第一七節

 某日。

 ジャパリパークは開業し、日々着々と成果を広げていた。

 平日は其処まで忙しくも無く安定し、休日には多くの客が押し寄せる。


 宿泊所として建設したロッジだが、泊まる客はあまり居ない。……と言うのも、リゾート地用に設立した物なので、泊まるのはお金持ちぐらいだろう。本島の港近くにも連携ホテルがあり、事実客が使うのはそちらの方が多い(後はまぁ、記念作りのカップルだろう……)。


 さらに、パーク内での事件も現在は全くと言って良いほど出ていない。フレンズと言えど見た目は少女であるからこそ、事案対策の為に警備隊を各箇所に配備し巡回させ、管理課が日々監視体制にしているが、事例は上がっていない(過保護すぎるとも言われる)。


 セルリアン問題に関してで言えば、最近になってフレンズ内の強者が揃ったセルリアンハンター成る物が設立され、パークの治安は守られていた。


 此所までにおける全てが、本来はたった数枚の紙切れから始まった。


「……、」

 コクトは鬱蒼とする木々の中で、手に持ったかつての企画書を眺めていた。


 そして、顔を上げた先には、始まりである場所、ジャパリパーク簡易事務所が其処に在った。


「どれくらい放置してたのか……」

 そうぼやくコクト。

 最早コンテナにはツルが巻き付いており、端から見れば放置された箱型一軒家だ。


 コクトは軽くコンテナを一望した後、再び企画書に目を移す。


「……ははっ、ちゃんと残ってるな」

 目を落としたのは、企画書の端。


『発案・蓮野玲子』

 彼女の発端で、このジャパリパークは本格稼働し、そして今に至る。


 結局、三人を犠牲にしても、妹は救えず、何もかも失って此所に居る。


 それでも、


「……、」


 この場所で、やるべき事があった。


   *


 ジャパリパークはかつての古代種事件以来、繁忙期が続いていた。

 ジャパリパークを経営していく中での準備が続き、事実古代種のフレンズ化が失敗していれば今日この日まで実験は行えなかっただろう。管理課とて常にパークを見ておかなければいけない以上、彼等とてこの開園は忙しくない訳ではないのだ。

