3.新たな真実

 日曜深夜の街は、普段ならば静かなもののはずだが、今日ばかりはそうもいかないらしかった。スパイラルタワーのガサ入れと杉野の起こした事件が重なってことで、大通りをパトカーが忙しなく行き来し、昼よりまして警官とヤクザがウロウロとしている。

 もし、このままライブハウスへの犯行が続き、店が営業を自粛し始めでもしたら、来週のSSSにも支障が出るだろう。下手をすれば中止だ。それだけは、どうしても防ぎたかった。

 仕方がない。

 俺は、歩きながら携帯でメールを打った。

『Title:なし

 そちらの生徒が非行に走っている。なんとかしろ、ハヂメ先生』

 お忙しそうな教祖様からの反応は期待していなかったので、数分後に返信が来たのは驚きだった。

『Title:Re:

 “真実”はなかなかに残酷だっただろう』

 だが、案の定こちらの要望には応えていない。よくこんなコミュニケーション力で組織のトップが務まるものだと思う。

『Title:Re:Re:

 正直ドン引きしたが、それよりそっちの不始末が先決だ。

 あんたらには杉野を捕まえる手伝いをしてもらうぞ』

 知り合いの買春行為を告発したかったにしては、随分と意地の悪いやり方だとも思った。返信はこない。俺は一旦携帯をしまい、小走りでビルへと向かった。

 百メートルほど進むと着信の音。

『Title:Re:Re:Re:

 いいだろう。何がお望みかな』

 というメールが届いたときには、もうユウのビルの前に立っていた。俺は長いエレベーターに乗る間に返信を完了させた。

『Title:Re:Re:Re:Re:

 まずは杉野がそっちに泣きついてきたらすぐに警察に引き渡すこと。

 あとは、また連絡する』

 エレベーターが最上階に辿り着いた。


「上半身は女性、下半身は魚―――文献によっては鳥の場合もあるようだけど、歌で船乗りを誘惑し、船を沈める魔物だというところは共通しているね」

 痩せた身体のラインがよく分かるスウェット姿が俺を出迎えた。

「ギリシャ神話の怪物・セイレーン。そんなところから名前を取ってくるなんて、ずいぶんと洒落たドラッグだね」

 自分から溺れに行っているようなものだと思わないところがヤク中らしい発想だと思う。

「映像は確認し終わったか」

「うん、集中し過ぎたせいか、目がしょぼしょぼするよ」

 ユウが目をこすりながらPCの前に座る。

「ここに来る前に警察に寄ってきたが、どうやら杉野は来なかったらしい」

「うん、ボクも怪しい人間は見ていないね。ただ、このカメラだと、お客さんの出入りは分かるけれど、出演者やスタッフが入っていく様子は分からないんだよね」

 確かに、出演者用入口はカメラの死角にある。しかしそうなると、犯人はハートオーシャンのスタッフか、バンドの人間ということになる。

「お客さんじゃないってことは、インサイダーの犯行だってことだよ」

「いや、あり得ない。バンドメンバーはスタッフも含めて全員セイレーンにやられた」

 それにハートオーシャンの店長も天谷店長と同じくバンドの非行を黙認するタイプではない。クスリをやっているバンド、つまり杉野と繋がっている人間を出演させることは無いだろう。

 と、いうことは―――大木たちとの取調べを思い出し、俺は一つの可能性を頭に思い浮かべた。

 客ではないし、関係者は全員被害を受けている。

 ということは、関係者でありながら、スタッフ及び出演者のリストにも載っていない人物“X”がいるということ。

 俺はユウに指示を出す

「ユウ、ハートオーシャンの裏手にあるゲームセンター前のカメラを調べろ」

「どうしてだい?」

「関係者通用口からあの監視カメラに映らず店を出るには、ゲーセンの裏口を通るしかない。そこに犯人が映っているはずだ」

「了解」

 ユウが作業を始めたところで、俺も“X”のいる可能性を確かめるべく、ある人物に連絡を取る。

 非常識な時間帯だったが、数回のコールで相手は電話に出た。

『もしもし~?』

「病気のところすまない、リョウ。眠っていたか」

『起きてた。あんなことがあって、熱も吹っ飛んだよ』

「実は、ハートオーシャンで起きたことについて、訊きたいことがあるんだ」

『何を?』

 熱はないというものの、まだ鼻声の成神リョウが訊き返す。

「今日、お前の出演がキャンセルになったことで、誰かが代役にならなかったか。お前自身が頼んだのではなくて、ライブハウス側が用意したという話も聞いていないか」

『ああ~、そういや、今朝熱測って、こりゃだめだと思ってキャンセルの電話入れたら、店長がほかの人に歌ってもらうって言ってたね。そんな急に用意できんの?って聞いたら、一つだけ喜んで出る人を知ってるからって』

 ビンゴ。やはり“X”はいた。そいつがセイレーンを持ち込んだ実行犯だ。

「そうか。用件はそれだけだ。ありがとう、リョウ。お大事にな」

『うん。サブこそ、早いところ音楽活動復帰させなよ』

「それは約束できな―――」

『あんたがいないと弾き語りで出演者が集まんないんだよ。とりあえず来週のSSSは絶対にあたしンところにくるんだよ。いいね』

 姉御肌なロックミュージシャンという言い方がぴったり当てはまるリョウらしい言い草でまくし立てられ、俺は思わず電話口で頷いた。

「ああ分かった。ライブにはいくよ、“兄貴”」

『せめて“姉貴”って言え!―――ゴホッ!ゴホッ!』

 もう一度、お大事に、と言ってから通話を切る。ユウの方を向くと、そちらも、作業が終わっていた。

「楽しそうな電話だったね。こっちも収穫があったよ。アコギを抱えた人間が一人、映っていた」

「そうか、見せてくれ」

 PCのモニターに顔を寄せる。限りなく解像度を上げた画像に、全身が黒ずくめの服を着てギターケースを担いだ人間がゲームセンターの自動扉から出てくる瞬間が映し出されていた。

 だが、俺はその絵を見て、身体が硬直してしまった。中腰でモニターを見るために掴んだユウの肩が僅かに動く。

「どうしたのさ、サブ」

 俺は応えられない。指一本も動かせないままに、内心は、まさか、という思いと、そうか、という納得がない交ぜになった感情が同時に持ち上がっていた。

 安藤からセイレーンの出所を聞いたときから、頭の隅でそんな予感がしていた。そうであって欲しくはなかった。

 一時的に機能を停止した身体が動いたのは、携帯が鳴ったからだった。俺はモニターから目を離し、メールの文面を呼び出す。

 忌々しいほどのタイミングの良さで送られてきたメールには、こう記されていた。

『Title:Re:Re:Re:Re:Re:

 君の知る“真実”は本郷新次郎のものだけでは無い

 師を告発する勇気が君にはあるか』

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