第一五節 V.S.『破滅の前兆にして執行者 Ⅱ』Round_06.
直後。
ジャパリパークに、さらなる咆哮が響いた。
言語とも捉えられない咆哮は、数多余すこと無く響き渡り、多くのフレンズの耳に入る。
だが、その言語とも解らぬ声は、その声調だけ理解出来た。
一匹のフレンズは、その声を耳にした時……小さく呟いていた。
「……コクト」
*
「Gyaaaaaaaaaaaoooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!」
瞳から、紫の輝きを爛々と発光させ、叫び上げるコクト。
肌に付着していた黒い粘着質のサンドスター・ローはみるみる消えだし、亀裂も修正されて行く。
そして、打って変わって紫の瘴気が身体を包み、更にコクトに無いはずの鰐のような尾に、首裏元から出現する二翼の皮膚系の翼。腕や胴体、四肢に至る場所には装甲のように紫とも黒とも言える皮膚へと変わりゆき、頬にも変化した紫色皮膚装甲が走っている。
古代種。
恐竜時代の力と、その構造を取り入れた状態。
だが、その膨大な力は、彼の意識を掻き切り暴走状態へと移行させていた。
「rrrrrrrrrr……」
言語とも解らぬ声の唸り声が、コクトから発される。
対し、先程の攻防で屈辱的な負傷を負ったグロースもまた、その変貌を目にし、叫び声を上げていた。
――Guuuuooooooooaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!
そして。
咆哮の後。
今。
衝突した。
真正面から。
ドゴォォォォッッッッ!!
まるで突進のぶつかり合いかの様に、コクトとグロースは互いの頭を衝突させた。
唯その一度のぶつかり合いで、辺り一帯に衝撃が走る。
先程まで力勝負で負けていたコクトは、その衝突を拮抗させる程に至っていた。
「GGyyyaaaaaaooooooooooooooooooooo!!!!」
コクトは雄叫びを上げる。
そして、今は片方しか無い腕を使い、グロースの頭部を掴み掛かる。
恐竜特有の強靱な牙と暴力的な握力は、怪物の頭を掴み、地面に突き落とした。
ドガァァァァンッッ!!!!
頭をメリメリッと埋め込まれるグロースだったが、直ぐさま振り切り、長い首を使いコクトの身体を薙ぎ払おうとする。
だが。
ガゴゴォォッッ!!
コクトの脚が地面を抉りながらに、その勢いは防がれていた。
――ッッッ!?!?
グロースとて、その光景に驚愕した。
先程までの奴では無い。気配がまるで違う。別人にまで変わったようなその変貌に、何処か違和感を覚えていた。
コクトは片腕で、グロースの振るわれた顔面を振り払う。
半ば殴るような形で振り払われたグロースは、多少蹌踉めきながらに、少しづつ、その違和感を理解していた。
そして、その違和感は記憶へと直結する。
そうだ。
昔破壊した惑星の中に、同じような奴が居た。
だが。
所詮は食量だ。
――Guuuuuuurrrrrrrrrrraaaaaaaaaaaaaaaa!!!!
