第一〇節
日は落ち、外は暗闇一色に疎らに散らされた星々が輝いていた。月明かりも強く、そこまで暗くは無い。
「悪い、待たせた」
「お待ちしておりました。目標はあちらです」
コクト達討伐班がリカオンと合流すると、彼女は化け物の位置を木陰から指をさして教える。そこには確かに先程までいた怪物がおり、どうやら特に何かをしているという様子では無く、ただ無意味に移動をしているという感じだった。
「ふむ、奴を倒せば良いのだな!」
「我が一撃、受けてみよ!!」
「ふぁぁ……眠いけど、頑張るよっとっ!!」
到着して早々、トラ、ブラックジャガー、ライオンは一気に目標に駆け出した。考えなど成しに突っ込む気なのだろう。
「ちょちょっっ!! お三方!?」
「あー……血気盛んなネコ科さん方だこと」
「わたしも行くよー!!!!」
「さ、サーバルさんまで!?」
「止めとけリカオン。言っても聞かない」
「えぇ~……」
三人に感化されてか、サーバルまでもが走り出す。
奇襲ではあったが、最早その影も形も無い。
「せっかくバレないように後を付けたのにぃ……」
「あー、まあ、人選ミスかもな」
「……っと、待たせて済まない」
グッタリしたリカオンをコクトが宥めていると、後ろからタイリクオオカミが追いついてきた。
コクトは彼女に別行動を取らせていたのだ。
「ああ、今始まったところだ。状況はどうだ?」
「カイロは精密検査機の取り付けを完了したそうだよ。今まさに継続してあの化け物を調べている。他の人たちも周りに注意しながらだけど、補助には回ってる」
「そうか。悪いな、警護に当たらせて」
「構わないさ」
タイリクオオカミと研究員四人は別働隊として隠れて化け物の生態調査機を設置していたのだ。どうやら手筈が終わったらしく、彼女は報告の為に戻ってきていた。
「とりあえず信煙弾は持たせてはいる。何かあれば打ち上げてくれるだろう」
「そうだね、でも、一番重要なのは次の行動じゃ無いのかい?」
「そうだな」
「あのぉ~、わたし話しについて行けないんですけど……」
「ああ済まない。リカオン、取り急ぎ次のオーダーを頼む」
「りょ、了解です!!」
一方化け物方だが、四人のフレンズが化け物と攻防戦を行っていた。
「うおらぁぁっっ!!」
ガキィッッ!!
ブラックジャガーの一撃が、化け物の牙を撃ち飛ばす。
その反動か腕と共に体が後ろへと流れるが、直ぐさまに体勢を直し出した。
「いやぁ……、面倒だねぇ。牙は堅いし、体は攻撃通らないし」
「ん、確かに、石に届くにも牙が邪魔だ」
「なんだ? もう弱音かトラよ」
「ふん、寝言は寝て言え。わたしに遅れるなよッ!」
ダンッ!!
ブラックジャガーとトラは地を蹴り一気に標的まで走り出した。
「いやぁ……暑苦しいねぇ~~」
「のんびりしてる場合じゃ無いよライオン!! 私たちも責めなきゃ!!」
「それはどうだろうねぇ~?」
「どういうこと!!」
まるでやる気の無いライオンの言葉に、サーバルは反感を返した。だが彼女は気にも止めずに、ボサボサと自分のタテガミを掻き乱しながらに力の抜けた声で吐き出した。
「多分、まだ待った方が良いと思うよ?」
「……えっ?」
「さて」
コクトは、リカオンとタイリクオオカミをつれ木々と茂みを利用して移動していた。
ネコ科の攻撃に化け物の気がそれている為に、簡単に化け物の後ろを取る事が出来たのだ。
「問題は、あっちが察してくれるかどうかね」
「まあ、アイツらもバカじゃ無い。それに、そういうのを察してくれる奴が一人いるしな」
「ほ、本当に大丈夫なんですか~?」
「後は乗り気で何とかするしかねぇよ」
リカオンの不安を、二人は感染される事無く機を待つ。
コクトは、未だ息を沈めながら片手にサバイバルナイフを逆手持ちし、状況を観察していた。
「合図をしたら、作戦開始だ」
ドゴォッッ!!
