第三節 暴かれし秘密 Dangerous_Bargaining.

 ジャパリパーク、『セルリアン機密研究局離島隔離研究所』。

 ジャパリパークから離れたその研究所は、セルリアンについての研究を極秘裏に行う研究施設として存在はしているが、その機能は多方面にも向けられている。

 それは、あらゆる事象に対しての考察を目的とした機能でもあり、その一つに巨大電子天体望遠鏡が設置されている。

「……、」

 コクトはオーナーコンピューターから天体の様子を観察していた。


 その機材の他にも、外部との衛星通信用の電波アンテナも設備されており、普通に研究所と言うには中々に一言で纏め上げるには難しい場所ともなっていた。


 彼は機械のディスプレイや衛星の状況を把握しながら、重い面持ちで睨んでいた。


 プルルルルルッ


 ふと、彼の携帯端末が鳴り響く。

 最近新調したにも関わらず、彼は巧みに手に取って受信ボタンを押して端末を耳に傾けた。

(こんな時間に誰だ?)

「Hallo! Mr.Kokuto!!」

「……、」

 彼は心底嫌そうな顔になった。


Silvesterシルヴェスターさん……、お電話の時間くらい考えてくれませんか?』

『どうせ君の事だ。起きてるつもりだったのだろう?』

「……、」

 電話越しの相手は、意気揚々と英語で語ってくる。シルヴェスターと名乗られた男の背後からはジャズの音楽が流されている様だ。

(どうせ研究室から掛けてきてるんだろうな。あっちはまだ日中か……)

『それで、要件は?』

『ああ、そうだったね!! 以前話していた天体の話は覚えているかい?』

『ああ、恒星の話でしたね。何でも以前天体で観測されたとか言う』

『そうそう!! 実はその観測である事に気が付いたのだよ!』

『と、言いますと?』


 と、コクトは珈琲を啜りながらに耳を傾ける。

 天文学など専門外の筈だが、それでもコクトは特に蹴る事なく聞き入れていた。


 そして其処から、在る事実がシルヴェスター博士から語られた。


   *


 同時刻。

 ジャパリパーク研究所内。

 遺伝子学精密研究室。


 精密機器に赤い液体を注ぎ、電子顕微鏡を超巨大に改造した様な機械の中に入れ込む女性が一人。彼女は、しっかりと扉を閉めると、パソコンのディスプレイに戻り何かを起動した。

 ウィーン……と機械は起動し始める。


「先輩?」

 ふと、彼女の背後で誰か男性の様な声が耳に入る。

 彼女が振り返ると、其処には日本成人にしては長身的な若々しい男性が、白衣を纏い此方に向かって来ていた。

「なんだ、ナリユキか……」

「何だって何ですかカコ先輩!」

「いや、悪いが私は調査中なんだよ。邪魔しないで貰えるかい?」

「えー……ってか、何を調べてるんですか?」

 ナリユキはカコが覗いているディスプレイへと目を移す。

 其処には大きく映された細胞の様な奇妙な造形をした群と、横にはその細胞データを収集した様な文字列と数字が並べられている。常人であればこの情報を頭に叩き付けられもパンクしてしまうだろう。


「何でも構わないだろ? あと、私は副所長だが?」

「俺にとって先輩は先輩ですから!! それとも、そっちで呼べば教えてくれますか?」

 キラッと笑みの隙間から見える歯茎のチラつきがカコを逆撫でる。だが、何処かに小休止を挟む様にして大きく溜息を吐き捨てると、彼女はまた画面に向かい戻った。

「……仕方ない。コレは所長の血液成分だ」

「しょ、ちょう? ……ああ、コクト所長ですね」

「おまっ!? ……コホンッ、仮にも上司だろう……」

「素直に言いますけど、最近の知名度からしましてもカコ先輩の方が有名人ですよ? あの人は創設者ですけど、貢献者として皆に聞き回ったらカコ先輩がダントツだと思うんですけど……」

「仮にも大異業者だぞ!? 何だったら私よりも知識は優れているし、科学者としてであれば憧れの的だろう!!」

「……先輩って、所長の事になると熱くなりますね」

「……なっ!?」

 ボンッ! と顔が赤く腫れ上がる。

 ナリユキは心底どうでも良い様な面持ちで手持ちの紙コップの飲料を啜り、カコも爆発した表情をいそいそと戻し隠した。

「ま、まあ良いだろう」

「何がですか……で、データは取れたんですか? と言うか、何でまた研究所で調べてるんッスか。仮にも医者でもあるじゃないですか」

「質問は一つに纏めてくれ……まあ、解答も一つに収束するのだが、医療機関に所長のデータが無いんだ」

「……はい?」

「以前から疑問だったのだが、パーク内でも従業員の健康診断は年一回行われている。だが、その過去のどれを探しても、受けたはずの彼の資料が何処にも見当たらなかったんだ」

