第七節
ジャパリパークのフレンズは、基本的に保護区に住まいや縄張りを持っている。
例外はあれど、大体のフレンズは動物らしく自身の住処や借宿を使って生活している。朝になれば行動する者や、夜行性のフレンズは日中大人しくしているか、例外として外に出ていたりもする。
この点に関しては、習性よりもフレンズの意志によって行動が決定するので、ある意味例外という例外の方が多い。
ジャパリパークの遊園区画で時偶フレンズを見かける来場者。
実は、その点に関しても工夫が成されている。
と言うのも、保護区では基本ジャパまんの支給やフレンズによる自営業の品物が存在している。だが、遊園区には、謂わば電子機器やフレンズの手が付かないような機械や食品、謂わば人間の叡智の結晶を販売している。
要は、ゲーム機や携帯機器、高級料理や営業地区による地元産物、フレンズの考えでは至れない商品を多く通り揃えているのだ。
こう言った商品を求めるフレンズも多く、要は吊り出し作戦でフレンズと人を交流させている(無論それ以外の理由も多くあるが、重点は此処だろう)。
其れは謂わば、フレンズの欲。
便利や遊戯を的にした餌で釣り上げる法則に近いかも知れない。
保護区は自然特化し、遊泳区画は近代特化。
その二つの特性の中で、フレンズは求める物の元に流れ着くのだ。
が、無論、保護区に居座るフレンズも居る。
謂わば、コレは人見知りやそう言う物に興味が無い者、行きたくても忙しかったり、行ったら行ったで人気者として揉みくちゃにされるような者。
そして、人と触れ合う事を拒み、欲さえ失せる程意気消沈してしまった者も……。
「……ハァ」
サーバルも、その一人だった。
平原の真ん中で、一人体育座りをして空をぼんやりと眺めていた。
「まだ落ち込んでるわけ?」
「カラカル……」
彼女の友人、今や親友であるカラカルは、両手にジャパまんを持ち、言葉とは裏腹に少し心配そうな顔で此方へと向かってきていた。
「ほら、あんまり食べてないでしょ、サーバル」
「……ありがとう」
手渡された一つのジャパまん。
ただ、彼女は口に付ける事なく、持ったまま地平線の先を眺めていた。
「もう、どれぐらい話してないのよ」
「わかんないや」
「アンタねぇ……」
「わかんない、わかんないもん……どうやって話せば良いのか、なんて声を掛ければ良いのか、わからないんだもん」
彼女の声は、何処か、力がない。覇気がない。
いつもなら、元気で明るく、皆に笑顔を振りまくような、まさに笑顔の化身たる象徴のような存在だった。
今はもう、その影が暗がり、焔は小さく蹌踉めくだけ。
「……コクト、今、何してるのかな」
「私も会ってないからわからないわよ。ヒトも最近忙しいらしいし、会ってくれるヒトは大体ガイドさんばっかりだし、フレンズ達も見かけてないんだって」
「そっか……」
嘗て、サーバルはコクトの為のパーティーを開こうと懸命に動いた。だが、その思いまで有耶無耶にさせるような結果で終わってしまった。
互いに事情はあれど、其れを理解する事を許さない葛藤が、彼等の仲を裂いた。
そうすれば良い解らない。
そうだ、その通りだ。
彼女達の本質は獣。
そして、獣たちの中にもルールがある。
一度群れのルールを破った者は、種族によっては群れから追い出される。追い出された後、再び群れに戻る事はない。生きる為に非情なルールの中で生きてきたのが、獣だ。
そして、もう一つ。
彼女が獣であるという事と、コクトが人であると言う事。
人は、謝る事を知っている。その理由、その原因、其れを理解し、互いに和解する。
人にとってその言葉の中での理解は当たり前の物だった。だが、その本質上、獣には解らない。彼女達は、その片鱗をもって生きている。
そう、その差なのだ。
なんと言い出せば良いのか解らない。
なんと言って良いか解らない。
人にとっての当たり前を、彼女達は知らない。
それは、ある種コクトの政策にも問題があるとも言えた。
人のように接する。
これがジャパリパーク職員達に置けるスローガンであるならば――そして、フレンズの容姿が余りにも人に似過ぎて――人にとっての当たり前を、当たり前のように行ってしまう。
道徳の差だろうか。
溝は、見えない所に幾つもあった。
「ねぇ、カラカル」
声は、弱々しい。
優しく、「何?」と聞き返したカラカル。ふざけてからかう気にもなれない。
「もう、コクトとお話しできないのかな?」
「そんな事ないわよ! きっと、ちゃんと話せるわ!」
「なら、どうすれば良いの?」
「……そ、それは」
「解らない。私、解らないよ……」
涙が、ポタポタと、落ちる。
冷たい、本当に冷たい、粒の雨。
霞んだ声で、サーバルはもう一度、言った。
「解らないよ……コクト」
*
――もう、戻れない。
誰かが、そういった。
――もう、引き返せない。
誰かが、そう呟いた。
――もう、後戻りは出来ない。
誰かが、そう囁いた。
とっくに分岐点は超えた。
既に、歩み出した足は、止まる事を知らない。
その先にある地獄へは、片道切符一枚しか存在しない。
其れを手にした物は、覚悟を決めよ。
然らば、同じ過ちを繰り返すなかれ。
死と生は常に隣り合わせ。人とは、その境界の間に立ちて世界を歩く。
故に、皆一様に歩む先は生の先。
ならば、古今故に後ろ向きに歩む事なかれ。
迫り来る物は、死という巨悪の根源たりて。
……立ち向かうと考える者、其れは勇敢では無し。
だが、行くのであれば努々忘れる事なかれ。
その先は、一人のみに迫られる――片道チケットだけ――だと。
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