川辺に来りて槍を振るその2
アイリーンが川辺からトボトボと歩き去っていくのを見送って、ヴィヴィアナはフィオナを振り返る。
「そもそもさ、あのオジサンが原因なんだから、あのオジサンがもっと2人と話してあげるのが筋じゃない? ホント、そういう所で気が利かないよね、あの男」
「そうかな? マテウスはんは、気付いてるけど
「……へぇ? 随分、あのオジサンの肩持つじゃん?」
「ヴィヴィちゃんこそ、そんな顔して実は同じ事思ってんとちゃうのん?」
フィオナの問い掛けは、ヴィヴィアナの核心を突いたようで、彼女の勝気な笑顔が途端に仏頂面へと変わっていく。
「フィオナ、最近あのオジサンに甘くない? 前はもっと色々愚痴ってたような気がするけど」
「うーん……そんなつもりないけどなぁ? デリカシーないとことか、すぐ手を出すとことか、ウチの事女として扱ってくれへんの? ってなるし、顔はこーんなっ
「それならっ……」
「でも、慣れるとマテウスはんには言うても仕方ないしなぁーって、なってくる所あるんよね。それに、ウチの話をいつでも聞いてくれるし、教えてくれる時はかなり丁寧で、ウチにも分かるように気ー
「フィオナ、それアイツに洗脳されてるよ。洗脳っ」
「洗脳って……アハハッ、それは大袈裟やよっ。だってもし今、マテウスはんに付き合って欲しいて言われたら、ウチ絶対無理って……いや絶対はないかなぁ? ちょっと考えさせてーって言うかも。だって、マテウスはんと付き合ってデートとかしても、まともなエスコートしてくれなさそうやん? ほらっ、マテウスはんって休日でも、装具とか弄ってるイメージしかないやろ? せやからウチの中やと、デートでも
(いや……なにも言ってないし、なに言ってんのか半分も分かんないし……)
ヴィヴィアナが口を挟む隙を一切与えず、早口で妄想を垂れ流しているかのような独白を続けるフィオナ。こういう時のフィオナは、輪を掛けてバルアーノ
勿論ヴィヴィアナとて、彼女自身が口にする程、今もマテウスに敵意を抱いているわけではない。彼女の未だに調子が上がらない
そして今回。姉であるロザリアを王都アンバルシアへと残して、遠く離れたバルアーノの地へ向かう事を了承したのも、大きな心境の変化といえる。順調に事が進んでも、1ヵ月近くは姉と離れ離れになるような決断をしたと過去のヴィヴィアナが知れば、正気を疑う事だろう。
既にアオマダラグモの毒が抜けきったロザリアが、この長旅に参加する事は難しい話ではなかった。ロザリアは、決して体力がある部類の女性ではないが、赤鳳騎士団へ入る前は、ヴィヴィアナと2人で点々と所在を変えながら生活を続けていたのだ。旅慣れていると評して、過言ではない。
それでも、ロザリアがこの旅に同行しなかった理由。彼女はそれを表面上は、王都に残って調べたい事があると口にしていたが、妹であるヴィヴィアナにだけは、コッソリと別の理由を伝えていた。
『マテウスさんと、少し距離を置いた方がいいと思うの』
この言葉に、ロザリアがどんな想いを抱いていたのかまでは、ヴィヴィアナには想像するしかなかった。だが、想像すればする程に胸騒ぎを止められず、たちまちは初めて自ら男と距離を置こうとする姉の変化を、好意的に捉えるしか出来ないでいた。
そしてそんなロザリアの背中を押すように、赤鳳騎士団不在時の彼女の身の振り方を提示したのはマテウスだ。彼はロザリアを王宮の食客として、送り出す事を提案したのである。彼にはそれを実現できるコネがあったし、そもそもアイリーンが王女殿下なのだから、その教師役を務めるロザリアが食客として招かれるのに、別段不自然な箇所がないのだ。
まるで外堀を埋められていくような進行の中で、それでもヴィヴィアナには赤鳳騎士団ではなく、姉の傍にいるという選択もあった。だが、それを選ばなかったのは、この赤鳳騎士団内での時間が彼女にとって、姉と同じぐらいに大切なものへと変わりつつあるという事に他ならない。
そしてその中心にいるのは、少し風変りではあるが、ヴィヴィアナにとっては憎く忌々しい筈の男で……付け加えるなら彼女は、そんな男の助けになるようにとロザリアに頼まれて、拒絶するでもなく、曖昧な返事を返したのである。
(甘くなってるのは……私の方よね)
「……それにほら、理想のキスの身長差って15cmって言うやん? まだウチ初めてやしー、やっぱ女の子はそういうのも……って、ヴィヴィちゃん、ウチの話聞いてくれてるんっ?」
「ハイハイ、聞いてる……って、アンタ一体なんの話してんのよっ!?」
ヴィヴィアナが少しの間、耳を離した隙に、フィオナの話は脱線に脱線を重ねて、国外まで突っ走ってしまったようだ。ヴィヴィアナのような男嫌いでも、キスのようの直接的な単語には、多感な年齢である事を隠せないようで、顔を薄っすら赤く染めながら声を張り上げる。
「もぅー、全然聞いてくれてへんやんっ……ははぁーん? もしかしてヴィヴィちゃん、ウチよりマテウスはんと話す方が楽しいんやろ?」
「はぁ? なんでそんな発想になるのよ?」
「さっきの馬車の一件。忘れたとは言わせへんよ~? えらい、仲良さそーにしてたもんなぁー」
「ちょっとそういうの止めてよねっ。私は、あの男とはなんでもないんだからっ。そういうのに巻き込まないでよっ」
「必死で否定してる所が、逆に怪しいなぁ~? それに、ウチの角度から見てたら、キスしとるんかってぐらい顔寄せてたやん? まさかホンマにキスしてたんやないやろーね?」
「キッ……キス、キスッなんて……」
ロザリアがありとあらゆる情事を経験している為、第3者としてならば、下世話な話題に対する免疫力の高いヴィヴィアナであったが、いざそれが自身へと向けられると、姉から直接色んな経験を聞いている為、妙に生々しい想像力を掻き立てられて、途端に普段の落ち着きがなくなってしまうのである。
日差しに反射して輝く赤い髪よりも、目に見えて分かる位に顔から耳までも真っ赤に染め上げたヴィヴィアナの姿に、気を良くしたフィオナは更に
「するわけないでしょーっ!!」
バケツをひっくり返したかのような大量の水が、フィオナの上半身にぶちまけられて、乾きかけていた彼女の制服が、またステータスずぶ濡れへとリセットされる。
「おぉっ!? 楽しそうであるなっ。私も参加するぞっ!」
その瞬間を偶然に目撃したのは、川の中心部から帰って来たエステルだ。彼女はヴィヴィアナと同じ装いに、家宝の
当然、フィオナがその衝撃を受け止められる筈もなく、2人は
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