「な、なるほど……でも、コレは?」

「この血液は今年の検査の時、所長の検診を私が受けたときに秘密裏に回収した物だ」

「えっ!? ……それ、横領とか偽装とか、企業とかに良くあるヤバイ不審議になるんじゃ……」

「担当医が私なら、研究先は私の指定先にできる。合法的だよ」

「えぇ……まぁ、先輩がそう言うなら良いですけど」

「まだ先輩呼びなんだな……」

「もうちょっと欲しいっすかネー★」

「はぁ……」


 重く溜息を吐き捨てた時だった。

 ふと画面を見れば、其処には全ての情報を収集完了したのか、ピロンッと『検出完了』の四文字が表示される。

 カコは、画面を見つめ直した。

「そういえば、所長って本島に居るとき何処かの病院とかちゃんと行ってたんですかね?」

「行っていたらしいよ。確か担当医もいて……誰だったっけな」

 画面の情報に集中している性か、適当な話を放り投げる。


 スクロールしながら成分表を確認していくが、ふと彼女の表情は暗くなり始めていた。

(……成分が、平均値とはかなり違う?)

「どうしたんですか、先輩?」

「あぁ……少しこれを見てみてくれ」

「はいはい? ……あぁー、人間の血液成分の基準値とは大幅に外れてますね。何て言うか、大体的にもかなり高いっす」

「矢張り見間違えでは無いか」

「んー、でも、良くあるじゃ無いですか。天才は細胞から違うって」

「確かにそうだが……、どうにもな、この細胞情報は……まるで、何処かで……」

 疑問を練り回しながら、多くの情報をスクロールして見ていく。映し出された血液の観測画面とも睨み合いながら、頭を悩ませるカコ。


 疑問とは、常に迷走だ。

 その解答に辿り着くまで、あらゆる可能性を磨り潰し、導き出す。疑う事を主体にした科学世界では基本的思考術であり、宗教的な信じるとは真逆性を科学は持つ。

 これはフィクションなどでもあり得る魔術にも関しており、信じ望む宗教的概念と、疑い模索する科学的概念は互いに相反して居る。


 ただ、科学者はその疑問の解決に辿り着くと、あらゆる事象までをも導き出してしまう傾向にある。それは、自分の中に保有してきた疑問が、まるで一つの線に繋がる様な、例えそれが曖昧な形をしていたとしても、間接できでも、一本に繋がった瞬間のあの感覚は計り知れない感情に変わるのだ。


 そう。


 ガタッ!!

 カコは、突如机を叩く様にして立ち上がる。

 眼は爛々と開き、口元は震えていた。

「……っ!?!?」

「ど、どうしたんですか?!」

 突然の事にナリユキもカコの行動に目を見開いて驚く。


 ただ、彼の驚きよりも、彼女の中の解答はそれを大幅に上回っていた事だろう。

「……此れは、そうだ、この細胞は……っ」

「先輩?!」

「この細胞は、顕生代の……っっ!!!!」

「なっっ!? えっ?!?!」

 ナリユキもその言葉に驚き、画面へと目線を移す。


 彼女達の見た事実は、余りにも驚愕的だった。

 コクトという男の細胞。

 それは、現代の人間とは余りにもかけ離れすぎていた。

 彼女達の知らぬところで肉体に多大な負荷を掛ける様な行いはしてきたが、逆に言えばその動きに対してどういう理論で当たればそれを証明できるのだろうと、誰もが思い描いた事だろう。

 人間の臨界を超えた振る舞い、人間を超えた知識量、その事実に近づく秘密でもあり、紐解いて良い物かと動揺させてしまう様な物だった。

(全ての細胞が、余りにも現代的では無い!! まるで、古代の肉食や草食動物のような、起源的な細胞。あらゆる物に適応できるための、謂わば主体的な純粋な細胞だ!! ……何故、このような細胞で居て、当たり前の様に……ッ!?)


 カコは、力が抜けたかの様に椅子に再びヘタリ込む。

(そうだ、所長の担当医の名は緒方悠人だ!! ……緒方、緒方って)


 彼女の思考は、一直線へ、閉鎖された扉を突き破った。

 カコの過去。

 其処に、求めていない解答があった。

(緒方……私の家族の、主治医? でも、悠人じゃない……、でも、確かあの家は!!)


 ふと、彼女の頭の中にあるテレビのニュースが流れた。

 思い出すはずも無かった、子供の頃にふと聞いた、アナウンサーの言葉だった。

『外科医にして遺伝子学の権威でもある緒方明次朗氏は昨日、薬学のスペシャリストである神谷壮一郎氏と共同し、新たな新生細胞を発見致しました。今回の発見は世界的にも名誉な事となり、ノーベル賞の受賞も? と言う声が広がっています』


(……ッッッ!?!? 遺伝子学の権威!? そうだ、あの日、手術が失敗したあの日、居た!! 一人、医者では無い少年が、呼んでいたじゃないか!!)


