第27話 世話のかかる王女様

 「これはこれは、よくいらっしゃいました。パトラ様。ささ、お疲れでしょう。ワインでもどうです?」


 ビネガーはパトラを座らせ、近くにいた兵の一人にワインを持ってくるように命令する。二つのグラスに赤ワインがつがれていく。ビネガーは片方のワイングラスを手に取ると、パトラがもう片方を手に取るのを待ち、グラスを重ね合わせて乾杯の音頭をとる。


 「それで、今日はどういったご用件でしょう?」


 「私がお前の妾になる件、受けてやってもいい」


 パトラは意を決して、ビネガーに宣言した。しかし、ビネガーは顎に手をやり、逡巡する。


 「さて、まだ口の利き方というものが分かっておられないようですな。受けてやってもいい、などと言われても、私の方には別に受ける義務もないのですがね・・」


 パトラの中に屈辱と怒りが燃え滾る。しかし、街で見たような悲劇を繰り返さぬため、自分の身を犠牲にすると決断したのだ。自分の中に沸き上がるプライドを必死で押さえる。


 「私を・・ビネガー様の妾にしてください・・お願いします・・」


 ビネガーは、片手でパトラの顔を持ち上げる。もう片方の手でパトラの胸を鷲掴みにした。パトラの中に羞恥と屈辱が再び湧き出してくる。


 「くくく・・妾などパトラ様にはもったいないお言葉。妻でいいですよ。早速式の準備をいたしましょう。式が済んだら、たっぷりと可愛がってあげます。二度と私に逆らう気が起きぬほどにね。くくくく」


 ビネガーはパトラを後にして去って言った。パトラは兵に案内され、元の自分の寝室に帰っていく。部屋に入り一人になると、ベッドに頭を押し付け泣き出した。自分の体がビネガーの欲望の餌食になるかと思うと、気が狂いそうになる。


 「やだ・・やだよう・・私、あんな男の・・誰か・・助けて・・」


 パトラはただひたすら泣き続ける。しかし、これが自分が決意して出した答えだ。裕也たちは今頃、故郷に帰ったのだろうか。それとも、シルヴィアの救出の旅に出ているのだろうか。もう一度だけでいい。彼らに会いたい。会ってくだらない話がしたい。パトラはその晩、一睡も出来なかった。



*************************************



 「で、どうすんだよ、裕也?」


 白猫亭の一室。エリスが答えの分かり切った問いかけをしてくる。いちいち聞かなくていいっての。


 「言うまでもないだろ。パトラは助ける。ったく、世話のかかる王女様だぜ。さてと、どうやって助け出すかな。エリス、リーア、何かいい案あるか?」


 「やっぱりそうなるよね。マスター。ボクも聞くまでもなく分かってたけどさ」


 リーアの呟きに皆が一斉に笑い出す。ビネガーとパトラの結婚式の報せは、シスイ王国の街中に、瞬く間に伝わった。当然、裕也たちの耳にも嫌でも入ってくる。パトラが微塵も幸せになれないなら、選択肢は一択しかない。式をどうやって、ぶち壊すか考えるだけだ。


 裕也たちが作戦会議を練っていると、部屋に二人の来客が来た。なかなかに屈強そうな男たちだ。やばい類の人じゃないよな。裕也は内心焦る。


 「おっ、あんたが裕也さんかい?それにリーアにエリス」


 「なんで裕也だけさん付けで、私らは呼び捨てなんだよ」


 エリスが早速、喧嘩を売る。いや、ここでそんな揉め事起こしてる場合じゃないから。裕也が冷や冷やしてると、男二人は豪快な笑い声をあげた。


 「はっはっは、なんだ聞いてた通りの男勝りの嬢ちゃんだな。そんなんじゃ、彼氏一度も作ったことないだろ?」


 「なんだと、てめぇ。いい度胸だ。今すぐ殺してやる」


 エリスが襲い掛かる。裕也が必死で止めに入る。エリスの柔らかい感触が服越しに感じられ、裕也は思わず、エリスを女性として意識してしまう。


 「ば、ばか、裕也、何触ってんだ。変態。やめろって」


 「そっちこそ、誤解されるようなセリフ吐いてんじゃねぇ。俺はただ、喧嘩を止めてるだけだろうが」


 なんとか、ようやくの思いでエリスを落ち着けさせ、改めて自己紹介しあう。二人の男はヘミングにトール。パトラに昔から仕えてる近衛兵で、別行動でこれまでビネガーの動向を探っていたらしい。城に戻ったパトラから事情を聞き、裕也たちはおそらくこの宿に泊まってるとあたりをつけて、訪ねてきたようだ。


