第一〇節
――化け物の定理は、時折良く解らなくなる。だが、ただ一つ忘れてはいけないのは、彼等が暴力的であるという事だ。
*
ジャパリパーク。
サンドスター噴出山岳地帯。
サンドスターの吹き出す其の場所は、基本的に未開発地帯として保護区全域にわたる指定山岳地帯は整備されていない。
其れは、未だサンドスターの解明が十分に成されていない事からであり、研究者達の中では慎重にならざる得ない状況なのだ。
そして、パーク内を探索できるガイド部の人々も余り此処に近づこうとしない。
正確に言えば全員ではないのだが、謂わば神聖区域としての不干渉地帯として暗黙の確立があるのだ。
そのような暗黙の領界のような場所だが、此処までの話をしても尚、正確な条例は敷かれていない。
逆に言えば、サンドスターという物に対してその畏怖か興味かによって、ジャパリパークの人間も判断が分かれるという事に違いは無い。
「……、」
そんな未開拓の地だが、未開拓なだけあって危険性も高い。
と言うのも、セルリアンの存在の確認が最も多く、サンドスターの存在が間近に存在している場所に多いのだ。
(静かだ……其れも、妙に)
そんな山林深く、コクトは一人山道を登って歩んでいた。
時刻は深夜。
二時を過ぎた辺りだろうその一帯は、日中とは変わって静かで奇妙だ。
光源と言えば、サンドスターの吹き出す山頂火口付近と、半月の心許ない月明かりのみだ。
そんな月も今では雲の隙間から覗かせる程度。
ただ、そんな山中を彼は仕事着であるスーツにジャケット代わりの白衣、そして肩から下がったメッセンジャーバッグだけだ。
高原は胸元にしまわれたLED式のペンライトのみだが、其れを出してすらいない。
ただ、出さない理由もあった。
(矢張り目慣れさせて正解だったな。人は夜眼程では無いが、慣れさえすれば夜眼に近しい状況で見渡せる。それに、セルリアンは光源に寄る習性もある。迂闊に光源は使えないな……それに)
コクトは、その肌に感覚同然のように感じていた。
ピリピリッ……ピリピリッと、まるで何処からか、舌舐めずりをして獲物を睨んでくるような、捕食者の目線を。
……明確な殺意を。
(……居るな。数体)
確かではない。
だが、それでも解る。
セルリアンの体質の殆どは、光沢体で出来ている。
謂わば光を反射させやすいその体は、暗闇の中でも微かな光源さえ当たれば察知する事は不可能ではなかった。
(動きは……しないのか。気がついているようだが、知性があるのか? 無いとも言い切れないが、単調的なのがセルリアンの特徴なんだが……高レベル。それも、危険性の高いタイプかも知れないな)
コクトは息を殺し始める。
息を殺し、気配を消し、闇に紛れる。
彼にとって最も得意分野だと言わしめるかのように、彼は何の躊躇いもなくその視線から外れる事に成功した。
(消えた……か。いや、未だ気は抜けないな。山頂近くであれば確かな確認事例はない。何らかの理由で近づけないのかはともかく先を急ごう)
音はなく、風が通り過ぎた後の余韻は、どうにも肌に寒く残る。
コクトの歩みは止まらず、音を殺し息を殺し、進み続けた。
ただ、その行動が、どれだけ苦しい物なのだろうか?