グロースは、叫んだ。
威嚇では無い。
だが、目の前に蠢く虫けらに、嫌悪感を抱いていた。
グロースはゆっくりと浮遊すると、空中からの攻撃を試みた。
巨大な肉体でありながらも、ギュオンッッ!! と風を切り飛行し、地上にいるコクトに向かって牙を向ける。
コクトも暴走しながらに向かってくる牙を片爪で受け流しながらも、何度か攻撃を喰らい、攻撃をされても動かなかった彼の身体が投げ出される。
だが、直ぐさま立ち上がり、コクトは咆えた。
「GGGyyyyyuuuaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
その瞬間、瞳は紫色に輝くと、首元から生えた翼がバサァッと広がる。
脚を踏み抜き、一気に前へと加速しながらに、飛行機の要領で上空へと飛び立った。
重厚な肉体を持つ二体の怪物達は、上空で何度も衝突した。
牙と爪。
頭と拳。
胴体同士。
何度攻撃を加えても、互いの防御力が攻撃を上回る。
コクトの爪は何度もその装甲に弾かれ、グロースの牙もまた、捉えきれずに擦れるだけ。
激闘は空中でも決着が付かないと思われていた。
突然。
コクトはビュオンッッッと更に高く飛び始めた。
グロースを置き去りにして、雲に届く勢いで飛び上がると、下にいるグロースを見据える。
「……Gurrrrrrrrrrrr」
きっと、彼に意識は無い。
だがこれは、意識の無い物の動きでは無かった。
謂わば、古代種にとっての戦術。
動物も、狩りの行いにはそれぞれの戦い方がある。
そして、その翼の象徴となったのはプテラノドンだ。
プテラノドンは、鳥のように翼を羽ばたかせて飛ぶことは出来なかった。
彼等は高い場所から滑空し、勢いを付けて、更に風に乗ってようやく飛ぶことが出来たのだ。
そして、その記憶こそが、今さっきの上昇の風を読み、飛び上がったのだ。
と、なれば。
ビュオンッッッ!!!!
コクトは、一気に落下し始める。
それこそが、プテラノドンの戦い方。
空中高くから獲物に向かい急降下するのだ。
そして、それは一瞬の閃光となり、グロースへと衝突した。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!
コクトの強靱な爪が、グロースの皮膚へと突き立てられる。
空中から地上にまで突き落とされながら、それでも止まることの無い勢いでコクトはグロースに爪を突き立て続け……そして。
ザシュァァァァッッ!!
彼の渾身の一撃は、グロースの装甲を初めて抜いた。
――Guuuuooooooooaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?!?
「GGyaaaaaaaaaaaaarrrrrrrrrrrrrrr!!!!」
コクトの攻撃は止まない。
暴走した彼に引き際など無く、突き刺した爪先を更にグロースの奥深くまでねじ込もうとする。
グロースも当然暴れ回る。
バタバタッ!! と可愛く暴れることなどしない。
グロースの周りに突然瘴気が噴き出したと思えば、それが刃となってコクトを捉えに行ったのだ。
ビュッッ!!
本能的に危機を察したコクトは、直ぐさま飛び退き回避する。
「……Grrrrrr」
距離を置き、ジッとグロースを睨み付ける。
対し、グロースの感情など混沌を極めていた。
彼等からしてみれば、神話の戦いでも無く、矮小な劣等生物に今まで堅牢鉄壁を誇っていた己の装甲を打ち砕かれたのだから。
グロースからしてみれば、初めての負傷だったのかも知れない。
プライドが傷つき、怒りを覚え、そして、捕食など関係なく、コクトを睨み付けた。
神に人の身が到達して良い訳が無い。
その傲慢と悪逆なあの劣等生物を、完膚なきまで破壊する。
その言葉の体言のように、その赤く染まった瞳は彼を睨み付けていたのだ。
それは合図だ。
最早手を抜かない。
完膚なきまでに破壊するという、合図だった。
其処から先は、言葉通りになるだろう。
神話の戦いの、火蓋が切って落とされた。
刹那。
グロースの口元に眩い程の光が集結する。
大きく口を開けた中で光は徐々に凝縮され、そして……。
「……ッッ!!!!」
寸前、コクトは直ぐさま飛び退いた。
シュゴ――ッッ!!!!