 「で、どうすんだ、これから」


 ヘミングの問いかけに、裕也が答える。ちなみに、部屋に入ってきた二人の分も合わせて、追加でエール酒を頼んである。


 「まあ、最低限の救援要請は一番金のかかる最速の電報で送ってあるんだけどな、なにせ急な話だから間に合うかどうか。式の場所はもう決まってるんだよな?」


 「ああ、セントシャペル大聖堂だ。式には特別に身分の上下関係なく、シスイ王国の街の人々が参加できるって話だから、侵入するのは容易だと思う」


 今度はトールが裕也の問いかけに答えた。ヘミングもトールも豪快な飲みっぷりで、部屋に入って早々大ジョッキをひとつ空にして、つぎのジョッキに手を出している。


 「そりゃ、好都合。だけどやっぱり、ガード固いんだろ?」


 「ああ、黒頭巾マントの集団がずらりだ。ざっと五十名は来るらしい」


 くっそ・・裕也は思わずうなる。こちらで直接、戦闘能力の面で頼りに出来るのはエリス、ヘミング、トールの三名だけだ。裕也とリーアは下手に加勢すれば、味方の足をひっぱる可能性の方が高い。三対五十はさすがにきつすぎる。


 「手ごまが足りないな。他にもお前らと同じようにパトラに従う兵たちはいないのかよ?」


 「そりゃ、もちろん大勢いるだろうが、少なくとも表面的にはビネガーの下についている。すぐにこっちに引き入れるのは難しいかもな」


 裕也が悩んでいると、さらに三名の来客が部屋に入ってきた。その顔を見て、思わず裕也の顔に笑みが広がっていく。リーアとエリスも同様だ。


 「遅かったじゃねぇか、ハルト、メイガン、ルキナ。待ちくたびれたぜ」


 「何が待ちくたびれただ。こっちはクルガン王に無理行って、翼竜にのって駆けつけてやったんだ。泣いて感謝しやがれ」


 「おっ、見ない顔もいるじゃねぇか。ま、それよりエール酒が先だ。俺たちの分も注文早くしろ、裕也」


 「もう、メイガン、せっつかないの。裕也君だって、いきなりなんだから、困ってるじゃない。リーアちゃんも久しぶり。あら、何かいいことあった?なんか前よりも裕也君と親密度が上がってる気がするんだけど、気のせいかしら」


 ヘミングとトールが誰だこいつらと顔を見合わせる。裕也はアストレアが誇る最凶の化け物三人組と紹介すると、当事者三名から一斉に非難を浴びた。間違った紹介ではないと思うんだが・・


 「しかし、それでも全員合わせて八名。うち一名は精霊。あいては黒頭巾マントだけじゃなく、一般の兵たちもいるから、きついことには変わりないか」


 ヘミングの意見に、トールも頷くが、裕也はもうその心配はないと断言する。


 「こいつらが来てくれた時点で、戦力的には十分カバーできてるさ。ただ、問題はまだ残っている。ビネガーの背後にいるゼウシスだ」


 裕也の発言に、ハルトが相槌を打って、言葉を合わせてくる。


 「ゼウシスって、電報にあった、ルーシィの父ちゃんか」


 「ただの父ちゃんなら苦労はないんだけどな。夢に侵入する悪魔で、百年以上も前から人々に恐れられてるっていう素敵な伝説の持ち主だ」


 裕也もそこでエール酒を飲み干した。その伝説の持ち主のために、特別なスペシャルゲストに向けて、もう一つ電報を送っている。あて先はサキュバス温泉。サリーやニーナの力を借りて、夢の悪魔との対決の算段を練っていた。しかし、可能性は甘く見積もっても、五分五分と言ったところだろう。


 「一番いいのは、ゼウシスが自我を取り戻して、ルーシィと再開できること。が、これはかなり難易度が高い。次にいいのは、ゼウシスがビネガーのことなんて、放っておいてくれることなんだが・・」


