第五節

「映画を作るわよ!!」

 日常を壊してきたのは、非日常的発言が発端だった。

「君は……どこぞの暴挙的部長にでもなったのかい? マーゲイ」

「何を言ってるか解らないけど、取り敢えず手伝いなさい!!」

 休憩中の公園のベンチで、缶コーヒーを啜っていたコクトに向かって仁王立ちで宣言してきたマーゲイ。顔は如何にも悪い事を考えているという顔で、今にもニッヒッヒッとどこぞの悪いお代官のような声を上げそうな形相だ。


「取り敢えずというのは、前提の説明をされないと使われない言葉なのだがな……」

「言ったじゃない。映画を作るって」

「うん、で?」

「そう言う事よ」

「そっか、頑張ってね」

「いや、アンタが手伝うのよ!」

「えぇ~……」

 コクトにしては心底嫌そうな顔をしている。それもその筈だ。その理由もこの一言に尽きる。


「面倒」


「いいから!!」

「うへぇ~。そもそも何で私を?」

「ああ、実はね」

 と言った風に彼女は説明をし出す。


 と言うのも、どうやら本格的な映画を作る為に勉強をしたらしく、それらに必要な資材やメイク道具、器材一式を集めて欲しいという事だった。

「いや、集めるだけで私要らなく無いか?」

「折角集めるんだったら最後までやり通してみたいでしょ?」

「イヤ別に」

「やって」

「えー……」

「やって」

「いや、あの、顔を近づけて脅迫しないで下さいませんか近い近い近い」


 優しいお願いなら未だしも、強迫観念丸出しの言葉にコクトは息詰まる。どうしようも無くなったと理解した時には、「仕方ない」と言う了承の言葉しか出なかった。

「よしっ! じゃあ、コレ資料と台本ね?」

「ん? 私は器材係だよな……まて、器材のリストアップは?」

「ヒトなんだし解るでしょ? それじゃ!!」

「え、いや、マーゲイ!?」


 反論を返すにも、脱兎の如く彼女はセカセカと去ってしまった。

 一人取り残されたコクトは、これから至極面倒な事に巻き込まれるのでは無いかと予感して止まなかった。


(……まずは、映画で使われる器材を調べる所からか)

 ただ、こういう頼まれ事に断れない体質だからこそなのか、矢張りマーゲイは侮れない。悪どい、マーゲイ悪どい。


   *


「……何というか、本当に、うん」

 資料探しや必要器材の確保。

 一体どれだけの相場となるのかなど、事欠かないように調べていくが、明らかに仕事外には変わりない。注文を出した際のコトのどうも言えないような顔が矢張り心に来る。更には必要経費が全て自前なだけに、痛手が甚だしい。

