7/11 ホヤの味噌唐揚げ
この星の生命は、世界の七割を構成する海から始まった。
細かい部分は省くが、生命の進化を順に辿っていくと人間から蜥蜴や魚に遡れるらしく、最終的に海の中に漂う微生物に辿り着くという。
人間が元は目に見えないほどの小さな生物だったというのはにわかに信じがたいが、小さな子供でも15年も経てば立派な体格に成長するのだ。
億という長い年月をかけて徐々に変化したのだと考えれば、不思議と納得出来てしまう。
そんな生命の始まりの海だが、今日でも大量の水と栄養素で満たされた生命の坩堝となっており、多種多様な生命体が存在する。
微生物から人に進化した道筋以外にも進化の枝は多様に分かれしており、その姿は常に我々を驚かせてくれる。
そんな海の生物だが、実は『外見がグロテクスなほど味が良い』という迷信がある。
この国の人間は古来より海の幸を食べてきた民族なので実感が涌かないかもしれないが、蛸や海栗も世界的に見れば十分グロテクスな生物なので、その迷信は間違っていないだろう。
特に沿岸部の集落では毒が無ければ海星や亀の爪やうみうしなんかも食べるらしく、美味な物が多いと聞く。
そしてその沿岸部で食される海の生物の一つに、ホヤというまるでマンゴーやパイナップルのような南国の果実に見える生物が存在する。
岩に張り付く姿から珊瑚や海藻のような植物に思えるが、れっきとした動物だ。
周りのやや固めの皮の中に橙色の柔らかい肉が詰まっており、その中で海水をろ過して微生物を食べるという、ポンプのような構造をしている、
幼体はオタマジャクシのように海の中を泳ぐというのに、成体になると岩に張り付いて動かなくなるのだから、なんとも不思議な生物だ。
このホヤは好き嫌いがはっきりと分かれるが中々の珍味であり、酒飲みにはたまらない味がする。
『ブロッコリーは森を凝縮させた味』と言う言葉があるが、その言葉に連ねるのなら『ホヤは海を凝縮させた味』と言った所だろう。
磯の香りをそのまま固形にした味と思ってもらえば良い。
昨晩はその海の味のするホヤを手に入れたので酢の物と刺身にして飲んでいたのだが、いかんせん量が多く、余らせてしまった。
ホヤは鮮度の落ちが早く、悪くなると金属臭のような独特の臭いがしてしまう。
そのため手に入れたら直ぐに捌き、内蔵を除去して臭いの発生を抑えるのが一般的なのだ。
しかし、いくら内蔵を除去したからと言っても捌いてから一晩経ってしまったホヤは酢の物や刺身にするには鮮度が悪いため、一度火を通してやらねば腹を壊す事になる。
火を通すと言ってもホヤは繊細な味と身をしているので、茹でると味の大半が湯に抜けてしまい、焼くと水分が出てしまい小さく固くなってしまう。
有効的な調理法は蒸すか揚げる事になるのだが、酒ではなくご飯に合わせるのなら揚げた物が良いだろう。
それも普通の醤油味の唐揚げではなく、味噌味の唐揚げにしようと思う。
醤油味ならば刺身で味わう事が出来るので、味噌で差別化を図るのだ。
味噌味の唐揚げと言うと難しく思うかもしれないが、醤油味の唐揚げと手順はそう変わらない。
まずは捌いたホヤを適当な大きさに切り、布巾等で水気を取る。
そして水気を取ったホヤを味噌2に対して味醂1で溶いた液体に漬けてよく揉む。
後は片栗粉や小麦粉を付けて揚げればいい。それだけだ。
柔らかさを残したいのなら高温でさっと。多少歯ごたえが欲しいのなら少し低めの温度で長時間揚げる。
これで海の味と和の味が合わさり、とてもご飯に良く合う唐揚げとなる。
単品で食べる場合は熟れたアボカドとすりおろした大蒜を混ぜた即席のワカモレを付けて食べると、ホヤの生臭さが抑えられて良いだろう。
ホヤはこのように酢の物や刺身だけでなく、火を通しても美味しく食べる事が出来る。
ホヤの捌き方については口で説明するのはややこしいので割愛したが、実はホヤは捌く途中で発生する切り落とした尻尾の先の円錐状になっている部分が一番美味しい。
やや半透明となっている先端は良質のゼリーのようであり、磯の臭いも少なくてあっさりとしている。
もしもホヤを手に入れることが出来たら、是非ともこの尻尾の部分を食べてみて頂きたい。
そして、海の生物は『外見がグロテクスなほど味が良い』という迷信をその身をもって体験してみるといいだろう。
生物の多種多様さは外見だけでなく、味にも出ているのだ。
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