グロースは、その大口から光の光閃を放った。
コクトに向けられて放たれた光線は、延々と伸びる。
さらに、グロースは首を横に振るい光閃を更に横に伸ばした。
まるで高水圧切断機のように、放たれた光線は山の山頂部分をいとも容易く切断し、雲を容易に切り裂き、その先の惑星までも切り裂いていた。
それが、一瞬。
瞬きをするだけのような時間の中で、光閃は意図も簡単に土地も世界も切り裂いた。
その攻撃を本能的に読み取り、放たれて避けては間に合わないと悟っていたのか、コクトの身体は先に動き避けていたのだ。
更に、コクトはそのまま身を屈めて放ち終えたグロースに向かって駆け出す。
爪を振り上げて、攻撃しようと一気に距離を詰めていくが、その最中にグロースはサンドスター・ローの瘴気を使い黒き刃を何十にも生成していた。
刃はコクトを狙い襲いかかる。
彼に意識は無い。
そしてそれは、自身の肉体へのダメージを考えず、唯切り裂かれながらにギリギリで致命傷を避けて爪を振り下ろすだけだった。
ギュオンッッ!!
コクトの爪は空を切る。
寸前でグロースは飛び上がり、更にコクトの背後から彼の背中目掛けあの光閃を放とうとしていたのだから。
直ぐさまコクトも動き出す。
最早本能が脊髄反射のように直結し動くその姿は、人の動きでは無い。
身体を一八〇度、慣性の法則を無視し回転させ飛び上がり、グロースの顎元を蹴り砕く。
バゴォォォォッッッ!!
光閃は地へでは無く天へと放たれる。
そして。
更にコクトはもう片方の脚でグロースの口を閉じ、光閃を暴発させた。
バゴォォォォンッッッ!!
口の中で爆発した光閃は、グロースの牙の隙間から煙を吹き出させる。
コクトはそのまま落下し、直ぐさま着地して天に浮遊するグロースを見据えた。
シューッッと煙を口から発しながら、それを首を横に振り払う。
余りダメージには成らなかったのか、平然とした様子でこちらを睨み付けてはいる。だが、かなり神経を逆撫でしていたのか、最早逆鱗を超えるようなグロースは叫びを上げた。
――Gyyyyyyyyyyuoooooooaaaaaaaaaaaarrrrrrrrrrrrrrr!!!!
言葉とも成らない声が、またも響き、そしてコクトに黒き刃を向けて襲いかかる。
頭上から襲いかかる破滅を前に、コクトもまた、怪物を睨み付け、そして、拳を握る。
ダンッ!!
足場を踏み抜き、グロースに向かって高く飛び上がった。
ドガガガギギギィィィィ!!!!
黒き刃がコクトの装甲を削り、血を噴き出させる。
だが、コクトの拳も、グロースの胴体に向かって放たれ、まるで震源地のようにその点から逃れることの無い振動がグロースを襲った。
バゴンッ!!
その衝撃に耐えかねたグロースは、瘴気を使いコクトを薙ぎ払う。
数十メートル吹き飛ばされ、離れた木々に衝突し項垂れる。
グロースもまた、コクトの拳によって身体を揺さぶられてしまったのか、地面へと落下していた。
Guuuuuuuuuuuuuurrrrrrrrrrrrrrooooooooooooooosssssssssssssssssssssssssaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!
咆える。
グロースの振動は一時的な物だったのか、地面に着地すると、顔を上げて獲物に向かって今まで以上の大声で咆えた。
だが。
「……、」
片腕を損傷し、身体の節々から血を噴き出させ、限界を超えた戦いを続けてきたコクト。
その身の指さえも、動かず、彼は停止していた。
咆哮を受けながらも、彼は指一つ動かさず、そして、意識を失っていた。
*
真っ暗な世界。
それは、何処とも解らぬ場所。
コクトは、そこで目を覚ました。
地平線の彼方まで続く、天も地も黒の世界。
彼は、周りを見渡す。
「……、」
ゆっくりと、意識を集中させ、思い返す。
(そっか、俺は……暴走したんだったか)
その先の意識は、何故か無い。
それこそ、彼の意識下で動いていなかったからこそなのだろう。
だからこそ。
(どうなったんだ……?)