敵陣の中を、回りには超人的な武装をした不可視の生命体が居る場所で、ただ一人丸腰で息を殺して歩むその緊張を。
だが彼は、冷や汗一つかかず、進み続けた。
*
山頂へは難なく進んできた。
彼の目の前には、虹色に光るサンドスターの原石たる集合体が、地から飛び出す龍の如く天へと伸びていた。
「……、」
だが、彼の目線が見つめていたのは、そこでは無かった。
火口付近より、サンドスターが噴き出す――謂わば核――一般的な山岳で言うマグマの溜まる場所を黙視していた。
コクトは足場を確認すると、メッセンジャーバッグから小型ピッケルを取り出した。
(よし)
片手に構えたピッケルで、彼は突然、火口より下へと降り始めたのだ。
ロッククライミングの容量で、彼はスルスルと下へ、下へ通り始める。
サンドスターの気流が肌に当たる位置まで降り、不安定な足場を探りつつ未だ下降する。
次第にサンドスターの原液のような物が身体に触れ、ズブズブと中へと潜っていった。
そこまで来ると、最早ロッククライミングと言うよりはスイミングに近い。泳げると解った時点で彼は掴んでいた岩場を放し、下へ下へと潜り始める。
自然と息は苦しくない。
空中で泳ぐと言うよりは、水中でボンベを付けているようで、手には仰ぐ度に水特有の抵抗があった。
彼は奥へ、また奥へと進んでいく。
眼を細めてしまう程の輝きの中、底がないかと思われていたサンドスターの群水の底……否、底というべきには、浅すぎるその場所。
彼は見た。
このサンドスターの真実を。
目の前にした。
その、群がるようにして、密集するようにして禍々しく映る、その黒の表面を。
「……、」
苦虫を噛み潰したかのような顔をした彼は、輝きと禍々しさ溢れる純黒の境界までたどり着く。
そして、ゆっくりと、彼はその謎の黒に手を伸ばした。
瞬間。
手に寒気が走り、一気に身体全体に伝わってきた。
(――正解だ)
直ぐさま彼は其れが目的の物だと知ると、メッセンジャーバッグから注射器のような物を取り出した。
小型の物とは違い、少々大きめ……容量重視の注射器と言うべき其れを取り出し、再びその黒の中へと注射器を持った片手を浸し始める。黒い物質に手を突っ込んでから、注射器や手首まで丸々飲み込まれる。最早手は見えず、注射器を離してしまえば何処かへ消え、もう二度と見つける事は不可能だろう。
もう片方の手も入れ、その無類の寒気の中、注射器の取っ手を持ちその成分を吸引し始めた。
瞬間。
ギョロッッッッ!!!!
その黒い表面に、幾つもの目玉が浮き上がる。
その目は彼への明らかな敵意を向ける。
「……ッ!?」
突っ込んだ手に、何かが絡みつけ始める。黒いゼリー状の触手が、彼を自分たちの中へと引きずり込もうとしているのだ。
(未だ中では吸引中だ。だが、このままでは私の身体が飲み込まれる!)
水中で上へと上へと藻掻き足掻くように抵抗する。
注射器は未だたまりに給っておらず、寧ろ中でも其れを引っ張るかのように抵抗してくる。肌に付く触手からは悪意の感情が溢れんばかりに流れ込み、彼を一層焦らせた。
(まだ、未だ半分……押し戻すな、クソッ!!)
逃げようと思えば逃げられるのかどうかも解らない。
終わった所で彼は死ぬかも知れない。
だが、その手を止める選択肢は無かった。
ただ、その抵抗の度に、彼への悪意は猛威に変わって動き出す。
ピキッピキッ!!
「……ガッ!?!?」
腕の骨が、悲鳴を上げる。
絡みついた触手が、力を増す。
泳ぐ程度の抵抗、それは何の意味も成さない。
巨大タコに襲われた人など、最早抵抗しても無意味に近い。
が。
(終わった!)
「……ッッらァ!!」
ズブズブズブッと、腕を中から引っこ抜く。
懸念していたよりも案外楽に引けた。
(……顕現に近かったのだろう。此方への干渉も中々に死力を使うのか……矢張り、この隔たりは何かが作用しているのだな)
輝く海を登りながら、頻りに此方に敵意を向ける眼を見つめ返す。
そして、手元に取ったその真っ黒の原液を持ち、彼は再び崖を登り山頂を目指し始めた。
*
「……はぁ、はぁ」
山頂で、小さく息を整えるコクト。
息を整えながら、急いでメッセンジャーバッグに小道具をしまい込むと、中からナイフを取り出す。
「ま、目を付けられたからには、早々逃がしてくれないよな」
目の前には、軍を成すセルリアンの群れ。それも、その全てがレベル3以上に近い物ばかりだ。大型や小型、特殊な形容をしたセルリアンも居れば、目の前だけで無く火口を包囲するかのようにして集まりだしていた。
休息など無い。
息を切らす暇など無い。
敵陣にて一人。
己の身は、己しか先を知らない。
ダンッ!
