第一六節
刹那。
咆哮が当たりに鳴り響く。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッッッッッ!!!!!!!!」
けたたましい咆哮は、近くにいたコクトの鼓膜をぶち破る勢いで放たれた。
そして、その叫びに反応するかの如く、地面から何かが噴き出す。
虹色に輝く、光の結晶達が、バリーの周りに大量に吹き上がる。
「……ッ!?」
よくよく見れば、それは彼女の肌からも同じように放出していた。
止まぬ叫びと共に、虹色の発光が彼女の周りに放たれ続ける。
「野生解放……いや」
少々後ろに飛び退き、彼女を観察する。
少しすると、咆哮は止み、ゆっくりと膝をついていた脚を立ち上がらせる。
虹の発光は、項垂れるように立っている彼女の元へと集まりだし、彼女自身と一体化するように集約されていった。
結果、その現象が収まると、今度は彼女から漏れ出すように光が漂っていた。
「……、」
何かを察したのか、コクトは今まで取らなかった構えを初めて取る。
バシュッッッ!!
瞬間。
目の前からバリーが消える。
「……ッ」
コクトは、腕を横に流す。
その刹那、まだそこに居ないはずのバリーが現れ、コクトに対して足蹴りを放っていた。
コクトはとっさの推測により防ぐことには成功した。
だが。
ドゴォォォォォォォォォッッッッッ!!!!
防いだ腕と放たれた脚が衝突した瞬間、鉄と鉄の衝突音が響くかの如く轟音が一帯に鳴り響いた。
見ていても解るほどに、先程までの彼女とは違った。
明らかに跳躍されたステータスが、コクトに危機感を持たせるまでに至っていたのだ。
「……成る程、野生解放の……暴走か」
「グルルルルル……ッッッ!!」
唸り声を鳴らす。
理性が霧散し、本能だけが身体を動かしていた。
「……だが」
もう片方の手で、空中浮遊したままの彼女の足を掴む。
直ぐさま切り返し、彼女を空中へと放り投げた。
投げ飛ばされた彼女の身体は空中で身をこなして着地する。
そして、着地と同時に直ぐさま攻撃してくる。
ガッ!!
衝突する拳。
コクトは、受け流しがら攻撃しつつも、彼女も真似のように避け放つ。
次第に何度も攻撃が飛び交い、その度に衝突し、掠り、受け流す。
一進一退の攻防を観て理解できる。
先程の彼女とは圧倒的に違うのだ。
一瞬の隙にコクトは飛び退き体制を戻す。
「暴走しているとは言え、野生そのものか。戦い方の吸収が早い。やはりセンスはズバ抜けてるな」
悠長に語っている彼だが、構えは崩さない。
瞬く間に彼女が迫ってくるのだ。
「……なら」
追撃してくる彼女に対して、コクトは迎え撃つ。
振るわれた拳。
彼女の拳はコクトの顔を狙ってくるが、コクトはその拳を軌道から外れるようにして避け、彼女の懐近くまで身体を寄せる。
瞬時、視界から外れた場所から、彼女に向かって拳が放たれた。
「……ッッッ!?」
コクトの拳は彼女の腹部を捉える。
一撃を受け蹌踉けつつも、薙ぎ払うように拳を振るう。
またも避けるようにしてコクトは横に飛び退く。ただ、それを狙っていたかのように彼女はもう一つの拳を彼目掛け振るわれた。
既に身体が移動を開始しており、投げ飛ばすようにして動いたコクトは軌道を変えることは出来ない。
だが。
一瞬。
かの時に最も近い片腕を使って、振るってきた拳の腕に突きをかました。
「……ッッ!?」
彼女の拳の軌道は変わり、空を切る。
体制を持ち直したコクトは直ぐさま彼女の空を切った腕を掴むと、背を向けるようにして腕を引っ張り上げる。
「……ッらぁっ!!」
背負い投げ。
体勢を崩していたバリーは、抗うことも出来ずに投げられ、地面に振り落とされた。
ドゴォッッ!!
