6/28 鱧のガーリックムニエル

夏の食べ物と言えば、そう、鱧だ。


関西圏以外の人間には馴染みが薄いだろうが、関西では夏の魚と言えば鰻よりも鱧と相場が決まっている。

特に夏の中旬に行われる祭りでは鱧料理を食べるのが古来からの習わしになっており、「はも尽くし」と呼ばれる専用の席が催される程だ。

鱧は首を落として頭だけとなっても暫くは行き続け、そのまま敵に喰らい付く程の強い生命力を持っている。そのため、その生命力に肖ろうという目的で主に夏に食べられるらしい。


しかし、鱧を食べるためには腹を開いてから中骨を抜いた後に、専用の包丁で身に切り込みを入れて皮を残しつつ骨を断つ『骨切り』という処理が必要である。

骨切りをせずとも食べる事は可能らしいが、鱧は小骨がとても多く、そのままでは骨が邪魔をして味を楽しむ事が出来ない。焼き魚を中骨ごと食べるのを想像すればなんとなく分かるはずだ。

京料理の職人はこの骨切りを一寸の間に二十六回行うことが出来て一人前と言われている。だいたい1mmに1回だな。


今日はそんな鱧が魚屋で骨切りされた状態で売っていたので、迷うこと無く購入した。

流石に一寸で二十六回の骨切りはされていないが、それでも家庭で食べる分なら十分である。


鱧の食べ方と言えば、湯引きをして梅肉か辛し酢味噌を付けて食べるのが一般的だ。


骨切りされた鱧を沸騰した湯に入れ、身が白くなったら氷水に入れて冷やして締める。

そうすると骨切りされた鱧の切れ目が開き、まるで牡丹の華のように見える。

これを京料理では牡丹鱧と呼び、淡白ながら旨味溢れる鱧の味と合わせ、奥ゆかしい侘び寂びの料理としている。

骨切りが細かければ細かいほど綺麗に牡丹の華が咲くので、食感以外に見た目にも骨切りは必要なのだ。

氷水で締めた後は水気を切り、大葉と一緒に皿に盛る。

この時も大葉を葉っぱに見立てて牡丹鱧が咲いたように盛る事が重要だ。横に添える梅肉と酢味噌は雄しべと雌しべに見立てる。

味だけでなく、目や耳や鼻や食感の五感で楽しむ京料理ならではの盛り付けだ。

はっきり言って面倒くさいが、たまにはこういう真面目な料理もいいだろう。


今日購入したこの鱧も、半分はこの湯引きした牡丹鱧にする。

ならば残り半分はどうするのかと言うと、大蒜とバターでムニエルにする。


こんな事を言うと京料理の人間に怒られるかもしれないが、実は鱧は大蒜やカレー粉やチリソース等の濃い味付けと相性が良い。

鱧の淡白な味にこういった濃い味をガツンぶつけてやると、鱧の上品な旨味を残しつつその味付けに染まり、何倍も美味くなる。

京料理のように食材本来の味を追求するのではなく、ソースの旨味を強化する食材として扱うという訳だ。

ただ、湯引きでは柔らかい食感が濃い味付けと相性が悪いので、ムニエルやフリッターにしてサクっとした食感にすると良い。そうすると油の旨味も足されて相乗効果を狙える。


鱧と言えば和食のイメージが強いが、基本的には白身魚だという事を忘れてはいけない。

固定概念に囚われず、様々な国の技法を試すのが技術の革新には必要だ。


ガーリックムニエルの作り方はそう難しくない。

まず、フライパンに少し大目のバターを乗せ、同量程度のサラダ油を垂らして弱火にかける。

これはバターのみだと焦げやすいのと、小麦粉がバターを吸うと胃に重くなりすぎるからだ。

バターが溶けてサラダ油と混ざったら薄切りにした大蒜を入れ、そのまま弱火で大蒜の周りから泡が出てくるまで待つ。

その間に鱧に軽く塩胡椒をし、大葉の微塵切りを加えた小麦粉を両面に付ける。

大蒜から泡が出てきたら大蒜を取り出し、中火にして衣を付けた鱧を入れる。

後は中火のまま、両面が狐色になるまで焼くだけだ。


さっぱりとしたのが好きならレモンの果汁をかけてもいいし、そうでないのならタルタルソースも良い、

もしろん、このままでも十分に美味い。


外はカリッとしながら中はホクホクで、大蒜とバターの風味に鱧の旨味が溢れる珠玉の一品だ。

これから一月は夏の鱧の旬が続くので、もしも骨切り後の鱧を手に入れたのなら是非試して貰いたい。

鱧を天麩羅にする店はあれど、ムニエルで提供する店はほぼ無いと言っていいからな。

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