コクトは走り出す。
ただ、真っ直ぐと突っ切って行くのでは無く、方向を変え、横へと走り始めた。
セルリアンも追い始める。
足が遅ければ、早い者も居る。
だが、彼の足はその先を行く。
人並みならぬその足で、彼が目にしていたセルリアンの一軍に突っ込んだ。
目の前のセルリアンを足蹴にし、次のセルリアンは足場にして中へ飛び出す。
木々の並ぶ場所まで来れば、その木を足場にして軽やかに空を飛び交った。
突っ込んでくるセルリアンを蹴り飛ばし、大型は掴んで上へと仰け反る。
猛襲は止まらず、避けた先とて安全では無い。
目の前には既にもう一体、更に一体と大口を開けたように飛びかかるセルリアンが居る。
真っ先に来るセルリアンを足蹴にして、勢いを作り、空中で切り返した身体を使って二体、三体、四体と打倒して、五体目で更に木の上に飛び乗る。
(ナイフよりこっちの方が有効そうだな)
コクトはメッセンジャーバッグに先程取り出したナイフをしまうと、また中から登山用ピッケルを二本取り出す。
気を飛び出し、セルリアンの群れへと飛び込む。
負けじと突っ込んできたセルリアンに対し、コクトは更に足場としてセルリアンの頭上に着地すると、持っていたピッケルでガンッと石を砕いた。
弾け飛ぶセルリアンを余所に、更に一体、また一体と討伐していく。
動きは俊敏で、刀片手に剣劇する侍か、空飛び交う忍者のように動き、先程とは違う道を駆け足で下山し始める。
「……とッ!」
地を駆けている時、不意にコクトは上へと飛び、足を空に投げ出す。地を向いた目線の先にはドーベルマンのようなセルリアンがコクトの背後を取ろうと飛び込もうとしていたのだ。
其れを避けたコクトは、ピッケルのリーチを使って石を砕く。
足早なセルリアンは其れを逃さず、一斉に襲いかかる。
だが。
パキィッ
パキィッ
パキィッパキィッパキィッパキィッパキィッパキィッパキィッ!!!!
乱舞。
避けては砕き、避けては正面衝突したセルリアン同士の石を明確に捕らえ、死角から来ようともヒラリッと躱してみせる。
地面に着地すれば、目の前から牙を見せて襲いかかってくるセルリアンも居る。
だが、コクトは両方のピッケルをセルリアンの頬辺りに串刺し動きを止めた。
空中で勢いが無くなってしまえば、格好の的だ。
更に上から、石目掛けガツンッと鈍い一撃が襲いかかった。
タンッ!
特殊型の鎮圧を終えると、直ぐさま下へと駆け始める。
(足早なタイプは……もう無いか。なら)
コクトはメッセンジャーバッグをまた開くと、中から何かしらの棒に藁糸を付け、古い時代の木造吊り橋のような物の寸分スケールを取り出す。
棒の端には糸のような物が付いており、コクトはその糸を外して森の横合いに投げ捨てた。
すると。
バチバチバチィィッッ!!
