第八節

 時折、自然と立ち寄りたくなる場所というのがジャパリパークにはある。

 保護区内にある、自然公園。そこは、関係者以外の立ち入りが無い為に和かで、ヒトやフレンズが極端に少なく、謂わばゆったりスポットの一つだ。

 基本的にはフレンズが使う遊び場なのだが、時折パークガイドが此処に立ち寄っては談笑や風景を見ながら風情を楽しんでいる者も居る。


 ある意味、BQQバーベキューを楽しむ為のキャンプ場みたいな物を想像してくれれば――そもそもキャンプ場としてもバーベキューでも使われる。


 要はアウトドアスポットだ。


「……、」

 そこに、コクトは居た。


 いや、居たと言うよりは来た。


「……此処も、相変わらずか」

 嘗て、初代研究員の最後の休暇の日、バーベキューではないがピクニックをした。

 そう、その場所だ。


「……あれから、三年か」

 写真を撮ったベンチ。

 其処に座る者は、もう居ない。


 この場所は、コクトにとっては悲しき思いを蘇らせる場所でしかないはずだ。

 それでも、此所に来た理由。


 それは。

「……此所に居たか」

「ん?」

 ズンズンッ丘の上の木製の設置物である椅子の元へと行けば、其処に座って、更に前の木製テーブルで何かを弄り回しているミライの姿があった。

「あ、所長!」

「おー……、ってか、何してるんだ?」

「あ、気になりますか?」

 彼女の顔は動物の話をする時のようにキラキラッと輝いている。コレはかなり鬱陶しい話になるかも知れないぞ……と、少々身構えながらに彼女の口から出る次の言葉を聞いてみた。


「幸運のけものって知ってますか?」

「幸運の……けもの?」

 コクトの知識の中にはそのような情報は無い。

 コクトは素直に首をかしげて、その返答を問うた。


「幸運のけものは幸運を呼ぶんです! 度々ジャパリパークで見かけられるそうで、空中を流星のように駆け抜け、渡道には虹を残すんです。そんな幸運のけものを見た翌日は決まって良い事が起こるんです!!」

「……そうなんだ」

 迷信か、噂話か。

 コクトは余り気に止める事はなく淡々と流そうとした。

 だが、ミライの口撃は止まらない。


「そんな幸運のけものなんですが……見たんです、私!! 昨日の夜に!!」

 其処からは、その見た時の感動を長々と説明された。

 要約すると、寝る前に外を見たら幸運のけものが空を駆け抜けていたらしい。


「凄いですよ!! 私今日は何をやっても成功する気しか起きません!!」

「……そう」

「そこでです!!」

「あ、続くんだ」


 ミライは、突然立ち上がり、テーブルに載せられた何かを見せる。

「……ロボット?」

「そうです!! コレは幸運のけものに準えて造った、未来のパークガイド……ラッキービーストです!!」

 ドドンッと効果音でも自分の中に流れたのだろうか、そう言われ見せられたのは、縦長にした饅頭の頭先に二本の鋭利な角を生やし、ペンギンのようなヨタヨタしい丸っこい二足に、動物の尻尾を意識して造ったのであろう柔らかそうな尻尾。中心部にはベルトか首輪か、その金具にはレンズのような物が付けられている。

「……、」

「ラッキービーストです!!」

「いや二回も言わんで宜しい。あと、真逆だが造ったって……」

「開発部と共同開発した、次世代のパークガイドロボットです」

「うっわ、これか~……朝速達で来た申請受理書の理由。何か話してたけど、デザインコレにしたのか……」

「はい! メインシステムは出来ていたので、後は移動する副体とサブシステムを取り込んだ移動主体を何にするか悩んでいたので、是非に! と!!」

「……、」

「で、此方は試作機です!!」

「あー……うん」


 開発部も暇なのだろうか。

 素直に言えば開発部のノリはまあ良い方だ。時折危険な物や無意味な物まで作り出す事以外では、確かに優秀だ。

「……半日で作りやがったのか」

「いえ、此方は試作機で渡してくれたんです」

「ん? てことは何か未だ改良するって事か?」

「一応案は出し合っていまして、謂わば色々動かしてみて後は何処を直すかって言う事を……今はパークのメインプログラムに接続していますので、ある意味録画等は可能なのですが、今現在音声をどうしようかと」