 裕也の意見に、みなも渋い顔をする。ゼウシスが出現しないで事が済むなら、その方がいい。


 「やってみるしかない、か。ゼウシスはサキュバス頼みで仕方ないとして、他の部分を皆で打ち合わせよう」


 ハルトが締めくくり、裕也たちは、結婚式破りの作戦会議をはじめた。



*************************************



 式は厳かに進行していた。しかし、異様な光景だ。黒頭巾マントに鉄の爪を身に着けた者たちが、ずらりと二列に整列し、その列の間を、ビネガーとパトラがゆっくり歩いていく。シスイ王国に住む誰もが、式の行方に関心を持っていた。


 「汝、ビネガーよ。パトラを妻とし、病める時も健やかなる時も、富めるときも貧しき時も・・」


 司祭の婚礼の義が続く。照らし出された蝋燭の明かりが、ビネガーとパトラの顔を映し出す。ビネガーは笑みを浮かべているが、パトラの表情に喜びの影はない。


 「それでは、誰かこの結婚に意義あるものは、今この場で申し出よ」


 詔がここまで来た時点で、唐突に大聖堂の明かりが消えた。あたり一面が暗闇となる中で、司祭をはじめとした参加者たちが、何事かとうろたえ始める。大聖堂の上から、唐突に誰かの声が聞こえてきた。


 「この結婚には反対だ。絶対に反対だ。なーにが、病める時も健やかなる時もだ。こんな結婚、認めたら、パトラは年中、病める時しかなくなるだろうが」


 「そうそ。マスターの言う通り。ボク、思うんだよね。ここまで確実に愛のない結婚もちょっと珍しいんじゃないかなって」


 「ったく、おい、パトラ。あんまし世話かけてんじゃねーよ。いくら慈愛に満ちたエリスさんでも、引っ叩くぞ」


 三つの影がパトラとビネガーの間に降り立つ。一つの影がパトラの腹部に素早くロープを巻き付けると、そのままパトラを連れて、大聖堂の上へと上がっていき、屋根裏部屋へとその姿を消した。一つの影は、自ら羽ばたき、最初の影を追いかける。


 残った最後の影は腰から鞭を取り出し、ビネガーの体を打ち付けると、そのまま混乱に紛れて、式場内のどこかへと隠れていった。黒頭巾マントの一人によって、灯りが再びともされる。そこに、花嫁の姿はなく、ビネガーは地面に倒れていた。



*************************************



 「ふぅー。まずは作成第一段階、成功だな。しかし、こうしてみると、五十人ってのはやっぱり多いよなぁ。これから大丈夫かな」


 「大丈夫でしょ、マスター。だってハルトたちだよ?あんなの、いくらいたって、どうってことないよ」


 裕也とリーアはパトラを連れて、屋根裏部屋からさらに、別の部屋に隠れこんだ。下ではエリスが、人混みに紛れながら、たくみにビネガーをけん制しているはずだ。


 パトラは突然の事態に驚いて、裕也とリーアを見る。


 「どうして・・私、あんな酷いことしたのに・・」


 「酷いこと?俺たちなんかされたっけ?リーア、覚えてるか?」


 「ぜーんぜん。ボク、思うんだけど、きっとパトラの勘違いじゃないかな」


 パトラは顔の正面で両手の掌を合わせると、裕也に抱き着いた。いきなりのパトラからの抱擁に、裕也は心臓をばくつかせる。


 「ちょ、ちょっと、パトラ。どうした?いきなり、真っ暗になったり、天井に駆け上がったりして、驚かせすぎちゃったか?」


 「怖かった・・本当に怖かった・・あの男にいいようにされるのかと思うと、全然眠れなかった・・裕也さん、リーアさん・・私・・私・・わぁぁぁああぁぁあぁああぁぁぁ」


 パトラはそれまで自分の心のうちにためていた思いが一気に爆発した。子供のように泣きじゃくるパトラ。裕也はあえて普段通りの口調で、しかしその言葉に心からの思いやりを込めて、パトラに一言、もう大丈夫だからと告げた。


