黒蜘蛛草紙その2
「我が名はエウレシア王家より<エウレシアの盾>の二つ名を拝命せしゴードン・アマーリアの娘、バンロイド領が領主アマーリア侯爵家長女、赤鳳騎士団が団長、エステル・アマーリア。
ソードブレーカーの切っ先を<パーシヴァル>に向けながら、中庭中に響き渡る声で名乗りを上げるエステル。その声に辺りは一瞬静まり返ったが、暫くして<パーシヴァル>は文字通り、腹を抱えて爆笑し始めた。
「「ブハハハハッ!!」」
「ちょっ、声っ! 声高ぁっ!」
「ヒィーッ、ブホッ……ククッ……馬鹿っ、止めてやれよっ! 気にしてるかもしれないだろ?」
「我が名はなんたらなんたらの、えちゅてりゅ・ままーりあっ!(精一杯の甲高い声)」
「「ギャハハハハッ!」」
「むぅ……礼儀を知らぬ者共めっ! 私が切り捨ててくれるっ」
小馬鹿にされた怒りに身を震わせながら、その1歩目を踏み出そうとしていたエステルの肩を、パメラが止める。
「エステル卿、正直に申し上げると、迷惑です。怪我をしない内に下がって頂けませんか?」
なにを言われたのか分からなかったのだろう。振り返った姿勢のまま、キョトンとした顔で固まっていたエステルは、意識を取り戻したかのように突然パメラに詰め寄る。
「なにを言うかっ! あのような侮辱を受けた騎士が、背を向けて逃げ出すような真似、出来るわけなかろうっ。その……確かに、パメラ殿に比べて私は実力が不足しているかもしれないが、決して足手纏いになるような事は……」
ドラゴンイェーガー…………
エステルが言葉を言い終わる前にパメラはエステルを横に突き飛ばして、自らも空へと舞い上がる。猛然と迫りくる火球を紙一重で回避して、空中で姿勢を制御しながら<パーシヴァル>に狙いを定め、
一体何処へ? と視線を周囲へ配ろうとした時、パメラの耳に小さな風切り音が届いて、彼女は反射的にその方向に対して両腕を前にした防御姿勢を取った。次の瞬間、両腕に走る重い衝撃。銀糸を使って防護を固めていなければ、簡単に両腕どころか体ごと貫かれていただろう。その衝撃に吹き飛ばされて、地面へと叩き付けられるパメラ。
パメラは地面に叩き付けられた瞬間に受け身を取るが、勢いを殺しきれずに地上を転がりながら、上空を見上げる。だが、<パーシヴァル>の姿が確認出来ない。なにが起こったのかを理解できないまま立ち上がる彼女の目の前に、大きな着地音。そして、5mも離れていない目の前の地面に、足跡のような大きな
フラムショットガン…………理力解放
パメラの視界を、一瞬で小さな火球が覆いつくす。彼女の常人離れした反射神経でもって、銀糸を展開。自らに降りかかる火の粉は全てを防ぎきったものの、再び未知の攻撃が銀糸を引き裂いて彼女へと迫って来る。
この時点でパメラは既に理解していた。ジャックディスペアーの理力解放か、それに値するなにかによって、<パーシヴァル>が姿を消している事を。姿を消して迫りくる騎士鎧の一撃。生身では対処出来るわけがない、逃げ惑うしかない……一般的な感覚でいえばそうだろう。一方的に仕掛けていた、スパイクとマックスもそう考えていた。だが、その慢心が大きな隙を生む。
パメラは銀糸を突き破られる瞬間に、銀糸に対する指示を変更。<パーシヴァル>に絡みつくように銀糸を操作する事によって、そのシルエットを視認出来るようにする。そして目前にまで迫る、自身を殴り飛ばす為に伸ばされた<パーシヴァル>の右手首を両手で掴むと、自らに引き込むようにしながら体を浮かせて、両足を肩と首へと絡ませる。
「ハァッ!? ちょっ、離れ……痛ッ、イテッ、グホォッ……フッ……」
パメラの両腕と背筋の力全てを使って、容赦なく引っ張ると、<パーシヴァル>の右腕はアッサリと圧し折れた。圧し折れた感触を確認すると同時に、1度両足を開いたパメラ。今度は<パーシヴァル>の折れた右腕を巻き込んで、両足を首へと掛け直す。
これも所謂、三角締めと呼ばれる体勢であるが、一般的に頸動脈をジワジワと締め付けるこの技を、死出の銀糸を纏ったパメラが行うと、相手の肩どころか首までもが、赤子の手のように
散々暴れて痛みを訴えていた<パーシヴァル>の声は、この瞬間に途絶えて、姿を消す為の理力解放も消え、実像が姿を現す。
「やっぱ俺がしっかりしてやらねぇと駄目かぁっ? 情けねぇなぁ!」
しかし、もう1つの声がパメラの耳を打った。会話をしている事から2人の人間が中にいる事は想像できていたパメラだが、この時になってようやくもう1人が何処に潜んでいるかを知った。
彼女は目ざとくその場所を確認していたが、その隙を狙ったかのように<パーシヴァル>が高速で移動を開始。首に足を絡ませた体勢のままだったパメラを押し潰すように、時計台へと自ら突っ込んだ。
周囲一帯に響く轟音。壁へと叩き付けられたパメラは、その衝撃にたまらず両足の力が抜けて、時計台の1階で床へ転がる。飛びそうになる意識に鞭打ちながら素早く顔を上げれば、既に目と鼻の先まで<パーシヴァル>が迫っていた。
石造りの壁面を貫く事も出来る鋭い足で、パメラを踏み潰そうとする<パーシヴァル>。次々と繰り出される踏みつけを、彼女は体を起こさないまま身を捻り、転がるようにして回避し、<パーシヴァル>の腹下に潜り込む。踏みつけされない位置まで移動した途端、彼女は身体を跳ねるように起こして、声がした場所に目掛けて両手で掌打を打ち込んだ。
「ぐふぅ……ホォッ」
そんな男の苦しみ
ロックホーン/アイスランチャー…………
彼女の真下から床を突き破って槍のように鋭く尖った土塊が、横から同様の氷塊が、パメラを囲うようにして同時に襲い掛かる。完全に虚を突かれた形になったパメラだったが、反射的に掌底を中断すると、被害を最小限に喰い止める為に自ら正面から襲い掛かってくる氷塊群へ飛び込む。
結果、鋭い氷塊が彼女の横腹を大きく
ドラゴンイェーガー…………理力解放
距離を取ろうと離れるパメラの背中に向けて放たれる、瞬間にして最高の火力。だが、その狙いは大きく反れる事になる。何故なら、横から飛び出て来たエステルの突撃が、<パーシヴァル>を大きく弾き飛ばしたからだ。
<パーシヴァル>は再び時計塔の外まで弾き飛ばされるが、あの攻撃方法では理力の装甲は貫けない。大したダメージになっていないだろう。
「私もいるぞっ! パメラ殿ばかりに負担はさせんっ」
深い傷を負った横腹がズキズキと痛む。流血も
パメラは<パーシヴァル>に不用意に近づいていくエステルの背中を見詰めながら、無表情のまま憎々し気に舌打ちをした。
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