「音声? このラッキービーストにか?」

「はい、一応誰かの声を素に作ろうという話が出ているんです」

 電子音声とは違い、肉声音声を素に作る。何処か開発部の無駄な美意識の狡猾さを垣間見た気がする。

 だが、電子音と肉声音では周波数の問題でも人の耳にすんなり入るかどうかで協議される事もある。


「……成る程なぁ」

 半ば呆れていたコクトだが、本気度の高さに彼も同調して思慮深く頭を巡らせる。

 もし、このラッキービーストがガイドとしての役割を担える存在になったのなら、ジャパリパークの発展はどう進むのか、と。

 ただそんな風に考えてる最中、不意にある事を発した。


「ラッキービーストの声は、ミライで良いんじゃないか?」

「私ですか!?」

 突然の発案に驚くミライ。


「ああ、折角此処まで発案したんだし、良いと思うぞ?」

「え、いや……唐突すぎますよ」

「そうか?」

「そうですよ。そもそも、もしラッキービーストが正式にパークガイドになったら、私の声が四六時中パーク内に響き渡るんですよ?」

 それは、ある意味想像しただけで恐ろしい物だ。

 例えどんな理由があろうとも、自分の声が周りからわんさか叫ばれ、何気ないゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。

「でも、利点としてはそうだな……多くのフレンズと話せるんじゃないか?」

「……と、言いますと?」

「まず、ラッキービーストがパーク内を巡回するともなれば、多くのフレンズの監視の為にパーク内の保護区を循環する事になる。そうなれば、ラッキービーストのコアベースは基本的に中央管理センターになるだろう。ともなれば、緊急時は音声装置を自動から発信に切り替えて、直接会話……所謂電話だな」

「でも、それが何故私の声で何ですか?」

「そもそも、ラッキービーストの自動音声がミライの声となれば、多くのフレンズにミライの声を覚えて貰えるぞ? 更に、覚えて貰った後には、そのフレンズとあった時に警戒されずに済む。ある意味では一石二鳥じゃないか?」

「……ハッ、確かに!!」


 そんな発想なかった! と言わんばかりに大きく目を丸めて驚くミライ。

 そういう考えに至ってしまったらもう其処までだ。彼女はその野心混じりの考えを大きく巡らせるように悩み始めた。


(まぁ、単純に誰でも良かったんだけどな。それに、飽く迄ガイドシステムなら例外処置以外フレンズと話せないだろうけどな)

 此処まで来ると、彼女はもしかしたら疑わない人物なのだろうかと一瞬焦る。

 だが、此所まで来て、やっとコクトは本来自分が成すべき事を、ふと思い出していた。


「……あー、考えてる所悪いんだが、良いか?」

「ブツブツブツ……ヘッ?! あ、はい!!」

「休憩中悪いんだが、ガイド長が呼んでたぞ。早めに来てくれとの事だ」

「あ、そうでしたか!! ……何で早く言ってくれなかったんですか」

「スマン忘れてた」

「えぇ……と、取り敢えず行ってきます!!」


 少し呆れたような声を出しながらも、彼女は走り出しガイド長の元に向かった。


 残されたコクトは少し気の抜けたような顔をしながら、それを見送ったが、ふと彼女が忘れていったラッキービーストと目が合った。

「あらら、忘れられちゃったな、君」

 試作機の為か、此方に目線を向けるのはわかるが、喋りもしなければコアとなるレンズは特に動かない。


 動作テストの為か、完全自立なのか、システム自体は聞いていない為に深くは解らないが、とりあえず自立するコンピューターは搭載済みのようだ。

「レンズが主体なら、こっち側で通信や録画を? いや、サブとメインで別けるのか?」

 コクトもコクトで見入る。

 未だ試作機の為に動きはギコチないが、それでもコクトを追うようにして目線を向ける。


「フフッ……いやはや、認識はしてくれてるようで、嬉しいね」

 小さく微笑み、彼はラッキービーストの頭に手を寄せ、優しく撫でるようにして重ねる。


「私が去った後のジャパリパークには、長い年月を隔てたとしても、君は此処に残って仕事を熟しているのだろうかね? ロボットだから何て言えないが、それでも私達よりも遙かに長く生き、多くの事実を目の当たりにするのだろう」

 メンテナンスをすれば、ロボットはヒトの寿命を遙かに超えるだろう。そうで無くとも、半永久的な彼等の寿命は、優に我々を越す。


 彼が去ったその先も、この子は居てくれるのだろうか?