 フレンズ専用の通貨や、予備予算の制度も設けてはあるのだが、こういう器材類は流石に発注しにくい(所長が予算を使うのは偲びられるのだ)。


「……高い」


 特に消費もしない通帳残高の桁が、一桁減った。


   *


 撮影現場は広い平原らしい。

 コクトは必要な器材をコンテナ車に乗せて運んでいたが、整地されていない土地の運転は胃の中から何かをこみ上げさせるには十分だった。

「……気持ち悪」


 現場に着けば、其処には多くのフレンズが集まっていた。

「多いな」

「あ、コクト。お疲れ様」

「まあ、うん。と言うか……、どれだけ人数がいるんだよ」

「基本的には主役四人とその友達役とかの少数を映すだけには成るわね。他は一般人や通過だけよ?」

「おう……大掛かりだな」

「まあね。それじゃあ皆、器材を運び出すの手伝って~!!」


 マーゲイの言葉にフレンズ達はコンテナの中から器材を取り出し始める。

「じゃあ、俺の仕事は此処までか?」

「は? カメラとか照明とか、色々やって貰うわよ?」

「……折角の休日が」


 悲しい声も何の其の、準備が進むにつれて、彼の逃げ場は明確に無くなっていった。


   *


 監督椅子に座り、ベレー帽を被ってメガホンを片手に持つマーゲイ。

 その姿を見ても、何かと型にはまってるのがムカつく。

「で、今回の内容はどんなのなんだ?」

「台本読んでなかったの? 仕方ないわね……今回はちょっとした特撮のような物よ」

「特撮?」

「ええ、一人で戦い続けてきたヒーローが、多くの仲間と出会い、孤独から解放されて、その温もりを知って、最後には強大な敵を皆で打倒するって物」

「ハートフルか。王道的だな」

「でも、こういう王道はかなりフレンズの中でもヒトの中でも話題なのよ」

「ふ~ん」

 興味なさげに返すが、本当に興味が無い訳では無かった。

 今回の映画作りはかなり本格的で、大型の鳥類系フレンズを使って映像外から主人公をロープで持ち上げてアクション性を増させたり、泥臭さが何かと本格的だったり、構成面はバッチリだった。配役キャストもそう言うキャラクター……つまり型にはまったメンバーが揃えられてるし、特撮だけあって編集は、うん、コクトが全任する。

(まあ、いっか……)

 此処まで来ると、そこら辺の考えも吹っ飛ぶ物だ。


「キャストは……、イヌ科主体のチームか……、敵は……うわっ」

 小さく引き気味に声を上げた。それもその筈だ。その殆どが着ぐるみなのだ。

 特撮で辛いのが、着ぐるみを着たキャラクターの動きにもある。近年のスーツアクターでも、着ぐるみや怪物衣装での戦闘というのは視界や動きに気を遣う。

「一応力の強いフレンズ主体でパワフルな動きを再現するつもりよ。ヒーロー側は身軽さで、悪役側はそのパワープレイで、小分けにしてるのよ」

「あー……、善く善く見ると本当に構成が凝ってるな……設定は、ん? んんん??」

 思わず首をかしげた。

「か、『嘗てのバイオテロによって、怪人化したフレンズ。彼等の精神は悪へと落ちてしまい、その心を救うべく立ち上がった主人公。彼等ヒーローには悪を浄化出来る特別な力を持ち、その力を持って暴走する彼等を止める』……バ、バイオテロ……」

「医者の貴方の意見を聞いてもいい?」

「マジか」

「……んんっ」

 マーゲイが声に出さないように笑いを堪える。

 コクトも何処か上限を振り切ってしまったのか、汗を流しながら苦い笑いをして魅せた。


「せ、セルリアン?」

「いや、まあ、んふふ……っ」

 横目にチラッとスタンバイしている怪物を見るが、セルリアンとは全く違う。ブヨブヨとした沫を特殊メイクで纏ったフレンズの姿は、どう見てもウイルス感染によって皮膚がただれたようなゾンビの姿だ。

「……世界観」

(あのコクトが、混乱してる……っっ!!)

 最早笑いを噴き出しそうなマーゲイ。

 設定こそ奇抜だが、何度か咳払いを済ませ、コクトは集中力を身に戻す。

「ま、まぁ、やってみないとな」

「そうね……んふふっ」


 幸先不安な中で、撮影はスタートされた。


   *


 キャラクター構成や、ストーリー性。

 これらを並べても、獣とは言い難いような考え方は、時に人の考えをピョンッと飛び跳ねていく事がある。


 戦隊のように揃えられているのでは無く、フレンズの性質を活かした独立系のヒーロー達。所謂仮面のライダーのようなこの構成に、コクトも意外な顔をして反応していた。

 正当系なリカオンに、クール系のタイリクオオカミ。スピードを活かされたタテガミオオカミに、意外な主人公セグロジャッカル。

 四人の各々のストーリーや葛藤、考え方と向き合い、時には衝突し、時には惹かれ合う。


 王道中の王道。

 だがそれは、時に魅了されるような作品でもあった。


「はいカットー! 次のシーンも纏めて取っちゃうから、確認お願いねー」

 そして、監督役のマーゲイも中々に逸脱している。脚本・アクション監修、それを個人の趣味と言って行っているのだから、矢張り特筆すべき才能があるようにも見える。

 シナリオとて、一枚岩では無い。


 悪の敵と戦うと言うシナリオであれば、誰でも作れるだろう。だが其処に、品種の差や主張の違い。理念や行動、過去設定による印象の変化、落とす所は落とし、上げる所は上げる。キャラクター性の活かし方も十重に承知しているようで、更にギャップまで織込んでくる。