 リーアはパトラの背中をさすり続ける。裕也とリーアは、パトラが泣き止むまでの間、ずっとパトラを優しく見守り続けた。



*************************************



 「ごめんなさい、裕也さん、リーアさん。すっかり取り乱してしまって」


 「いやぁ、全然気にしないで。っていうかパトラに泣きつかれるなんて、最高の役得だし。もういつでも大歓迎」


 調子に乗る裕也の頬をリーアがつねる。痛いと悲鳴を上げる裕也を見て、パトラが笑う。裕也もパトラに笑顔をかける。


 「そうそ。パトラは笑顔の方が絶対いいって。・・なぁ、パトラ、その、なんていうかさ、あんまし思いつめんなよな」


 パトラは裕也を見上げる。裕也は照れくさそうに頭をかきながら、話を続ける。


 「パトラはさ、責任感が強すぎるっていうか、まぁ国をまとめる立場なら仕方ないのかもしれないけどさ。この国に戻ってきて、傷ついた母親を治療した後、俺らにいきなり豹変した態度をとったのだって、どうせ自分が不甲斐ないから、こんな悲劇を生みだしたんだとか、考えてたんだろ。でもって、俺たちを巻き添えにしたくなかった」


 「だって、そのとおりじゃない。私がビネガーなんかに付け入る隙を与えなければ・・」


 パトラはそれが当然であると答える。裕也はどうしたものかと少し悩む。


 「うーんと、あんまし上手く言えないんだけどさ、なんでもパトラが負いこむ必要ないんだって。俺なんか根がいい加減だから、しょっちゅう仕事では怒られるし、ミスもするし、でも、案外なんとかやっていってる。多分日本のサラリーマンとか大概そう」


 「・・日本のサラリーマン?」


 「あ、いや、忘れて。こっちの話。んで何が言いたいかっていうとだ。出来ないものは出来ない。分からないものは分からない。開き直っていいんだよ。出来ないことは出来る奴に任せればいい。分からなければ、聞けばいい。甘えるなっていうやつもいるだろうけど、俺は人は甘えていいと思ってる。パトラはもっと周囲に、甘えて、頼って、そんで肩の力抜いていいんだって」


 パトラは裕也の言葉に首をかしげる。裕也は頬をかきながら、どう言ったらいいのかと考える。


 「パトラさ。多分、俺達にはもう二度と会えないとか、勝手に思ってなかった?」


 「だって、私あんなことしたのよ?それに裕也さんたちとは、元々なんの契約もしてないんだし、私のこと助ける義理なんて、ないじゃない」


 「ああ、やっぱ、そこだ。パトラが、国の政治に携わってるからなのかな。助けを求めるには、七面倒くさい契約書書いたり、双方の損得関係やら利害やら、考慮しなきゃって考えに毒されちゃってるんだ」


 パトラは裕也をずっと見続ける。リーアは裕也の肩の上にのりなおす。すると、下でビネガーたちをけん制していたエリスが、裕也たちのもとにやってきた。裕也はお疲れーとエリスに手を振る。


 「他の奴らはどうかしんないけどさ。俺やリーアやエリスについては、そんな手続きいらないんだって。義理とかもいらない。パトラは一言、助けてって言えばいい。俺もリーアもエリスも、それだけで、パトラのもとに駆け付けるし、喜んで力になるよ。まぁ俺に戦闘能力とかで助け求められると、ちょっと困るんだけど。だよな、リーア、エリス」


 「マスターの言う通りさ。任せてよ、パトラ」


 「なんか話の途中からで、よくわかんねぇけど、裕也が珍しく、いい話してんのは分かった。けど、パトラ、もう横紙破りは無しだぜ。それに、もうちっと自分を大事にしろよな。あんなのと結婚したら不幸一直線じゃねぇか。私は自分も、自分の大切な友人も、不幸になることなんか望まねぇんだよ」


 パトラは裕也たちを改めてみる。彼らは自分を王女ではなく、一人の友人として、何の見返りも求めることなく、助けてくれる。それも、嫌われて当然のことをしたばかりだと言うのに。


 彼らと出会えて本当によかった。裕也が剣でも魔法でもない、だけど物事を何故かいい方向にもっていく、不思議な力を持っているという意味が少しわかった気がする。


 きっとリーアやエリスもそんな彼だから、力を貸すのだろう。そしてその不思議な力は、彼の周囲にいるリーアやエリスにも伝染していく。と、そこに複数の足音が聞こえてきた。


 「あちゃー、人がせっかく、いい感じに話してんのに、空気の読めないやつ」


 裕也が額に手を当てて見上げた先には、ビネガーが近づいてきていた。周囲には黒頭巾マントに鉄の爪を身に着けた、得体のしれない輩が多数、蠢いている。


 「貴様らか。人の大切な式を踏みにじる、不敬な輩は。誰でも式を見学できるという気遣いが裏目に出たようだな。お前らは全員、すぐに死刑執行してやる。パトラ様、あなたはその後で、二度と馬鹿な真似をしないよう、きつい調教が必要ですな」