大きな音が、山の中で鳴り響く。
光と音がバチバチッと鳴り響き、目まぐるしく続く。
其れを今かと思いながらコクトは山を駆け抜けた。
(セルリアン対策用爆竹……まあ、役に立ったが、夜間に使う物では無いな。十二分に近所迷惑だろう……)
だが、其れは確かに効いていた。
光と音を一手に担った爆竹は、次第にセルリアンを集め、コクトという標的を見逃したのだ。
数秒続くだけの兵器だったが、結果コクトは無事に山を脱出する事に成功した。
――そして、彼はそのまま夜の世界へと消えていった。
*
翌日。
ジャパリパークでは無論、昨日の騒ぎは大きく捉えられた。
ただ、表向きと言うよりは、社員やフレンズ間での騒ぎに過ぎなかった。
『山中にて大群のセルリアンを発見。深夜には大きな爆音が響き、依然として調査中』
との事だった。
だが、誰もコクトの行った事……とは思う由も無い。
序で言えば、コレはジャパリパーク内の問題で、外に出る事は無かった。
と言うのも、ジャパリパークの全国公開情報としては、表向きにはフレンズまでしか発表されていないのだ。
諸処諸々理由はあるのだが、詳しい理由は社員にも知らされていない。
そして、そんな日の……コレは朝に当たるだろうか。
日が昇り、開園し、約午前一〇時。
パーク内は大いに盛り上がり、いつも通りの平常運転だった。
そんな日だったが、少し異例もあった。
コクト……所長が、珍しく有休を取っていたのだ。
休みを取る事自体人間的には可笑しくもない事だが、仮にもその本人がコクトだった。それは、多くの従業員が疑問に思いつつ、最終的には「人の子だからな」という結論までの過程を体験させるには十分だった。
そして、その本人はと言うと……。
「……、」
ピコーンー……ピコーンー……。
薄暗い謎の研究施設。
部屋には幾つもの電子器材や研究機材が揃えられており、小さな研究所と言うには十分だった。
コクトは一人、遠心分離機に山岳で取ってきた謎の純黒物質を入れ、その抽出先から多くの機械を通り、一つのフラスコにたどり着く様を唯々見ていた。
ただ解るのは、どんな分離機や濾過機を通した所で、その物質の色も、観察的な物質の変化も見受けられなかった。
(……矢張り、か。となると最早これを現代のプロセスで何とか出来る保証は無いな。やっぱり、やらなくてはいけないか)
彼が黙考をしていると、不意に後ろの方からカツカツ……カツカツと、まるで階段を下る音が聞こえてきた。
ゆっくりと振り向けば、そこに居たのはミタニだった。
「全く……妙な所に呼び出したかと思えばこんな所にこんな個人施設を作って居ったとは」
「良い場所だろ? 此処なら人目に付かないどころか、尚更隠しやすい。良い訳だって効くが、まず間違いなく割れる事は無いだろう」
「そうだな……昔の研究所の地中にこんな物を作って居ればなぁ」
そう。
その場所は、嘗てコンテナだけで運営していた頃の研究所。その、地中に建設した彼だけ知る地下研究所だった。
「しかし、良く入れたな。中々に入り方がコミカルだと思うが?」
「そうだな。まずコンテナに入った後に大型机を動かし、床板を外した後に地表を数センチ掘り、岩装飾のされた扉を開けるまでが老体にはキツいわ」
「お疲れ様」
コクトもクスクスッ微笑んでみせる。
未だ其れが本物か偽物かなど、ミタニにも解らない。
「さて、其れでは本題だ」
「そうだな。何故此処に呼んだ」
「コレを見てもらえれば解る」
コクトは、先程の幾数の機械を超えて一切の変化を表さなかった純黒物質を見せる。
「……なんだ、其れは」
「此れは謂わばセルリアンの源。サンドスターが輝きや善性などの温厚な性質の集合体だとすれば、此れは真逆の性質。反転物質とも言うべきか……サンドスターρだな」
「サンドスターρ?」
「謂わば悪性。もっと言えば、セルリアンを生み出したり強化したりと、彼等にとっての真の意味での燃料さ」
「そんな物……どこで?」
「――この島の、地中深く。サンドスターをマグマとすれば、その更に下。マグマだまりと言うべきかな」
「……待て待て待て」