ガンガンガンッ!!
前線二人の攻防は、未だ熾烈を極めていた。
ブラックジャガーは、迫り来る牙二つを一撃で弾き返す。
弾き返せど弾き返せど向かってくる牙に一歩も怯まない。その来る物を真正面から迎え撃つ姿は、まさに不動の者とも言えるだろう。
対してトラも引く事はない。
だが、その動きの一つ一つは、型が決まっており、中国奥義の拳法でもあるかのように繰り出される数の拳に殺気が籠もっていた。後ろから牙が来ても、ヒラリと姿勢を屈めると思えば、その拳が顎元を炸裂する。
が。
「いやぁ、ダメだね」
「どうしたの、ライオン?」
「撃っても撃ってもきりが無いね。多分、このままだと持久戦になっちゃうよ」
「そんな! みんな疲れちゃったらどうするの?!」
「どうしようも無いね」
「無責任な!?」
ケラケラと危機感の無い笑いをするライオンだったが、スッと真剣な目つきで化け物の方向へと振り返る。
「でも、あの化け物の本体の上にある石に行こうとしても阻まれちゃうし、攻撃も早いよ? 下手したら一回噛まれて終わりだよ」
「うぅ!! うぅぅ~~~~!!」
「あーあーそんなに怖い顔しないでよ。大丈夫、多分あの人が何も考えてない訳無いし、今はまだ機を待ってるしか無いよ」
「いつ来るの!」
「知らない」
「わーわーわーわーわーーーーーーーー!!!!」
「駄々こねられても困るって~」
手の付けられない駄々っ子でも相手をしているような気分になるライオン。サーバルとしては早くに決着を付けたいのだろうが、何とか彼女としても逸る気持ちを抑えようと懸命だった。
それは、ライオンがコクトの作戦の根幹を少なくとも理解していたからだ。
ダッ!!
「……ッ!」
ライオンは、化け物の奥の方を突然睨み付ける。
よく見ると、それはどうやらタイリクオオカミだった。
彼女は、奥の茂みから化け物の後ろを気がつかれないようにして迫ってきていた。
「……ッオオカミ!! どうして?!」
「サーバル、構えて」
「え、う、うん!!」
彼女の動きを見たライオンは、サーバルに何時でも動けるようにと命じていた。
タイリクオオカミは化け物が此方に気がついていないのを見計らってギリギリの距離まで近づいていく。
無論、それに気がつかないトラやブラックジャガーではなかった。
(……ッ!? 奴が何故ここに!!)
「離れて二人とも!!」
ライオンの一声に、彼女たち二人はバッと後ろに飛び退く。
アォォォォォォォォォォォォォオンンッッッ!!!!
化け物の真後ろ、タイリクオオカミは今日一番の遠吠えを放った。
化け物は、目の前の距離が去ったのと同時に放たれた遠吠えに危機感を感じたのか、直ぐさま振り返る。
間近に迫っていたタイリクオオカミを視認すると、直ぐさま牙を向けた。
「今だ!!」
「行くよ、サーバル!!」
「うんっ!」
ダンッ!!
ライオンとサーバルは一気に走り出す。
だが、強牙は今にもタイリクオオカミに迫っていた。
「……ッ」
「いや、十分です!」
バッ!!
ガァンッッ!!!
タイリクオオカミの後ろから、叫んだと同時に近づいてきた牙を弾き返すリカオン。彼女はタイリクオオカミの後ろで隠れて配置していたのだろう。弾き返したのを見計らってイヌ科組は再度引き始めた。
(なるほど……)
ライオンは、密かに理解していた。
ここまでの動き、それでいて誰にも作戦を伝えず、逆に予測し上手く立ち回らせた、ある男を思い出していた。
(ここまでが手順通りだったって事なんだね~)
「いけ、サーバル!!」
ダンッ!!
