12.死線

 一流ホテルのようなエントランスに、四人の武装集団がグロックだのトカレフだのを持って侵入した。受付にいた男女を安藤が牽制している間に、俺は首を回して内観を確認する。中央と両端に階段があり、エレベータは地下にまで続いているようだ。

「サブさん、我々は上に向かいましょう。ヒロ、犬居、任せたぞ」

「分かりました。行くぞ、ヒロ」

 犬居がヒロを引き連れて右側の階段を駆け上っていく。俺たちは中央階段を行く。

「エレベータでは狙い撃ちにされます」

 安藤の言葉に従って、靴音をことごとく吸収する高級そうなカーペットを踏み荒らして走る。

「奴ら、やっぱり武装してくると思うか!?」

「我々が来ることを読んでいるかどうかってところで、五分五分かと」

 まだ三階だが、息を切らして階段を駆け上る俺の横で、まったくよどみのない口調で安藤が返す。同時に、おもちゃの打ち上げ花火が暴発したような音がこちらに届き、カーペットの毛羽が焦げ臭いにおいを連れて舞い上がった。

「たった今、十割になったところです」

 隣に“戦場”慣れした洗練された野獣がいなければ、半狂乱に陥っていたところだ。次なる階へと進むことを阻む踊り場からの銃撃を避けるべく、階段の陰に身を隠す。さらに二つの銃声と銃撃。間の抜けたパン、パン、という音が非現実感を与えるが、悲しいかな硝煙としか思えない臭いがする。

「なんてこった」

「おやおや、どうやら警察サツ御用達のニューナンブを使ってやがります。飯塚のクソが横流ししましたかね」

 汚職の証拠が増えたのは結構なことだが、証言台に立つ前に消される可能性が大だ。いつの間にこんな無法な街になっていたんだ。―――ざっと三十年前からか。

「応戦します。安全装置は外してますか」

「分からん!」

「まぁ、大丈夫でしょう。犬居が外してくれているはずです」

「説明書いらずで助かる!!」

 喚きながら、銃を両手で握りこむ。

「俺が先に顔を出してぶっ放します。奴らの銃撃が止んだら、ゴーです」

「日本語で言ってくれ!」

「撃ち終わったら走れってことです!うおらああああああ!!」

 安藤が絶叫しながら身体を半分出し、グロックを放つ。ニューナンブとやらより芯の入った音が、静謐な宗教施設にこだまする。

「開演です!行ってください!」

 開演と言われれば、たとえ最期は撃たれることになろうとステージには上がらなければならない。そうだろう、ジョン・レノン。

「うわあああああああああああああああ!!!!」

 アドレナリンが暴動を起こしているのか、階段を六段飛ばしで昇る。踊り場までたったの三歩で辿り着いた。そしてそれは、俺の寿命を縮めることになった。

 敵は二人。それが教団幹部のコスチュームなのか、神主の狩衣のような白い装束を着て拳銃を構えている姿は、その手の好事家にとってはシュールで魅力的だろうが、俺には死神に仕える一兵卒にしか見えない。

 終わった。と、思った瞬間、一人の“兵隊”の腕から赤いものが迸った。遅れて、悲鳴が聞こえ、安藤がやったのだと気付いた。

 仲間をやられた兵士が階下の安藤に狙いをつけようとしたのは、反射的なミスだろう。俺は手に持ったトカレフを構えると、超至近距離から男の大腿部を撃ち抜いた。ニューナンブの弾は明後日の方向に飛んでいく。

「敵を殺す瞬間ってのが、一番隙ができるものなんです。―――すみません」

「いや、二人目はアンタが囮になったんだ。お互い様さ」

 急所ではないだろうが、撃たれた場所を押さえて転がっている男たちを見下ろしながら言う。初めて他人に銃を放ったが、どういった感情も湧かなかった。

「まぁ、万能薬もあるらしいですし、そう簡単には死なないでしょう。行きますよ」

「……ああ」

 その手のエクスキューズが無かったとしても、俺は撃っていたのだろうか。ナイーブな問いは後にしろ、と自分を叱咤して、俺は多少興奮物質の収まった足を動かした。

「おや、困りましたね」

 四階に辿り着くと、ずっと続いてきた中央階段が途切れていた。

「妙な構造だ。恐らく、四階以降は末端と幹部を分けるためにエレベータのみの移動にしているんでしょうな」

「じゃあ、とっとといくぞ」

「いや、客がきました」

 言った若頭の腕が俺の服を掴み、強引に近くの柱へと退避させた瞬間、銃声が五つほど固まって到来した。飛んでくる弾丸に全身を晒した安藤がくぐもった声を上げる。

「安藤!!」

 足や肩を裂かれ、血を吹き出しながらもう一本の遮蔽物へと退避した安藤が叫ぶ。

「行ってください!」

 エレベータを指差す。幸運にも階数はここだった。

「蜂の巣になるんじゃないのか」

「そこはあなたの当たらない勘を信じてください」

 血に染まった腕で汗を拭いた安藤の顔もまた、鮮血で染め上げられている。そんな、部族のような男の不敵な笑みを見届けた俺は、鼻からふっと息を吐き出すと、銃撃の嵐が止んだ瞬間に駆け出した。

「イピカイエー!!」

 叫びながら開閉ボタンを押す。弾が背後からやってくる気配があったが、そこはマクレーン仕込みの敵の弾が当たらなくなる呪文の効力を信じる。

「おらおらおらおらァ!!下手くそどもが!当たんねぇぞォ!!」

 怒号とともに弾丸を散らして安藤が応戦してくれている間に扉が開いた。素早く入り込み、最上階のボタンを押し、急いで閉じる。両開きのドアが30cmというところで二発の銃弾が飛び込んできたが、鉄の箱は二つの穴を穿たれたことなど気にせず、俺の身体を天へと運んで行った。

 一寸の休息を得た俺は、壁に寄りかかって携帯を取り出す。作戦では、ヒロたちの行動が成功したとき、空メールが送られてくることになっている。恐らく、向こうも銃撃戦になっているだろう。

 チン、という音。最上階だ。扉が開く。黒の狩衣を着た男が二人、拳銃を構えていた。

「安藤ちゃんよ、終わったら指一本貰うぜ」

 トカレフを捨て、両手を上げながら俺が放った軽口さえ、その鉄面皮な無表情に何の変化も及ぼさず、たった四人でのこのことやってきた闖入者のリーダー格はあっさり引っ立てられることになった。

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