「ゾッとするだろ?」
「コクト、待ってくれ!」
ミタニの想像は、このジャパリパークを営んできた者にとっては最悪の想定だろう。だが彼は、其れを待たずして言い放った。
「最初の発端は、セルリアンの存在だった。サンドスターと直接的な関わりが無かった彼等が、どうやって増殖していったのか。次にこの島の発現の秘密。其処も気がかりだった。何故、噴火して地を作り山を作り、小さな島からでは無く、完成図をそのまま出したように島が浮き上がったのか。そこで考えたのは、サンドスターと同質的な考えでは無く、対として考える点だ。この考えは、フレンズと対抗している時点で容易に察せた。ただ、その対立点の根底が見えなかった」
真逆。反転。
サンドスターとは対となり、生物系のピラミッドと言うよりは、両対立の形。
ただ。
「サンドスターが真にそのサンドスターρと対立しているとは限らない。だから、その不安定な構図の証明が必要だった。要は隣接するようで、まるで其処に何かの特性を変える第三膜があるのでは? とね」
フレンズとセルリアン。
サンドスターとサンドスターρ。
同質的で対立的というなら、聖書のルシフェルのように、天使を堕天させる誘惑という第三のスパイスが必要となる。
寧ろ、その第三の点が無ければサンドスターという存在が成り立たなくなるのだ。
ただこの場合、どちらが原初でどちらが派生かを見極める必要がある。
サンドスターが本来最初に存在し、堕天使ルシフェルのようなサンドスターρを派生させたのか。
ギリシャ神話のティターン戦争のように、原初から王の座に居座ったティターン族からオリュンポスの神々が王の座を奪い王権を正規の物にしたのか。
無論、この推測には、前者では誘惑、後者では覇権、どちらも世界が生まれてから実在する感情や概念が存在する。
此れが第三者であるスパイスと言う存在だ。
そして、其れを直に見て、確認した彼だからこそ、コクトの推測はその終結に至った。
「つまり、私達の足下。その下には、マントルのようにサンドスターが内包していた訳では無い。我々がこうして平穏の中を暮らしている中で、その足がいつも踏みしめているのは、その足の下に隠れ潜んでいたのは、紛れもないセルリアンだった」
解答は後者。
そして其れは、最もこの島の見方を変えてしまうには十分だった。
何せ、ティターン戦争は長期間にも及ぶ戦争で有り、此れを重ね合わせれば、彼等は未だ敗北しておらず、今もなを覇権を奪おうと攻撃を仕掛けているのだから。
「……頭が痛い」
「だろうな。全て推測だ。だが推測は最大限の事実から取り上げるべき、最も正解に近い事象だ。強ち間違いと言うには否定する要素が少なすぎる。最悪の考えだが、言い方を変えれば、今後の研究によっては考えも覆る」
「儂は、その発言に対して否定する発言を持ち合わせていないのだがな」
「だろうな。だから、今の考え方では到達し得ない考えだろう。今の知識じゃダメだ。より多く研究し、多くの事実を突き止めなくてはいけない。時間だ。我々の後継後も、より長くこの場所を反映しなければならない。だから――」
コクトは、抽出の終わったサンドスターρと呼ぶ純黒の液体を、注射器のような容器に注ぎ込む。注射器と言うには針が無く、その造形上何処かに接続して注入するタイプのようにも見えた。
其れは正しいようで、彼はまた別の機械のような物を取り出す。
今まで見てきたどの機械にも無い造形で、片手で持てる程度の楕円形の機械のようで、先端にはスタンガンのような二本の張りが出ており、後ろには直径二センチの円上の穴が、接続口のように空いている。
コクトは先程注射器に入れたサンドスターρをその接続口に差し込むと、奥まで差し込まれたのを確認し、注射器の中の液体を押し込む。
その機械の中に注入されていくサンドスターρ。
最後まで注入させると、その楕円形の機械の中には禍々しい液体が注入された事が解るように、ガラス板のような場所から驚驚しい色を見せていた。
