第七節

 草原地方は広く大きい。

 大草原と言うべきその場所は、チマチマと点在している木々以外に先が見えないほど緑が広がっていた。

「しっかし広いわねぇ……」

「ホントだねー」

 彼女たちの言う通り広い。この島が日本より小さくなっているからといって一人で探索しきるには無茶がある。そんな中、彼の脳内にはある一つの思惑が浮かんでいた。

「ねぇねぇコクト! 走っても良い?」

「突然どうしたんだ?」

「狩りごっこがしたいなーって!」

 とてつもない満面な笑みでとんでもないことを口にし出したサーバル。横にいるカラカルに至っては「面白そうね」と言いながら暗い笑みを浮かべていた。

「狩りごっこって……何を追いかけるんだ?」

「コクト!」

「うん。待ちなさい」

「待たない!」

「チクショウッッ!!」

 ダンッ! と最初に地面を振り抜いたのはコクト自身だった。彼女の台詞の後、一瞬目が輝いて見えたのに対して危険を察知したのだ。無論、悪意の無さそうな顔で追いかけてくるサーバル。ちなみにカラカルに至ってはどう見ても悪意しか感じられない笑顔だった。

「だーっははははははははーーーーーッッ!!」

「待てー♪」

「待て待てー♪」

 ハント側が笑顔で追いかけてくる。

 どちらにせよ狂気しか感じない後方二名に対して、コクトは叫びながら走った。

「私が何したって言うのさー!!」

「たーのしー!!」

「おいしそーう♪」

「おいカラカル! 完全に何か企んでないか!? 絶対何か考えてるだろ!!」

「なーんにも考えてないよ~」

「うそこけ!」

 草原を走り抜ける三人。

 やはり獣の名を冠する少女達であったからか、足は速い。オマケにあの笑顔。


 一言で言えば、背中から追ってきているのは死神としか思えなかった。



 数分の激走で、三人は木の陰に集まっていた。

 少女達は息を切らしながら木陰で休んでおり、息を荒げながら伏せるようにして休むその行為は、やはり獣固有の物であると察しづけた。

(突然進路を変えることに慣れていないことや、この休み方。やっぱり動物であることには変わりないって事か……こうやって見てると、やはり研究の議題がわんさか上がる)

 木に背を預け、彼女たちの動きを観察しながら、コクトは大きく息を吐き捨てた。

(俺一人で見定められるか? 否、それはまず無理だ。どうしても此所には人員と設備が必要になってくる。さて、どうしたものか……)

「にしても、コクト凄いね~。息上がってないんだもん」

「ん? そんなに可笑しいか?」

「そうだよ! なんか、全然疲れてない感じだし……」

「というか、結局曲がりながら走ったせいでサーバルだけが疲れてる状態なんだけどね」

「カラカルはどうして途中で辞めちゃったのー!」

「いや、なんか、アンタしか本気じゃなかったし……」

「どういうことーーーーッ!!!!」

 サーバルの言葉に、何かがこみ上げてきたのかコクトとカラカルはクスクスッと笑い始める。何故二人が笑い始めたのか解らないサーバルは、一人オロオロと二人の方を見返していた。

「もー! ……あれ? あそこに誰か居るよ」

 ふとサーバルは、視界の端に入った何らかの影の方を指さす。

 草原の草でその姿は隠れてはいるが、何かが確かにそこに居た。

「お、本当だ……寝てるのか?」

「そうなのかな? 行ってみよ!!」

「あ、サーバルってば! まったく……そういえば、コクトも良くここから寝てるなんて解ったわね」

「こんな所居たらこっちも眠たくなる」

「あー……」


 草原で良い日照りに涼しげな風。なんとも心地よい昼寝日和だろうかと思えて疑えないこの瞬間で、誰かが寝ていても不自然ではない。寧ろこんなところで一睡したい。

「というか、寝てるなら起こさない方が良いんじゃないの~?」

「あー……そっか!」

「目前まで行って諦めるのか」

「あの子、何処か抜けてるわね……」

「何か言った~?」

「「何にも~」」

 サーバルの天然混じりの行動に、ようやく理解が追いついてきた二人だった。そしてサーバルの目の前では案の定一人の少女が、それもやはり獣の少女がそこでスヤスヤと気持ちよく寝ていた。

「……、」

「起こすのも悪いかな?」

「……、」

「ねぇ、どうしたの? 二人とも黙って」

「……ねぇ、カラカルさん」

「……はい、ナンデスカ?」

「……君たちって、元の動物の特徴を今の姿に残してたりします?」

「……そうね、そういうのはよくわかんないけど、サーバルの耳みたいには残しておくと思うわよ」

 そこの言葉は、推測とは言え確信を持つには十分の考察だった。

 目の前にある現実が本当であれば、今我々は死神の前にでも居るのではないかという圧倒的な絶望が脳内を過ぎった。

「……そっか、なら……こんな立派なタテガミを持っているこの子は何だと思う?」

「……そりゃぁ、ライオン?」

 ギュルンッ!

 カラカルとコクトは、同時に後ろに向き直った。

 今にも走り去ろうとする構えだったが、不意に眠っていた少女のくぐもった声に、一時停止のように硬直する。

「あ、おはよー!」

「……、」

(あ、死んだ)

 サーバルは何も知らないのか、寧ろ臆することをしないのか、何も考えていないのか、目を半開きにさせた少女に意気揚々と声を掛けた。

「ねぇねぇ、君は誰!?」

「……眠い」

「ネムイちゃん?! 凄い名前だね!!」

「ん……んんっ……」

 元気ハツラツなサーバルの声に、眠たげな少女はグルリッと体を丸めた。ちなみに、カラカルとコクトに至っては顔面蒼白のまま一時停止中だった。振り返れば死ぬ、否、絶対死ぬと思ってならなかった。

 が。

「「……、」」

「あれ? 寝ちゃった」

 バタンッ!!

 張った糸が切れたように、二人は草原の上に倒れた。

 緊張が切れたのか、何かと荒い息を立てながらゆっくりと立ち上がると。


「命幾つあっても足んないわ」

「俺も同意だ」


 互いの言葉は、サーバルを見て言っていた。

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