走って向かっていたサーバルは、思い切り地面を踏み抜き飛び跳ねる。その跳躍力は、二回り以上も大きい化け物を優に超えるほどだった。
化け物も気がついていない。
最高の状況で、最高の一手を下すのだ。
「うぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁ!!」
バキィィィィィンッッ!!
何かが割れるような音がした。
だが、それは、石では無かった。
「!?」
サーバルが砕いたのは、化け物が瞬時に張った装甲だった。どうやら察されていたのか、音で気がつかれたのか、石まで届きかけてそこで爪が止まってしまう。
「そんな!!」
「まだよ!」
「――ッッ!?」
下を見ると、ライオンが叫んでいた。
彼女は、大きな二つの牙を抱えて、化け物の動きを封じていたのだ。
「もう一回!!」
「……うん!!」
ダンッ!!
彼女は、もう一度飛ぶ。
先程よりも高く、先程よりも強く。
標的を狙い、振り上げた爪で良く狙いを定めて。
「……、」
その光景を見ていたのは、コクトも同じだった。
彼女のもう一打撃の為に高く飛び上がったその姿を見ていた。
(そうだ、高く飛べ)
振り上げられた爪が、今まさに振り下げられる。
急降下と共に威力を増した爪が、動きを阻まれた化け物に向かって牙をむく。
(敵が強かろうとも、目の前の脅威が怖かろうと、それよりも高く、高く飛べ)
バギィィィィィィィィィッッッ!!!!
刺さる。
突き刺さる。
伸ばした腕に、爪の先に込めた力に、どんな思いが入ったのか。ただそれは、確かに、化け物の核を討ち滅ぼした。
パッカーン!!
陽気な音を立てて。
「いやぁ~、一苦労だったね~」
「まさか、囮が私たちだったとはな」
「ふんっ」
「へっへーん」
「そこまで自慢げになるなら、オレが鍛えてやろう。オレの一撃必殺を極める気は無いか?」
「ぱ、パスで……」
「ハァ……」
「オーダー、完了ですね」
ネコ科達の勝利の談笑を横目に、コクト、リカオン、そしてタイリクオオカミが集まっていた。
「いやはや、少しヒヤヒヤしたね」
「私も少し緊張しました」
「まあやってくれると思ってたよ」
「しかし、何故この作戦を教えなかったんだ? 偶然ライオンが察してくれていたようで良かったけど」
「作戦を言って聞くような奴らだと思うか? あの二人に至っては自分が戦果を上げるって意気込んだ二人だ。早々聞いてハイ了解なんて言わないもんなんだよ」
「だから自由に動かして、それを利用したという事か」
「まあな、ライオンに言わなかったのも、元々察してくれるとは思っていたからね。ライオンって言うのはネコ科唯一の群れを持つ種族。良い動きをしてくれたよ」
「一件落着ですか~。疲れたぁ~」
「お、だったら研究所で食べ物食べていくか? 丁度試作段階のジャパまんの予備発注が来てたからな」
「お、一つ貰っていこうかな」
「一つと言わずに何個か貰ってってくれ。今後主食となるだろうし、できたら広めて欲しい」
「オーダー了解でーす」
コクトは、改めてサーバルの方に向き直る。
「……、」
彼は、一年前を思い出していた。
サーバルと出会ったあの日。
それから今日まで、様々な事があった。
(サーバル。君とこの島で初めて出会ったフレンズだった。お前を初めて出会い、お前と初めて友となり、お前は、初めてあの化け物を倒した)
この島に来て、彼が初めて経験してきた多くの事柄に、彼女がいた事を覚えている。まるで、それが当たり前のように、意図されたように、始りを呼んできてくれるように。
その日常が、その毎日が、飽きる事の無い発見の日々に、いつも笑ってサーバルがいた。
(俺たちの始りを、見た事も無い新発見を呼び寄せてきてくれる君に、私はこの名前を送りたい)
原初。
そして、全ての基準点へと導き、手を引いて連れて行くような彼女へ、彼は送る。
心からの言葉を。
(君は、我々にとっての……)
――『始まりの獣』だな。
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