりも硬い可能性はあるが、それならばシンカンセンスゴイカタイアイスを経験した者達はみかん味の事にも触れているはずだ。


ならば製造元や製造方法が変わったのか?

いや、それも無い。

新幹線発足時から卸している商品が変更されるのなら多少なりともニュースになっているはずだ。ここ最近でそんなニュースは聞いた事が無い。


ならば、何故だ?

販売員が何かしたのか?

味を選んだ後、販売員はアルミのクーラーボックスからアイスを取り出しただけだ。

その時に何かするなど………クーラーボックス?

だと!?


しまった。やられた。

これはあの販売員の優しさだ。

余りにもシンカンセンスゴイカタイアイスが硬くて食べられないため、のだ。


くっ、なんてことだ。

逆にそのシンカンセンスゴイカタイアイスの硬さを求めて来たというのに、まさか販売員の親切心がこんな結果を生んでしまうとは。

私は硬いシンカンセンスゴイカタイアイスが食べたかったのだ。柔らかいシンカンセンスゴイカタイアイスが食べたかったわけではない。


しかし。

しかしだ。

この食べやすい柔らかさのシンカンセンスゴイカタイアイスはとても美味い。

濃厚すぎて、まるでホワイトチョコレートを口内で溶かしているかのようだ。

この美味しさは硬いシンカンセンスゴイカタイアイスでは味わえないのであろう。

あの販売員はこのシンカンセンスゴイカタイアイスの美味しさを伝えるために、わざわざああやってクーラーボックスを使用しているのかもしれない。

これは販売員を責める事は出来ないな。

彼女は美味しい物を出すための努力をしているのだ。それを否定する事は私には出来ない。


初シンカンセンスゴイカタイアイスは柔らかいシンカンセンスゴイカタイアイスになってしまったが、これはこれでとても美味いシンカンセンスゴイカタイアイスなので悪くないと思う。

シンカンセンスゴイカタイアイスが新幹線でのみ売られている理由は分からなかったが、まだ帰りの新幹線でもシンカンセンスゴイカタイアイスを味わう機会はある。


今の所は、この柔らかいシンカンセンスゴイカタイアイスに舌鼓を打とう。

待っていたまえ、シンカンセンスゴイカタイアイスよ。

私は必ずお前の硬さを体験する。

それまでせいぜい冷凍庫で硬くなっているがいい。

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