と、しか思えない。
そもそも、今彼が居る場所が夢現かもハッキリしていなかった。
歩んだ所で、先は見えぬ程長く続いている。
周りを見渡しても、何も無く、誰もいない。
――いや。
居た。
三人の……少女。
いや、その姿は、動物的特徴を持っている。
きっと、フレンズなのだろう。
(……ぁ)
三人とも、見知らぬフレンズかと思った。
だが、真ん中に居る一人、その少女だけは、知っている。
「……ティラノ」
彼女は、小さく頷く。
その顔は、何処か怖がっているようだった。
他の少女達も同じだ。まるで、何かに怯え、怖がり、そして……。
(……そうか、そう言う事だったのか)
ネメシスという仮説上恒星は、大量絶滅の要因となったと言われている。そして、その原因となるグロースが地上に現れ、今にも世界を破滅へと導こうとしている。
そうだ、単純なことだった。
それは以前にも起きたことだった。
彼女達もまた、嘗てあの神魔に壊され、焼かれ、喰われた。
怯えていたのだ。
ずっと……。
(だから、だからだったのか……)
カイロ、セシル、レイコ。
あの時、彼女が暴れてしまったのは、見知らぬ場所に怯え、更にあの忌々しい絶望が残っていたからだったのだろう。今だから解る。
怖かったのだ。
人も知らない。
場所も知らない。
自分の姿も解らない。
何もかもが、不安定で、曖昧で……。
(きっと、解ってやっていれば良かった。もっと早くにこの事情を理解していれば、彼奴らは死ぬことは無かった。俺さえも、お前達を激情に身を任せ手を掛けることも無かった筈だ……)
あの三人が殺された事も、後悔している。
でも、その事情を知って、そして知らずに、彼女を殺してしまった。
恨む資格も無ければ、殺される理由だってコクトにはあった。
筈なのに。
(……何でそんな、そんな眼をするんだよ)
恨んでくれた方が楽だった。
襲いかかってくれる方がよっぽど楽だった筈だ。
なのに、まるで助けを乞うかのように、苦しい眼でコクトを見つめていた。
(……そうだ、俺の人生は過ち間違い続けるような道だった。でも、今更過去に戻って何かを変えようとは思わない。それは、人として、人の道を否定することだ。彼奴らが共に歩み励んできた道も、パークのために努力してきた日々も……俺は否定したくない。でも、それでも、俺はその為に傷付け過ぎて来た。こんな自分が、都合が良いと言われるかも知れない、恩着せがましいと思われるかも知れない……でも、それでも)
コクトは立ち上がり、進む。
一枚の白衣の重みも、その意味も、もう失わないために。
誰もが笑っていられる理想郷。その、実現のために。
そして、彼女達がもう怯えず、明日を笑って、微笑んで、過ごせる世界を作るために。
「……お前達の力を、貸してくれ」
コクトは、彼女達に手を伸ばした。
その手を観た古代のフレンズ達は、涙を拭う。
そして、まるでコクトの言葉に応えるように、彼の眼をしっかりと見据え、――その手を取った。
*
グロースは、動かなくなったコクトを見据える。
やっと死んだか? 等と、考える中……不意に、コクトの周りに浮遊していた紫の瘴気がコクトに集中する。
ジュワァァァァ……と音を立てて、コクトの身体がゆっくりと立ち上がる。
以前、血まみれだ。
だが、その眼は紫色の淡い瞳を、しっかりとグロースに見据えていた。
「……さあ」
片腕の拳を握る。
大きく振るい、粉塵を掻き飛ばす。
強く、まっすぐに立ち、我が敵を真っ直ぐに、彼はもう一度宣戦する。
(我が友よ……友に、明日を創るぞ)
もう、嘗ての苦しみも、辛さも無い。
完全体、古代種コクト。
足を一歩踏み出し、グロースに向かって、吐き捨てた。
「……ネクストラウンド、開始だ」
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