「唯もし、君が自身の行いで動き、自身の判断しか頼れないと知った時は……その時の為にこの言葉を授けよう」


 今、その時だけは、彼の顔は何も隠していないのかも知れない。

 ヒトとしての、本性という純正の物を出しているのかも知れない。


 きっとこの先、出るかも解らない優しい微笑みで、彼は告げた。


「――


 大層な名言でもない。

 秘密を語る訳でもない。


 ただ一つの言葉。

 その意味は、どんな意図が有って言ったのか。


「……、」

 悲しそうな顔をしているのは解った。

 苦しそうな、それでも、切に願うような、儚げな顔が其処には在った。


「生きる事は、きっと、次の楽しみを見つける為の、笑顔を見つける為の本能なのだろう。だから、もし迷ったら、この言葉を思い出し、悩む者が居れば、授けてくれ」


 その心境は、複雑なのだろう。

 だがそれでも、今は彼なのだ。


「……いやいや、私も辛気くさいな。真逆ロボット相手にこんな事を喋るとは」

 少し気恥ずかしそうになりながらも、頬を掻いて元の表情に戻る。さっきまでの光景をラッキービーストという存材が覚えている訳もない。未完成で、学びきっていないこの子がこの言葉を覚えてる訳も、知る由もないだろう。


「……あーあ、私も弱くなったなぁ」

 ベンチから身体を伸ばして、空を眺める。

 そんな時、ふと彼の横から声が走ってきた。


「ヒィィ!! わ、忘れてましたぁぁぁぁ!!」

「ああ、お帰りミライ」

「ハァ……ハァ……試作機なのに、忘れてました」

「主語が消えてるけど……まあ、ちゃんと持っててあげなよ?」

「す、すいません……」

「……その帽子は?」


 戻ってきたミライの頭上を見ると、彼女は頭に大きなキャペリンのような帽子を被っていた。

「ああ、コレはガイド長に渡されたんです。ガイド部でのトレードマークにと」

「服もあるのに帽子もか……まあ、人混みの中では見つけやすいかもだが」

「えへへ、私こういうの結構好きですよ」

「……、」

 その帽子を見つめるコクト。

 その帽子は確かに見つけやすいのだろうが、どことなく目印としては微妙な物だった。質素感とは違うのだが、色合いが一色というのも寂しい。


「なあ、ミライ」

「はい?」

 コクトは白衣のポケットから何かを取り出す。

 それは、嘗て妹に与えようとした三枚羽のネックレスだった。

 そのネックレスの内のをネックレスから抜き取ると、彼女の帽子を拝借してその両端に羽を刺し込んでみる。

「こんなデザインはどうだ? 動物の耳っぽいだろ?」


「あ、確かに!! ……でも、そのネックレスから取ってしまって良かったんですか? 何か、いつも大事そうに持ってましたけど」

「……良いんだよ。多分、

「……?」

 ミライは、余り詳しい事を知らない性か良く解らなかったが、それでも、大切な何かには間違いないと思っていた。その為に、余りにもその貴重品の一部を拝借するのは心苦しく思えて仕方なかった。

「……じゃあ、その羽はミライが持っててくれないか?」

「私が、ですか?」

「ああ、どのみちそれをトレードマークにするとなれば、量産用に適当に同じような物を集めるのだろうけど、このネックレスの羽は、君が預かってて欲しい」

「え、えっと……そんな重要な事を私で良いんですか? それに、そのネックレス、後青しか残ってないじゃないですか……それだったら単純に私の分も量産すれば……」

「良いんだよ。それで良いんだ……違うな、。詳しくは言えないけど、きっと、君が付けててくれれば、間違いはないと思うから」

「?? ま、まぁ、解りました」


 最後の最後まで、詳しい事の一切は語られなかった。

 半ば強引に押し付けられ、彼女はその帽子を被る。


 キャペリンのような帽子に、耳のように生えた色違いの羽が二本。

 ガイド服と合わせてみれば、それはよく似合う様相となっていた。


「悪いな」

「いいえ。それに、任せられたからには、ガイドも頑張らせて頂きますね!!」

「おう!」

「……あ、ラッキービーストを回収しに来たんでした!!」

 ハッと思い出したかのように、彼女はラッキービーストを抱える。

「それでは、失礼します!!」

「うん、頑張ってね」


 コクトは、その駆けていく姿を後を追うように見つめる。

 そんな彼女の背中を見て、コクトは彼女に聞こえないように、小さく吐き捨てていた。


「……頼んだよ」

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