第一一節
試験は終わり、研究員達は再びいつもの日常を取り戻した。
だが、その苦労と疲労は確かなもので、研究にも少しずつ支障を来し始めていた。
何人かの研究員は研究意欲に駆られ暴走車のように研究に参加するが、その中でもチラホラと苦労の種は芽生え始めている。
それを察せないコクトでは無かった。
(少し大型の休暇を取らないとな……)
コクトは事務所の一室で、今後のスケジューリングをしながら模索していた。
試験期間が終わりいつも通りの日常に戻った事務所は、また彼一人の風景を描いていた。
問題は山積みであり、今後のスケジュールや試験の答案の採点、研究員達から寄せられた議題の幾つかも
機嫌のある仕事が山積みな状態の彼は、今まさしく猫の手も借りたい状態だった。
無論、彼がそれを口に出すような人間ではないのも事実だが……。
「失礼するよ~、コクトちゃ~ん」
軽く長で事務所に入ってきたのは、冬に差し掛かるにも関わらずアロハシャツに短パン、白衣を上に来ている研究員の一人、カイロだった。
彼は手に資料を持ちながら、いつも通り軽々しく入ってくる。
「ん、何か用か?」
「まあ用っちゃ用なんだけど……、せっかく前に休んだのに目の下のクマがもう……」
「気にするな。この時期はもっと濃くなるぞ」
「ごしゅーしょーさま。で、この件についてなんだけど」
彼は手に持っている資料を彼に渡す。
「これは……」
其処に書いてあったのは以前話されていた古代種のフレンズ化実験の資料だった。
「『古代種フレンズ化検証実験提案書』……、成る程」
「文字通り、つまりは恐竜のフレンズ化の実験についてだけどね。繁忙期も一時過ぎ去った事だし、そろそろしたいなーって」
「まあ、今後の計画の為にもフレンズ化の研究は幅広く進めたいのは事実だが……危険性が無い訳でもない。恐竜ともなれば厳戒態勢も必要になるだろう。もう少し先にでも良いと思うのだけどな」
「寧ろ後だと忙しくなると思わない?」
「……それもそうか。だが余り
「お、話がわかるね~」
カイロはそれが重要な計画にも関わらず、やはり軽口口調で返してくる。こういう時、彼のように物事に柔軟な考えを持てるのはある意味才能なのかも知れない。
「だが、正直お前がこの提案を出しに来るとはな。来るとすればセシルかレイコだと思ってたよ」
「あの二人は絶賛触れ合い中さ」
「ああ……」
その一言で察しが付いた。
彼等の動物愛は博士号を取るほどに深く大きいものなのだろう。
「……、そうだな。丁度良い」
コクトは彼と会話をしながら横目にスケジューリング中のパソコンの画面を覗いた。
「ん? どったの?」
「いや、近々設備の点検があってな。かなり大型で、
「ってなると、かなり少数での実験にならない? だってそれって研究員の殆どが休暇日になるんでしょ?」
「よくよく考えれば未知の研究は余り新人を巻き込めない。なるべく臨機応変に対応できる研究員で少数精鋭にした方が混乱せずに回るだろう」
「成る程ね」
カイロは「あ~」と言った口調で理解した。ジャパリパークの研究姿勢自体が少数一途の研究方針だった為に、その方法は良くも悪くも最適解だったのだ。
この会話を切掛に、ジャパリパークに誇る古代種フレンズ化実験は始動する事となった。
カイロは容認されると直ぐに一言コクトに言葉を贈り事務所から出る。外に出ると直ぐにセシルを通して実験についての算段を話し合い始めた。
「……、」
窓からいつもより高い声で電話越しに話す彼の姿を、コクトは見ていた。
この実験は、成功すれば世界を揺るがす大きな出来事となるに違いないだろう。
だが、コクトの胸の中には、その研究に関して謎の違和感を感じていた。
その正体のわからぬまま仕事に戻ろうと窓を離れるが、その不安だけが残った心中で、たった一つ、言葉が出た。
「これで、良かったのだろうか?」
不安は、時間によって薄れる事なく増す一方の中で、彼はそれを振り払うかのようにしてまた事務作業へと戻っていった。
大型メンテナンス。
ジャパリパーク各地に点在する施設の調査が行われるこのメンテナンスでは、あらゆる機械類が調査の為に停止され、事実上研究所は殆どの研究を止める事となった。
動いている機関は管制室と現地調査団の二組。
だが、その室長である二名の研究者、レイコとセシル。更にジャパリパークの離島に位置する隔離研究局室長カイロの三人が研究所のフレンズ化実験室にて集い、十数名の研究員と共に古代種のフレンズ化実験に勤しむ形となっていた。
残りの研究員は大型メンテナンスにより大休暇となり、その殆どの研究員が実家や本島に帰省する事となった。
事実、ジャパリパークに残っているのは初代五人と約三〇名の研究員のみ。
今までせわしなく騒がしかった研究所や、然程声の響かない事務所でさえも、いつも以上に静かに感じられる日となっていた。
事務所では、コクトとミタニの二人が止まらずの作業を行っていた。
スケジューリングの仕事が消えたとは言え、問題は新規研究員と事務職員、作業員など、多くの入社希望者達の試験結果や履歴書、入社希望理由などの書類に目を通して採点を行っていた。
「しかし、今年もまた多く増えたものだ」
ミタニは書類を睨み付けながらポツリッと言葉を零した。
コクトも書類作業を並行させながら、彼の言葉に溜め息交じりに吐き出した。
「まぁな。研究員達が帰省しながら同僚や知人に話している御蔭でもあるさ。印象というものは会社経営にとて大いに紐付く。それも一つの研究機関が大事業を上げたとなれば、一瞬の時とは言え注目度は増すだろう。今こそ増拡のチャンスさ」
「だが、国が派遣した研究機関がその地位を離れるとなれば、大層嫌な顔をされただろう」
「そうだな。嫌になるほど交渉が手こずったさ。だがまぁ、後ろ盾が無かった訳でもない」
「ほう……?」
「追々話すさ」
訳を話さず、適当なところで話の腰を折るコクト。
ミタニも深追いはせず、また作業に本腰を入れて挑みかかった。
「……、」
懸念は消えなかった。
今この島の別の場所で、カイロ、セシル、レイコは古代種のフレンズ化の研究を行っている。
事務所で待つ彼等も本島に帰省した彼等も吉報を待ち望んでは居たが、ただ一人、コクトだけはどうしようもなく違和感を感じてしょうがなかった。
作業の手を止め、空を覗く。
雲行きは怪しくなり、いつも晴れ晴れとしていた快晴の空が一気に灰色の曇り覆われていた。
とても分厚く、暗い、日の光さえ届かぬその厚い雲。
何かを助長しているのか?
何かを予言しているのか?
何かを啓示しているのか?
その正体は謎のまま、コクトはまた山束の資料にてを付け始めた。
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