「コイツは『バイザーα』。注射器では注入できない液体や気体、ウイルス。更には液状化した金属や気体化した固体など、そのままの状態で打ち込む機械だ。……と言っても、試験段階だがな。孰れは既存型カプセルを差し込んで多種注入も考えているが――」
「まて、コクト。何を……!?」
「……セルリアンは、人は解らぬが、フレンズを飲み込みサンドスターを吸収するというのが現在の見解だ。そして、一度飲み込まれれば現状修繕不可能という事実が出ている。だが、もし抗体やワクチンが出来るのであれば? もし、セルリアンの体内でも一定的に行動を可能とするワクチンを作れたなら? 可能かどうかは解らない。だが、これは、存続の為だ」
「……ま、まてッッッ」
止まらなかった。
コクトはバイザーαを自分の胸元に差し込み、スイッチを押す。
肉体に刺さった針の先から、体内目掛けて容赦なく流れ込むサンドスターρ。
ドクッドクッ……と、生々しい音を鳴らしながら、彼の肉体に流れ込む。
「が、ァ、あァァッッ、アアアァァァァァアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアァァァァァアアアアッッッッ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!?!!」
「お主、ここまで……!?」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!?!?!?」
声にならない叫びが続く。
肉体が悲鳴を上げる。
体内がグチャグチャにシャッフルされいくような気がして成らない。
身体の節々から黒い瘴気が見え隠れし、一瞬一瞬肉体の所々に黒い痣模様が浮かび上がる。
ミタニは、何も出来ない。
何をするにも、何をしたくても、目に見えぬその脅威の対処など知らない。
それに、きっとコクトは止めるなと言う。
否、其れをしなくとも、彼の眼はミタニが近づこうとすると睨み返して「近づくな」と訴えかけてくる。
瞳孔が開く。
じわじわと正気を失っていく。
涙が浮かび、苦しみもだえる。
果てには立てなくなったのか、膝から崩れ転げ回り、何とか立とうとして机や機械に衝突する。
肌には血管が浮かび上がり、肉体が限界に達しているのか、吐血までする始末。
そして、彼は最後に、
急に止まった。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………――」
何が起こったのか解らない。
最後の力で立ち上がり、上を向き、天井を見たまま急に絶叫も動きも止まった。
そして。
バタンッ!
膝から崩れ落ち、コクトは荒い息を立てる。
「!? 無事、か?」
「――」
「コクト?」
「あぁ、大丈夫だ。まだ、残留は残ってる。だが、このまま維持していけば、ワクチンは、でき、る」
「無理をするな。流石の私でも冷や汗が止まらんぞ」
「悪かったって」
「……はぁ」
ミタニの肩を借り、コクトは立ち上がる。
椅子の所まで連れて行かれ、コクトは其処に座して息を整え始めた。
「とりあえず、少し此処で休んでおくよ。悪いけど、内密にな」
「言いたくとも言えんわ」
「ああ、ありがと」
ミタニは、一言「嗚呼」と残し、地上へと向かった。
*
簡易研究室。
ミタニは地下から戻り、床を戻す。
バンッ!
「――ッ」
扉を力強く良く叩いた。
苦悶の表情を浮かべながら、下を向く。
「この、大馬鹿者めが……ッ!!」
彼はそれ以上何も言わなかった。
そして、元いた研究所へと戻って行った。
*
地下。
コクトは椅子の上で背を任せて天井を覗く。
光少ない部屋の天井は電子機器の作動音と、機器の光源しか無かった。
まるで小さなプラネタリウムのようなその場所で、身を休めていた。
(――見えた。最後に、確かに見えた)
心中の中であの苦情の経験を振り返る。
(そうか、そうだったのか。なら、ならば……)
彼は、部屋の中。
一人静かに、椅子に背を任せ、天井を覗いて。
ニタリッと、不気味に、
笑っていた。
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