3.街の異変
『サーキット型音楽フェス』というものがある。
一つの街をライブフェスティバルの会場として捉え、いくつかのライブハウスが協力し同時多発的にライブを行うのだ。
ナゴヤの中心地であり、150~300人ほどのキャパシティを持つライブハウスを多く抱えるサカエは、十年ほど前から行われている国内最大のライブハウスサーキット型イベント『SAKAE SUMMER SESSIONS』通称SSSの開催を一週間後に控えた最後の日曜ということもあり、あちこちでライブハウス主催の野外ライブイベントが企画され、集客に躍起になっていた。
「たくさんのアーティストを迎えるから、中にはほとんど無名の新人やインディーズバンドもいて閑古鳥が鳴いちゃうこともあるからね。宣伝は大事だよ」
と言うのは、先ほどからワカミヤ大通りの広場で渾身の演奏を披露する若い地元ロックバンドたちを忙しなくカメラに収めている伊野波さんだ。
「そうなんだ。なんか楽しいですね。ねぇ、シーナ」
「うん」
イブたちの声に、くたびれたワイシャツの胸を少し張るようにして伊野波さんがファインダーから目を離し、相好を崩す。
「やっぱりお日様の下で音楽を聴くというのは良いものだね。ところで、何故お二人はそんなに離れたところに立っているのかな?」
水を向けられた俺は「お気になさらず」と言っておく。俺の左隣にいるイブ、シーナ、伊野波さんとさらに人一人分の空間を挟んで立ち、決してこちらを見ようとしない麦わら帽子の少女を横目で
「それにしても、やるじゃあないかアニキ」
伊野波さんがそっと俺の右隣に移動してふざけているときの呼び名で耳打ちしてくる。
「僕の見立てだと、あの子はネクサスのヨンジーだね?そしてさらに女の子を二人。一体どうやったんだい?」
「パンを咥えて走っていたら曲がり角でぶつかったんだ」
「それは大変だったね」
俺の面倒くさそうな口調が受けたのか、伊野波さんがクスクスと笑った。
「養っていくのは大変かい?」
「ああ、だから金のかからない娯楽を探してここまで来た」
「でも、子供と暮らすのは楽しいだろう?」
「あんた、独身だろう」
「僕にもいろいろあるのさ」
その言葉に42歳の中年男から僅かな含蓄を感じ取った俺は、決して上手くはないが必死に、そして楽しそうに演奏を続けるバンドを見ている少女たちを見ながら、言った。
「―――伊野波さん、俺はちょっと行くところがあるんだが、しばらくこいつらの面倒を見ていてくれないか」
「構わないが、どこに行くんだい?」
「“野良猫”たちに餌をやりに、な」
通りの時計がPM2:00を示していた。休日らしい活気があり“過ぎる”街を、俺は注意深く歩く。
嫌がるヨンジーをイブが説得し、出かける約束を取り付け、家で昼食を済ませてから地下鉄でサカエに降りた瞬間から、嫌な気がしていたが、ここに来てそれは確信に変わった。
見るからに“その筋”のゴロツキが、わずか百メートルを歩くだけで五人から十人も見つけられる。
制服警官の数も、お祭りの予行練習にしては多すぎるほど忙しなく連絡を取り合い、さらに見たところ全員が拳銃を携帯しており、面構えも随分と物々しい。
ちょうど二週間前にもあったように、このナゴヤという街では、ヤクザの組長と懇意な市長と蜜月の関係である警察本部長のせいで、下っ端警察官は反社会的組織に対し、毅然とした対応を取り切れずにいる。
見ようによっては合法的な暴力団といってもいい警察の、お上に逆らえないフラストレーションが暴発するのは時間の問題ではないかと思っていたが、こうして成宮組の構成員どもが大手を振って街を闊歩している状況を見るに、いつ血で血を洗う戦争が起こってもおかしくはなかった。
雑踏の妙な活気も、ヤクザと警察が一触即発という雰囲気に高揚しているからのようだ。
だが、この興奮には俺は全く乗れない。ややもすると来週に迫った平和な興奮を味わえるイベントに差し障るからだ。
そもそもは始まりからして終わっている街が自壊することなど必然だが、それは今であってほしくはない。非常に勝手な都合だが、俺は本気でそう思いながら、ヒサヤ大通りを、ブルースと野良猫たち“根本”の代替アジトである『オーキッドガーデン』に急ぎ足で向かっていた。
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