『お父さん?』

『ああ、悠人か』


 記憶の隅に止めてきた物が膨れ上がる。


 そして。

(所長の細胞を認識していて、遺伝子学の権威であるあの医者を父に持つ、緒方悠人……もし、この事実を知っていたとしたなら、何故隠してきた?)

「……ッ!?」

「?! カコ先輩!?」

 突然、カコが頭を抑え呻き出す。

 割れる様な痛みと、混濁とした感情が入り交じる。


 彼女の過去との接点。

 コクトの秘密。


 余りにも近すぎた真相に、彼女の脳が拒絶反応を起こしていた。


「先輩!? ちょ、だ、誰か!! 誰かいないか!!!!」


   *


 場所は戻る。

『セルリアン機密研究局離島隔離研究所』


 コクトは耳を携帯端末に当てている。


『いやー、もしかしたら此れは世紀の大発見に成り得るかもしれんぞ!!』

『いや良いから早く言ってくれ』

『実はな、嘗ての地球上で起こった生物の大量絶滅に対する仮説上のあの恒星だったのだが、あの恒星が再びこの地球に接近していたのだよ!!』

『……詳しく聞きましょう』

『おお、君なら乗ってくれると思ったぞ!!』


 博士会入ってからと言う物の、こう言う話に付き合わされるのは日常茶飯事でもある。更にコクトの知識量の性か、意外と多方面の学者の話にも付き合わされ、博士号承認の誘いまで出る始末だ。

 彼はその度に適当にはぐらかすのだが、それでもこう言った話し合いでの付き合いは鳴り止まない。


『各地での天候の異常気象が目立ってきた最近じゃが、嘗ての隕石による生物消失や大噴火に氷河期、まるでその前触れだと思わんか!! 過去に一二度の大量絶滅があった恒星じゃが、それが今宵現実として立証される!! ……と、思った矢先じゃ』

 不意に、シルヴェスター博士の声のトーンはガクンッと落ちる。

『じゃがな、観測中に消えたのじゃ……』

『消えた?』

『ああ、四六時中怠る事無く観測し続けていたのだが、ある時に、フッと電波障害が起きたと思うたらな……消えていたのだ。軌道線を追っても、何処にも無い。まるで元から無かったかの様に、その場所から消えてしまっていたのだ……』

『成る程……』

 コクトは、深々と重い息に乗せて吐き捨てる。

『ですが、何かに衝突して軌道を変えたと言う路線は無いのですが?』

『うむむ……そうは考えたのだが、軌道上に衝突する様な小惑星や恒星などは観測されておらん。万に一つ、若しそれが起きたのであれば、被害跡も観測できるはずじゃ……』

『成る程……』

『無人探査機でも打ち上げられれば良いのだが、過去の仮説だけ在って取り合ってはくれんのだ』

『確かに、一応は有力仮説ではありますが、距離もありますし、それだけの予算が通るかも疑問ですね……』

『ああ……だが、儂は諦め切れん!!』

 意気消沈した声が、再び再熱化し始める。

『ふむ、決めたぞ!! 儂は今からNASAに直談判してくる!!』

『あぁ……はい』

『それではな! コクトよ!!』


 ブチンッ……ツー……ツー……。

「相変わらず感情がコロコロ変わる人だ……」

 呆れる様に溜息が吐き捨てられる。


 だが。

 コクトは再び画面へと目線を移して、そして……。

「だが、悪いな。恒星は消えてないんだよ」

 ディスプレイを覗きながら、静かに告げていた。


 仮説上、その恒星は地球の大量絶滅の要因として過去二億五〇〇〇万年の周期的な大量絶滅を時系列的分析によって在る論文で説明された。現在でもそれは仮説上として黒歴史の様な存在となりかけてはいるが、それでも昨今まででも賛否両論に意見は分かれている。中でも海洋脊椎動物や無脊椎動物、原生動物の絶滅の激しさに着目したこの論文は、過去にこの事例が一二度あったと結論付けられ、大量絶滅間の平均的な長さは約二六〇〇万年と推定されている。


 この議論では嘗ての恐竜たちもそこで途絶えたのでは無いかという疑問もあったり、それは地球外生命体では無いのかという空虚な論争も絶えない。


 ただ、この恒星はその仮説の中である名を付けられていた。


 謂わば、世界の終末を与えに来る強大な存在。

 終わりを告げる最後の審判。


 そして、その恒星に名付けられた名は……。


「――Nemesisネメシス

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