 と言っても、事件自体、後に起きても先に起きても変わらなかった。


 こう言ってしまうと、流石に心に来る物が有る。


「……よっと」

 ツルが巻き付いた扉を、やっとの思いで開く。

 中は埃だらけだが、外からの侵入などは無く、それ以外に見られる代わり映えは無かった。


 言い換えれば、当時のままにされていた。


「って言っても、殆ど持ってった訳だし、何も残ってないんだよな……」


 ガランとした部屋に、古びたオフィスチェアと仕事机。

 コクトの目的は、その他の調査にあった。


 それは。

「……さて、有るかどうか探さないとな」


 彼等の遺品の再調査だった。


 事件前のあの飾った写真の件が、最後に入った時だった。

 それ以来、此所には入れずに居た。


 時期が落ち着いたのと、気持ちの整理が付いた今だからこそ、入れる瞬間だったのだ。


「……、」

 机の中を漁り始める。

 最早姿だけで言えば、黒髪ロングの中性白衣系男子が、空き巣に入ったような図だろう。

 ガラガラ空けていくが、特に見つかる物は無かった。


「……ホントに、何でもかんでもあっちに持って行ってたんだな」


 思い入れが深い物だったからこそ離したくなかったのか、単に其処までため込む人間では無かったのか、今では解らない。

 探す場所が此所以外無い性か、調査は呆気なく終わりそうだった。


 そんな時、最後に調べていた机、その一つの棚に鍵がかかっていた。

「ここは……、確か、カイロの」

 何度か引くが、やはり引っかかる。

 だが、鍵穴が見当たらない。


「まぁ、アイツがやるとしたら」

 小さくボヤきながら、しゃがみ込んで棚の下を覗き込む。

「やっぱ改造してやがったか」

 鍵穴は棚の下に設置されており、しかも見つけにくい奥の方に存在していた。

 こんな場所に鍵穴を改造して作る程に遊び好きだった彼。今でもコクトにとっては良い思い出であり、苦しい思い出となって心中に蘇っていた。


「まー、こういう時は……こっちに隠してあったり……したね」

 コクトは「まさか……」と思いセシルの机の下に向かう。

 其処にはまた見つからなそうな場所に鍵がセロハンテープで留められていた。

「アイツ、空ける時どうしてたんだ? スペアでもあったのか?」

 鍵を剥がし取り、カイロの机の下にある鍵穴にはめる。

 鍵はスッと入り込み、回せばガチャッと音を鳴らして引き出しのロックが外れた。


 引き出しを引っ張り空ける。

 すると、今度は中には……何も無かった。


「無いのかよ……態々退去前まで閉めてたのかよ……?」

 よくよく見れば、何所かその引き出しはおかしい。

 見た目の割に、引き出しの中の高低が小さいのだ。


「……まさか、な」

 コクトは再び引き出しの下へと回り込む。

 其処には、不可思議な穴が開いており、更にまさかと思いながら適当なペンを使って押してみると、二重式のように引き出しの底部分が盛り上がった。

「あー……言いたくねぇけど、どっかで有ったなぁこれ……」

 まさかと思いその蓋を開いてみる。


 だが。


「何も無いのかよ……」

 まさかの無駄な所業だった。

「ここまでしておいて何も無いって……まさかからかう為に作った訳じゃ無いよな……あれ?」


 そして再度、コクトはまたもや不可思議なことが起こる。


 どれだけ引き出しを引っ張っても全開にはならず、半分までで止まってしまうのだ。


 恐る恐る引き出しの奥に手を入れ込むと、手に何か堅く四角い物が当たった。

 それは引き出しの上面部分にあり、手探りに調べると、どうやらそれは引き出しの上面にテープで貼り付けにされていたハードカバーの本だった。


「……ここまで回りくどい事して出てきたのは本か」

 頭を抱えるコクト。

 大きく溜息を吐き出しながら、彼はそのハードカバーの本を開いてみた。


 中はどうやら手帳に近い物らしい。

 だが、大きめのサイズな上に中は殆ど加工されておらず模様や配線もされていない、黄ばんだような白紙。実際にはその上からカイロの字だと思われる文章で多くのことがなぞらえてある。


 その証拠として、序文にはこう書かれていた。


   *


 この本を開いた者へ


 と言っても、この本を開くのは精々所長くらいだろうから安心して書かせて貰うけどな。


 ……まず第一に、これから書くことは本当のことだ。

 正直、今書いている自分も少し信じられないんだけど、この本を手に取ったら、ここから先に続く文章を何よりも優先して読んでくれ。


 先に、我らが親愛なる所長へ伝えておく。

 俺達は多分、踏み込んでは行けない領域へ脚を踏み込んだ。

 このジャパリパークについて調べてたんだが、実は外にある文献を見つけてな、少し見せて貰ったんだけど、中にはどうにも似て比になるような物がいっぱい書かれてんだ。

 それを読んだ時、自分は背筋に寒気が走ったよ。


 ……冗談じゃ無い。

 いや、アンタなら信じてくれるって信じてる。

 自分達は、孰れその代償を支払わなくてはいけない。


 この本が見つかった時は、悪い話、俺が死んでる時だと思う。


 何で死んだかは、知らないけど、所長、もし君だけが生き残ったら、苦しいようだけど、頼みたいことが有る。


 次のページから書かれていることは全て事実だ。俺の予想と入り交えた有る文献を元に書いてある。

 もしこれを読んで、そして、信じてくれるので有れば、このジャパリパークを守ってくれ。


 ……読んだら解る、死ねと言っているような物かも知れない。


 だけど、頼む。


 もし出来なければ、予想通りなら……きっと、この世界は終わるだろう。


 文献について書いておく、外国語を辞書引きして読んだような物だから、確実なことが抜けてるかも知れない。

 その文献の名は……『The ■■ Rev■at■n of Gla'a■』


   *


 文献については文字が擦れて読めない。

 意図的に消したのか、或いは風化したか。


 コクトは序文を読んだ後に、更に次のページへと進んでいった。


 コンテナの中で、一人読み進めていくコクト。


 時間さえ忘れてしまうようなその内容に、コクトは思わず読みふけっていた。

 だが、その内容は余りにも恐ろしい物だった。


 背筋が凍り、吐く息が白くなる。

 今まで無表情だった彼の顔に、一筋の汗が流れた。


   *


 全てを読み終えると、コクトは目を閉じる。

 読んでいたその本を持ったまま腕をダランと力なく下ろし、再び上を向き目を開く。


 今の彼には、世界が違って見えて仕方が無かった。

 その本に書かれた物が全て事実だとすれば……コクトは、信じたくなかった。


 この本で、一体どれだけの覚悟が必要になったか。


 ジャパリパークによって、一体何が始められるのか。


 この世界はどうなっているのか?


 全てを組み込み、頭を巡らせる。

 あらゆる考察をしつつも、次第に汗は増え、口元が引き釣られるように曲がって行く。


「……ピースだ」

 呟いた。


 そして、ポケットにしまわれた、妹に渡すはずだったかつてのネックレスを取り出すと、コクトはもう一度、発した。

「ジャパリパークには、ピースが必要だ。全てが揃わなければ、全てが終わる。揃えなければ、見つけなければ……私が終わってしまう前に」


 決意を固めた目。

 だが、それは何所か濁り、淀みを映していた。


 その日、全てが決まった。

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