 ビネガーは勝ち誇った笑みを浮かべて、裕也たちのもとによってくる。裕也は心の底に湧きだしてくる嫌悪感を抑えようともせず、ビネガーと対峙した。


 「あんたが噂のビネガーさんかい。想像してた以上だな。ああ、気持ちわりぃ。仮にも自分の妻にしようとした人物に言うセリフかよ。頭おかしいんじゃねぇの?式は破談だ。パトラは、人への優しさも愛情も一切ない、陰険で薄気味悪いやつなんて、ごめんだとよ。なっ、パトラ?」


 パトラは裕也の言うことに、うなづいた。良かった。もう、自分の身を犠牲にするなんて考えは捨ててくれたようだ。裕也は内心胸をなでおろす。


 「貴様か?余計なことをしてくれた首謀者は?ただでは殺さん。聴衆の前で、一本ずつ手足を切り落とし・・」


 ビネガーの言い回しに、耐え切れなくなった裕也が、思わず最後までセリフを聞かずに口を挟む。


 「ああ、煩い。どうでもいい。その類の言葉しか言えねぇのかよ。だから、振られるんだよ。パトラ、さっきの手本、早速見せてやる」


 「さっきの手本って?」


 パトラの問いかけに、裕也は薄く笑みを浮かべる。


 「助けてって叫ぶんだよ。こんな風にな。ハルト、メイガン、ルキナ、助けて。愛しの裕也君が大ピンチなの」


 裕也が叫ぶと、三つ新たな影が飛び出てきた。さらに、そこにヘミングとトールも加わる。


 「・・まず、裕也から、片付けねぇか、メイガン」


 「気持ちのわりぃセリフ、吐いてんじゃねぇよ、裕也。パトラが言えば、助ける気も沸くが、お前が叫んでも殺意しか沸いてこねぇ」


 「あらあら、裕也君。さっきまで、せっかく格好いいセリフ吐いてたのに、大失態ねぇ」


 こんなはずではと、頭をかく裕也を、一同揃って、白けた目で見る。


 「ええっとだ。予定とちょーっと違うが、まあ、助けてって言えば、みんな、助けに来てくれるだろ?パトラ」


 パトラは唖然とした後、ふいに吹き出した。まあなんにせよ、パトラが笑顔になってくれて、めでたしめでたしだ。そこに業を煮やしやビネガーが叫ぶ。


 「貴様ら、ふざけてるのか?この状況が分かってないようだな」


 ああ、分かってないのは、あんたの方だよ、ビネガーさん。裕也は内心少しだけ気の毒に思う。ハルト達の化け物っぷりは、別の意味で頭おかしいレベルだから。黒頭巾マントの何名かが襲い掛かってきた。ハルトが出だしで一閃する。裕也には剣を一振りしただけに見えたが、五人以上の敵が切り倒されていた。


 「えっ、なんで?あいつ今、一回しか攻撃してないよな?」


 「いーえ、軽く五連撃以上はしてわよ。裕也君、見えなかったの?」


 ルキナはこともなげに呟く。前言撤回。ハルトは化け物じゃなかった。もはや、剣の神様とか、そういった領域じゃないだろうか。


 「俺、アストレアで本当にハルトの攻撃、数回は躱したんだよな?」


 裕也はアストレアで、一瞬だけとはいえ、ハルトと剣を交える事態に陥った当時を振り返る。期せずして、ハルトと戦うはめになったとき、確かに裕也はハルトの攻撃を、最初の数回だけ躱した記憶がある。


 「あの時は、相手が裕也だったからな。ハルトも無意識下で、相当、手加減してたはずだ。もっとも、手加減してたのは俺やルキナも同じ・・」


 メイガンが氷の魔法を、ルキナが光の粒をそれぞれ放つ。ああ、だめだ、こいつらの力は、常識が通用しない。裕也は思わず頭を抱えた。


 メイガンの氷は部屋の半分以上の面積を凍り付かせ、黒頭巾マントの氷の彫刻がずらりと並んでいる。ルキナの放った光の粒は、その一粒一粒が、手りゅう弾みたいな存在で、黒頭巾マントに粒があたった瞬間、敵が光の陰に飲み込まれて消えていった。