 要領が良く、頭が良い。

 それは、人と比べれば十二分に突飛した才能であり、獣という概念で考えてしまうと、格段に飛び越えている。


「……、」

 そんな現場で常に斜光板を両手に持って動くコクト。

 最初は自分の役回りに面倒という考えしか無かったが、そう言う場所だから見える物は幾つもあった。


(流石だな。タテガミオオカミの速さを活かしたり、鳥系フレンズのワイヤーで軽々としたアクション。普通なら自然天候で考えるはずの人工雨まで……ストーリーもさながら、褒める言葉が止まないというのはこういうことか)


「ほらコクト、ボーッとしてないでそっち行って」

「……った!」

 マーゲイにガツンッと良い蹴りを食らうコクト、渋々移動しては、又遮光板を弄る。

(うん、素直に認めざる得ないな。この現場では私より彼女の方が適任だ)

 自分の立ち回りに特に言及はしないコクト。


 何処か研修医時代を思い出しながら、そそくさと次の場所に移動する。


「……、」

 コクトの仕事は殆ど光の当て加減を変える程度の仕事だが、実際の現場ではかなり重宝される物でも有る。光の斜度一つでキャストの輝きも変わってくるのだ。


 本格的に見える現場。

 その全てを見回してみて、そこに居るのは全てがフレンズ……獣だ。


「……、」

 人の幾年を、こうも簡単に習得する。

 そんな姿がどんな世界を創るのか。


 今彼は、本当の意味で考えさせられた。


「……獣とは」

 違いや、遺伝子の話では無い。


「……人とは」

 こうして此処に生まれてきたフレンズ達。

 彼女達は何故フレンズという人のみでこの現世に達、生きているのか。


 生まれた過程や原理では無い。

 その、生きる意味とは、生まれてきた意味とは。


 彼の中には、その自問自答が繰り返されていた。


 今まで、多くの光景を見てきた。

 人と獣、ヒトとフレンズ。その間で、差別変わりなく、当たり前のように同じ友として過ごし、生活してきた。だが、それでも彼女達と自分との違いは何なのだろうか?


 そもそも、私達人間は当たり前のように生き、当たり前のように生活している。

 其処には、人間が何年も積み重ね、何年も繋げてきた文化と歴史がそこに在るからだ。だが、その中で動物も生物も生存競争の時代を駆け抜けてきた。


 ――その中で、ヒトが見つけた生きる意味とは何か?


 人はそれを、『天命』と呼んだ。


『天命』とは、つまり天から与えられた生きて成す使命だ。人が生まれながらに知識や考え方の違いを持って生まれたのは、其処に天の意志が絡んでいると誰もが言った。


 無論、コクトは無神論者だ。

 そんな神意的な哲学は信じるつもりは無い。

 だが、それでも、その紡いできた中で人は死ぬ事を強要されず自由に生きてきた。


 だが、動物はどうだ?


 昨今の問題でもあるとおり、保健所の殺処分や狩りなどの動物の生命に対する認識の甘さが、此処でも適用されてしまうのだろうか。

 コクトが去った後、彼女達の生きる意味とはどうなってしまうのだろうか?

 そもそも、その意味さえ見出せていない彼が、何故それらを守ろうと此処まで決心出来たのだろうか?


 彼女達は、今は普通に生き、普通に生活し、その模様は人と変わらぬだろう。

 だが、彼女達に対しては人間で言う人権は無い。動物に対して害獣認定や殺処分を当たり前にするその行為を、孰れ彼女達にも押し付けられてしまう運命になってしまうのだろうか?


 彼女達フレンズの、生きる意味とは?

 彼女達フレンズの、生きて言い理由とは?


 何か?


 何なのか?


 コクトは、五年のジャパリパークでの生涯の中で、今その解答を要求した。

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