第七節
手術後、カラカルは職員の空き個室で絶対安静の状態を要されていた。
彼女の病状の主な原因として外傷が激しく、何時目を覚ますかも解らない状態だった。
病室ではベッドにカラカルが横たわり今も目を開けない。そんな彼女を見守るようにしてサーバルは彼女と同じ部屋でずっと看病を行っていた。
そして、コクトも同じ部屋で彼女の状態を確認していた。
「……、」
「ど、どうかな?」
「まあ、ゆっくりさせておけば良いかな。起きるまでは近くにいてやってくれ」
「う、うん……」
彼の手術は完璧だった。
と言うのも、理由があった。
難なく手術をしたとは言え、驚く事にその臓器に至るまでが人間に近い状態だったのだ。
それはつまり、人と動物の手術経験のあるコクトにとっては……そして、研究者達をも驚かせる事実で有ったという事になる。
(動物の生態を引き継いでいて、臓器の仕組みや構造は人と変わらない……。不可解ではあるが、特有のものが消えているという訳でもない……)
課題の増加が留まる事を知らない。
未だ未知の領域に踏み込んだその足は、先へ続く道さえも見えないままだ。
ただ、今重要なのは其処ではなかった。
「なぁ、サーバル」
彼は、その事態の解明の為に、一言、吐き捨てた。
「一体、何があった……?」
その言葉に応えるように、彼女は事態の詳細を事細かに口にした。
そしてそれは、紛れもない究極の課題となって彼等に噛み付いてきた。
「たっだいまー!」
勢いよく事務所の扉が開け放たれる。
日が落ち、レイコが作業場から戻ってきていたのだ。
が。
彼女の意気揚々とした言葉とは反して、彼等が居た部屋の空気は重く肌にのし掛かってきていた。
「あー……っれぇ? どうしたの?」
コクトは悩みながらに、顔を上げる。
「ああ、帰ったか」
「え、あ、ええ。え?」
部屋の中は想像以上に暗かった。
あのカイロでさえも表情に曇りが見える。
「そうだな。先に言うと、カラカルが重傷で運ばれてきた」
「――ッ!?」
レイコの表情が一気に険しくなる。
彼女にとっては最も起きて欲しくない事実だったのだろう。表情は歪み、青白くなっていく顔は受け止めきれない事実に対して深く突き刺さってきた心の表れだった。
「ぶ、無事なの?」
「安心しろ。手術によって一命は取り留めた」
「は、はぁ~……良かった」
大きく安堵の域を吐き捨てるレイコ。
だが、其処に釘を刺すようにカイロは横から口を挟んできた。
「良かったじゃねぇって……あー、クソ」
「え、まだ何かあったの?」
「問題は、その原因なんだっつーの」
「だ、どういうことよ!」
「……それを今から説明する」
数時間前。
『襲われた!? ……誰にだ。フレンズか?』
『わ、わかんない。でもね、なんか、フレンズじゃないような見た目をしてたの』
サーバルは少しずつ思い出しながら話し出していた。
『丸くて、大きくて、眼があるの。それに体から何か伸びててね……口、みたいのだった。最初はフレンズかなって思って近づいてみたら、襲ってきて。逃げる時にカラカルが囮になってくれて……そしら、カラカルが崖から落ちて……それで、それで……ッ!!』
『もう良い、もう大丈夫だ』
きっと、その瞬間を今になって明確に思い出してしまったのだろう。揺れる彼女の瞳と、今にも消えてしまいそうな擦れた声を察したコクトは。ギュッッと彼女を抱きしめ安堵させる。
その優しさのせいか、ポロポロと流れ落ちた涙は異様に冷たかった。
「つまり、その何かに襲われたって事なのね?」
「ああ、話を聞いて推測する限りだと、それは大きな球体の生物で一つ目の生物らしい。球体から伸びるような触覚が存在していると言う事も解る……解るのだが……」
信じ切れない訳ではない。
彼女の涙に嘘はない。
だからこそ、それが何よりも恐怖なのだ。
今この島で何が起きているのか。
今この島に何が潜んでいるのか。
それは、まるで盲目の内に潜む何かに怯えて生きるような感覚と一緒だった。
だが少年は、「諦めるものか」と、挑みかかるように宣言した。
「これより、全ての手順を放棄しその未怪の生物の調査を最優先事項とする! 現在我々が直面しているもは文字通りパークの危機である! 一刻も早く我々でその正体を掴み対策と共に処分する!」
彼の言葉には、鬼気とした緊迫感と、固まった決意があった。その言葉を身に受けた研究者達は、最早疑いも疑念も抱かない。
彼等が紡いできたその結論を踏みにじった悪魔を、今ココに彼等が打倒すると誓う咆哮を、その言葉に乗せて背減した。
「了解!」
「おう!」
「わかった」
「roger!!」
時間など無い。
これからどれだけ被害が拡大していくかなど解らないその事態に、打開策を見いだす為に……。
謂わばこれは、食うか食われるかの大一番であった。
文字通り、捕食されるか……捕食するのかという。
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