行間
黒斗は、常に一つ、心に決めている事がある。
それは、忙しい中でも、月に一度以上は櫻に会う事だった。
「……、」
ただ、今日は、いつもとは違い、連絡が出来なかった。
その性か、彼女は彼が来る事を知らず、ベッドの上で休んでいた。
(気持ちよく寝ているな……)
黒斗は病室のベッドの横に座り、彼女の頬を撫でる。
口元に掛かった髪を追いやり、そっと頬を撫で、生きている事を確信したかったのだ。
黒斗と同様にその長い髪は、彼よりも色艶鮮やかで、幼くもそこに居る少女は誰よりも可愛げのあるようにも見えた。いや、彼の過大評価とも言えるが、それでも彼にとっては最愛の家族だったのだ。
「……んっ」
くぐもった声を櫻は吐き出す。
目元に一瞬皺が寄ると、その瞳をゆっくりと開け始めた。
「……起こしちゃったか?」
「いえ、来てらっしゃったんですね」
「ああ……」
ゆっくりと体を起こす櫻。
だが黒斗は、彼女を止めるように待ったと手を出した。
「寝起きに無理に動かない方が良い。そのままで良いよ」
「すみません」
「気にするな。いつもごめんな」
「兄さんこそ、謝らなくても良いんですよ?」
「ああ、そうだったな」
小さく微笑みを零す二人。
病院の一室に、静かなクスクスッと言った声が漏れた。
「今日は、話したい事が沢山有るんだ。いいかな?」
「ええ、私も、兄さんの話を聞きたいです」
「そうか……じゃあ、何から話そうかな」
研究員達の優しさ。
完成間近のジャパリパークの話。
とても暖かみのあるフレンズ達の話。
どれも話したい。
沢山話したい。
黒斗の中に詰まった、今までに無い優しさとぬくもりを、彼女に分け与えてあげたい。
彼の心の中には、高揚してしまうには十分な思いが沢山有った。
だが、黒斗はそれを押し殺し、冷静に戻る。
その思いを切り捨てるのでは無く、まるで物語の謎を追うように一つ、一つと紐解くように……。
「そうだな、まずは……」
優しい時間は、あっという間に過ぎてしまうのだろう。
だからこそ、彼は、少年のまま、兄のまま……、
思い巡る一つの心を、ゆっくりと紐解き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます