第593話「いつか見た祈り」

午前十一時のどこか。

死んだはずの妹が現れた。

妹の姿は記憶(一般人が想定する過去の経験や影響を覚えておき、後から思い出す行動や保持による影響を指す言葉。情報の保持)よりもずっとあやふやで、故に此処は現実ではないのだろうとカモシカは考えた。妹は言った。新幹線とのぶつかり合いは仕方ないけれど、本当ならお兄ちゃんに危ないことはしてほしくない。大切なカモシカだから。私は死んでしまったけれど、だからこそ、大切で大好きなお兄ちゃんには生きていてほしいからと。ああ、それは幻覚だ。すぐ気付いた。だって死んだはずの妹がそんなことを言う機会がない。けれど。その言葉は、空想と断ずるにはあまりにも妹らしかった、から。

そこでいきなり突きつけられた願いを、とにかく生きてほしいという祈りを、カモシカは裏切ることなどできなかった。

もはやカモシカに世界を塗り替える力が残されていなくとも。

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