第2話 旧友

 しのりんと同じ学校の制服をきた女子高生を前にして、僕はちょっと沈黙していた。

 高杉あやは、そんな僕にはお構いなしに話を続けている。


「なんか意外〜。ゆのってなんか、すっごい男ギライじゃなかったっけ、中学のとき。まあ、女子にはめちゃくちゃもててたけどさ。バレンタインのチョコなんか、そこらの男子の何倍ももらってたし〜」

「えーっと。別にそういうんじゃないんだけど。つまり、とは別に付き合ってるんじゃないってことね」

 僕は顔色も変えずにそう言ったけど、彼女には何も通じていないようだった。

「え〜っ? そんなことってある? 学校も別々なんだし、ほかにどんな理由があんのよ」

 そうして楽しげに、身体を左右に揺らすようにしてこちらを見上げた。

 なんだかそれが、いかにも男に媚びるときの女の目のように見えて、僕は本能的な嫌悪を覚えた。


「どんなって、だから友達だよ、友達。たまたま共通の知り合いがいてさ。気が合っちゃったんだからしょうがないでしょ」

 そう言った途端、あやの目がすうっと細くなった。

「へえ〜え。あやし〜い」

 彼女がなにひとつ僕の言うことを信じていないのは明白だった。

「だって、変じゃない? あいつ、こう言っちゃなんだけど、けっこう学校で浮いてんのよ? ほら、なんかなよなよ〜ってしてて、あんまり男っぽくないっていうか。まあ、はっきりいえば女っぽいでしょ? なに、ゆのはああいうのが好みだったの? がっつり男臭い系は苦手だっていうのは知ってたけどさあ」


 こちらがひと言いうのに対して、百も千もの言葉が返ってくる。

 そして、聞いているような振りをして、その実まったくこちらの言うことなど聞いてもいない。

 こういう人種が、男だろうが女だろうが僕はひどく苦手なのだ。


 とはいえこの子は中学のころからこんな感じではあった。

 僕にはあんまり理解できないことだけど、クラスの女子たちのあいだでは、いつも自然と寄り集まっていつの間にかグループができあがる。僕は別にどのグループに属すつもりもなかったけど、どのグループともそれなりに仲良くはやっていて、浮いてるとかいうこともなく無難に学校生活を送っていた。

 対するこの子は、あっちのグループ、こっちのグループにと入りはしても、やがては女の子たちからはじかれて浮いてしまい、最後は僕とぐらいしか普通に話す相手がいなくなっていたものだった。

 僕にとってははなはだ迷惑なことでしかなかったけれど、彼女はそれで僕のことを勝手に自分の仲間だと認識してしまったらしかった。


 だからと言って、話があっていたかというとまったくそんなことはなかった。

 高杉あやは要するに、女の子の好きなファッションだとかアイドルだとか、ゆうべ放送された恋愛ドラマだとか芸能人のゴシップだとか、そういうことで盛り上がりたいタイプだった。

 そして、僕が文章を書いたり絵を描いたりする人間だということがわかると、なんだかあからさまに可哀想な人を見るような目で僕を見るようになったのだ。


 彼女自身は、文章も絵もかけるわけではない。

 ああ、こう言うと語弊があるのかな。

 文字は書けるんだし、学校でさんざん作文なんかもさせられてきたわけなんだから、厳密にいえば文章が書けないなんてことはないだろう。絵だってそれなりに練習しさえすれば、人真似ひとまねだってなんだって、ある程度のレベルまでは描けるようになるものだ。

 だから僕と彼女に何かの差があるのだとすれば、ただ一定のレベルになるために、そういう積み重ねをしてきたかそうでないかの違いだけ。

 それをやらずに「絵が描ける才能があっていいね」「小説が書けるなんてすごい」などと言われても、僕は首をひねってしまうだけなのだ。

 そう言う僕だって、そんなにうまいというほどのレベルでもないんだけど。

 創作と名のつく世界には、いくらだって上がいるから。


 最初のうちは、「すごいね」「うまいね」とにこにこしていただけに見えた高杉あやは、そのうちにすぐ、彼女の本性を見せ始めた。

 別に僕も、好きこのんで彼女のようなタイプの人に自分のかいたものを見せるつもりはなかったんだけど。でも彼女はいつも目ざとく僕のノートの隙間やらなにかからそうしたものを見つけ出しては、見下したように「ふうん」という顔をしたのだ。

 そしてやがて、こんなことを言うようになった。


「ゆのったら、まだこういうのかいてるんだ」 


 それはさも、「大人になったらこういうことは卒業するものだよね」だとか、「ゆのぽんってまだ子どもなんだ。可哀想に」というような、明らかに蔑むような態度だった。

 それがあまりにもあからさますぎて、僕は苦笑するしかなかった。


 だから別に、君に見て欲しくて書いているんじゃないんだってば。

 どうでもいいと思っているなら、ただ放っておいてくれればいいのに。

 その蔑みは結局のところ、君の醜い嫉妬心の裏返しでしかないんじゃないの。


 喉までそういう台詞が出かかったけれど、僕もやっぱり「大人」ではありたかったので、ただ笑って黙っていた。

 そうこうするうち、中学生活は終わりを告げて、卒業とともに彼女との連絡は途絶えた。

 というか、卒業式までに彼女とお互いの連絡先だのなんだのをわざわざ交換するつもりもなかったので、敢えて休み時間なんかはうまく図書館に逃げるなどして、僕のほうで彼女と話す頻度を下げたのだ。

 だから僕は、彼女の進学先さえ知らなかった。

 そう、たったいま、この時までは。


 僕は嫌な予感にさいなまれながら、彼女に向かって片手を上げた。


「ごめんね、あやっち。僕、ちょっと急いでるから」

「あ、そう。じゃあまたね、ゆの。バイバーイ」


 彼女のその笑顔が、明るいけれども確かに毒を含んだものに見えて、心ひそかにぞっとした。

 そして、一刻も早くしのりんに連絡をしなくてはと思いながら、僕はホームへのエスカレーターをなかば駆け足にあがっていった。

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