 ものの数分もしないうちに、五十名弱の黒頭巾マントは半数以下になる。そこにエリスの鞭と、ヘミング、トールの持つ湾曲の刀カトラスの攻撃が加わる。


 裕也とリーアも少しぐらいは役に立とうと、裕也自身が敵の惹きつけ役として走り回ったり、リーアが炎で敵を攪乱してみるが、ほとんど必要なかったであろう。気が付けば、敵はビネガー一人になっていた。


 「な・・なんなんだ、お前らは。くそっ、パトラにこんな手勢がいたとは・・」


 ビネガーに焦りが生じる。だが、そこに一人の獲物を見つけ、残忍な喜びを覚えた。裕也たちのすぐそばで、あろうことか、シスイ王国で裕也が助けた母親の子供がうろついていたのだ。


 「あっ、お兄ちゃんだ。ママ、目を覚ましたんだよ。助かったんだ。ありが・・うあぁ」


 ビネガーは子供を抱きかかえ、首元にナイフをあてる。


 「形勢逆転だな。パトラ、こいつらを引き上げさせろ。その後で式の続行だ。おまえは、じっくり、俺が・・」


 パトラが不安そうな顔を浮かべ、ビネガーのもとに行こうとする。が、裕也はそんなパトラの前に自分の腕を突き出して、心配ないからと小さくパトラに呟き、パトラの動きを制した。


 裕也はため息をつく。本当にこのバカは、そんなことしか、考えられないのか。もういいよ、相手にするのも疲れた。なんでこんなのが、国の政治に関われたんだよ。


 「リーア、頼みがある」


 裕也はリーアに耳打ちし、人質となった少年に問いかける。


 「なあ君。名前は?」


 「ピート」


 少年が答える。裕也は少年の目を真っ直ぐに見て言い放つ。


 「よし、ピート。お兄さんたちが必ず助けてやる。だけど、そのために、ちょっとだけ痛い思いをさせてしまう。心配しなくても、怪我はすぐに俺が治してやる。少しの間だけ、我慢できるか?」


 「う・・うん。僕、我慢する」


 「偉いぞ、ピート。待ってろ、すぐ済むからな。リーア、いけ。俺はリーアの『弱さ』を信じている」


 「ううっ、マスター、あんまり嬉しくない言い方だよ、それ。ファルナーガ!!」


 リーアの放った炎の魔法が、ピートの体を包み込む。炎に焼かれたピートを、ビネガーは放り出す。ピートが地面に打ち付けられると、ピートの体を覆っていた炎は消えた。そこにエリスの鞭がとんできて、ビネガーの体を縛り付ける。裕也はすぐさまピートの側に駆け寄り、ピートに回復魔法をかけた。


 「リーアの魔法は戦いのとき、敵の薄皮一枚焼くのがせいぜいだからな。攻撃力という点じゃ、正直役に立たない。しかし、その役に立たないことこそが、この場合、役に立つんだ」


 「だから、マスター。それ褒め言葉になってないってば」


 「何言ってるんだ、おかげでピートが助かったんだぜ。やっぱり、リーアは俺の最高の相棒だよ」


 「ま・・また、マスターはそうやって、ボクを振り回して。もう、知らない」


 顔を赤くしたリーアは裕也から隠れるように、パトラの後ろに回った。だが、すぐにいつもの定位置である裕也の肩の上に座り直す。


 「終わりだな、ビネガーさんよ・・って、パトラ?」


 パトラはビネガーのもとに走り寄り、思いっきり横っ面を引っ叩いた。さらにビネガーの鼻に強烈な蹴りをいれる。倒れたビネガーを今度は殴りつけた。


 「はあっ、はあっ、誰が誰を調教するですって、ええ?言ってみなさいよ、この陰険野郎。おまけにこんな小さい子供にまで手を出して。もう我慢の限界だわ。ほら、もう一発」


 どうやら、これまで溜まりに溜まったビネガーへの怒り、鬱憤、その他もろもろをまとめて仕返しするつもりらしい。すべてやり切ったパトラは爽快そうに裕也たちを振り返る。


 「ああ、なんだ、その・・お疲れ様、パトラ」


 裕也はそれだけ言うのが精いっぱいだった。


 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る