「――ッッ!!!?」
草原とは思えない地響きを鳴らし、地に打ち着けられたバリー。
背中には地面との衝突の振動がそのまま背中に伝わる。
「……ま、草原だったからあんま意味は無いか」
小さく吐き捨てて、コクトは飛び退き体制を戻す。
そもそもとして、コクトの戦い方に、バリーのセンスが追いつき始めている状態だった。
だが、今の切り返しをバリーは予想できていなかった。
それもその筈だ。
重心が外へ洩れていたはずのコクトが、一瞬で判断した切り返しだった。
並の人間であっても、大抵の武闘家であっても、一瞬で判断し切り返すという決断力はどこかで鈍ってしまう物だ。
一瞬、刹那、瞬間。
その瞬くような、コンマの世界で、全てを解析する。
その決断は、時に勝負の世界で大きく変貌する。
一瞬を支配した物こそが、勝負を支配する。
まさにその理屈を体現して見せた。
「けど、マズいな……」
どれだけ彼女の野生解放の暴走より彼の方が上手だとしても、この状況は今彼にとって一番危うい状況だった。
サンドスターがあってこそ、フレンズは現存していける。
だが逆に言えば身に宿るサンドスターの消費限界が来れば、彼女はフレンズから動物へと戻ってしまう。
「そうなったらまた手を下さないといけないって考えると、二度手間でしか無いな……」
片腕を脇に絞め、もう片方の拳を突き出すようにする。
ゆっくりと立ち上がる彼女の身が、いつ飛び込んでくるかもわからない。
「……関門、だな。だが」
ゆっくりと息を吸う。
深呼吸を一度済ませると、再び息を吸い、冷徹な叫びを吐き出した。
「悲惨な物だな! 結局自我が飲み込まれ、暴走するだけの畜生に戻ったのだ! 生きたいと望み、その結果醜い醜態をさらしてまで生き続けるしか無いようだな!!」
言い切る。
何の躊躇いも無く、彼は言い切った。
その言葉を受けてか、その言葉を聞いてか。
バリーは、大きく身体を揺らし、のたうち回り始めた。
「ガ――アァァッッッ――ガガァ――――ガァァァ……ッ……ッッ!!」
頭を押さえ、グラグラと揺れる。
何かに抗うかのように揺れる身体から、不意に発々とサンドスターの放出が途絶え始めた。
「……やっとか」
構えを変える。
片足を大きく後ろに回し、前傾姿勢に移る。
ヒョウか、狼か、チーターか。
今にも飛びかかってきそうな姿勢へと移ったコクトは、ダンッと大きく地を蹴り、飛び出した。
瞬間。
地を蹴ったはずのコクトはその場から消え、瞬きの間に一気に距離を詰めていた。
拳を握りから二本指の突きに変え、彼女の鳩尾に向かって放った。
「……ッッッッッッッ!?!?!?」
バシュンッッ!!
突き刺さった二指の突きは、空気を切り拳銃の発砲音のように鳴る。
指銃を放たれたバリーは、魘されていた表情からゆっくりと意識を失って行く。
「……、」
サンドスターの放出は消え、其処にはフレンズであるバーバリライオンが倒れていた。
「……点穴こそ撃ったが、全く、手間をかけさせよって」
地面に倒れ、バリーは気を失っていた。
「……、」
彼等二人の決闘は、静かに幕を閉じた。
*
「……ッ!」
バリーは目を覚ました。
だが、先程まで明るい晴天だった空が、今ではすっかり夜の星空となっていた。
意識があったのは、完膚なきまでに潰され掛けた自分と、微かにある暴走した自分の姿だけだった。
「なに、が……?」
「やっと気がついたか」
「!?」
声の主の方に目をやると、其処には草原の上で腰を下ろし空を眺めていたコクトの姿があった。
先程まで自分を完膚なきまでに打ちのめしていた相手だ。
怖がるのも無理は無い。
だが、身体が思うように動かず、観念したかのように寝転んでいた。
「私は、一体……?」
「暴走していたからな、点穴を付いて気絶させただけだ」
「暴、走?」
「ああ、知らなかったか。フレンズには野生解放という、所謂野生時の本能を増幅する力がある。だが、それを知らなかった君は無意識に未成熟な発動を繰り返していたからな。最終的に楔が外れて暴走したのだ」
「そうか」
夜風は、実に冷たい。
日中とは違い、イヤに肌に刺さる。
「さて、私も無駄にした一日を取り返す為に帰らせて貰うぞ」
「ま、待ってくれ!」
立ち上がったコクトに向かって、寝転んだまま彼女は叫ぶ。
彼女の中では、まだ確かな疑問があった。
「何故、私を生かす?」
寧ろ、何故そう聞くのか? そう問うという事は、自分を卑下している証拠だろう。彼所まで断言されて、寧ろそれを生かす彼に疑問を持つのも確かだ。
「……まだ強さが未成熟だった。それだけだ」
コクトは、淡々と放った。
「納得がいかない」
「ならそう思っておけ。私としてはどうでも良い」
心中が読めない。
今の彼を、彼女は不思議で仕方が無かった。
「……まぁでも、そうだな。君に希望が無い訳でも無い。もし、私の言いつけを守り、私より強くなったのならば、その時はまた私を殺す権利をやろう」
「――ッ!? どういう事だ!? それに、私は殺すなどと……!!」
「良いんだよ、それくらい思っておけば。とりあえず、何もかも壊そうとするなよ。それだけ守れてたら、後は煮るなり焼くなり好きにしろ」
「……解った、約束は守る」
「そうかよ」
途中から面倒臭くなったのか、コクトの口調がやや気怠げを帯びた言葉になっていた。
「そうだ。バリー、君が暴走する直前、何かを思ったはずだ。その思いだけは大事にしておけ。今後、君が強くなる重要な言葉になる。それじゃーな」
質問や反論は最早受ける気は無く、コクトはそのままどこかに向かって行ってしまった。
夜空の元で仰向けに寝ていたバリーは、指先が動き出したのを確認してゆっくりと身体を起こす。
(……あの時思ったこと、か)
――生きたい。
それだけだった。
惨めでも、それでも生にしがみつこうとする自分を、余り良い印象で受け入れられなかった。だが、それによって自分の力に気がつけたのも事実だ。
生きたいと思うこと。
死への恐怖。
だが、そのたった一つの言葉によって、彼女は本当の戦士へと進み始めた。
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