それはやむを得ずにその2

 遅々として進まない縄の切断に、マテウスは痺れを切らしてロザリアから片手剣型装具を取り上げる。


「あのっ、もう少し時間を、私……」


「静かに。両手で頭を抱えて、身を伏せていろ。必ず助ける。約束だ」


 マテウスは片手剣を手にしたその両手をロザリアの後頭部へと運んで、自らの胸へと強く抱き寄せると同時に、耳元で小さく、だがハッキリとした声音で伝える。ロザリアの震えが治まり、少しだけ顔色に生気が戻るが、自らマテウスの胸元へとそっと額を押し付ける今の彼女の表情を、確認できる者は誰もいない。


 ロザリアから両手を離すとマテウスはベットの壁に隠れたまま中腰の姿勢にまで体を起こして、どうやって顔を出そうかと思案した。足音は横に立ったベットの上下、二手に別れて男達が接近してくる事を示しているが、どちらが銃型装具を手にしている男かが分からない。


 マテウスには顔を出した瞬間、相手の理力解放インゲージ前に武器を投げつけて先制する自信はあったが、それも相手の位置を事前に把握していると仮定した上で、1人に対してのみだ。不用意に飛び出して、どちらが銃型装具を装備した男を判断する為に時間を割いていては、先に命を落とすのは自分の可能性もある。


 一か八かでこのベットを靴型装具を使って蹴り飛ばして1人を倒し、もう1人を武器で仕留めようか? いや、もし残った男が銃型装具を装備していた場合、自身は咄嗟に回避出来たとしても背後にいるロザリアは流れ弾の被害を受けかねないので却下だ。


 せめて、囮として一瞬でも誰かが銃口を他の位置へ反らしてくれさえすれば……だが、そんな危険な役目を今のロザリアに任せる訳にもいかず、そうしてマテウスが悩んでいる内に、カウントダウンであるかのように足音は忍び寄ってきて……そんな危機的状況の最中、それでも静かにどうするかを頭の中で次々と策を整理していくマテウスは、ふとロザリアの背後に転がっている気を失った男を見つけて、最低限の可能性を秘めた一手を思いつく。


(囮ならいるじゃないか)


 マテウスは1度武器を置くと、なるべく静かに仰向けに寝転がりながら男を引っ張り上げて、頭を抱えてうつ伏せになっているロザリアの上を通して男の身体を運び、男の首裏を両手で掴んで自らの上に向かい合うようにして乗せる。


 更にマテウスは屈伸するように両足を小さく畳むと、自らの上に覆いかぶさっている男の下腹部に両足裏を沿える。頭の上で両手で武器を掴み直し、大きく息を吸い込むと同時に両足を一気に伸ばして男を蹴り飛ばしながら、靴型装具を理力解放させた。


 標準スペックで地上から1秒とたずに、8m付近の上空まで人間1人を打ち上げる事の出来る威力が男の下腹部へと伝わり、パチンコ玉のように弾き飛ばされた男は壁へと派手な音をならしながら叩き付けられる。それと同時にマテウスは男が弾き飛ばされた方向とは逆の方から、駆けるように立ち上がりながらベットの陰から顔を出した。


 マテウスの想定通り、2人の男達はどちらも先にベットの陰から弾き飛ばされた男の方へと視線を奪われていた。当然、銃型装具の銃口もだ。2人は後から出てきた男がマテウスだと知り、再びマテウスへと向けて武器を構え直すが、その一瞬の隙だけでマテウスには十分だった。


 両手で右から横薙ぎに切りつけるようにして片手剣を振り抜きながら、それを手放す。その投擲は正確無比に銃型装具を構える男の胸を貫き、相手の命を奪った。後は両手を拘束された男と、片手剣を装備した男との一騎打ちだが、先の状況に比べればこの程度の劣勢は随分マシな部類だろう。


 マテウスは少しだけ身を前傾にして、両手を腰の前に……まるで剣を持っているかのように構えながら、一気に男との距離を詰めていく。


 しかし、男は一騎打ちには応じなかった。手にした武器をマテウスへと向けて破れかぶれに投げつけると、すぐに反転して部屋の外へと逃げだしたのだ。彼の取った行動はテロリストとしても戦士としてもあり得ない行動だったが、この場面に置いては戦力分析の出来た正しい判断だったといえよう。


 実際にこの室内で起こった全ての出来事の中で、マテウスを1番ヒヤリとさせたのがこの男の判断だった。劣勢な状態での一騎打ちよりも、騒ぎ立てて応援を呼ばれて、多勢に無勢の状況に持ち込まれる方が彼にとっては辛い。


 故に男をどうしてもここで仕留める必要があったマテウスは、全力で駆け抜けて男へと背後から追いすがり、力加減を調整しながら靴型装具を理力解放させて飛び上がる。男があと一歩踏み出せば室外という場所で、ドロップキックを放つような体勢で飛び上がったマテウスの両足が、彼の首を挟み込むようにして捕まえた。


 100kgを超えるマテウスの巨体にし掛かかられて、当然男は押し潰されるようにバランスを崩すが、その瞬間にマテウスは男の首を更なる力を入れて両足で挟み込み、その状態から臀部でんぶを軸にして一気にバク宙を繰り出す。


 結果、男の身体はマテウスの両足に床から引っこ抜かれたかのように体を浮かせて、野太いマテウスの両足に顔面を挟み込まれたまま脳天から床へと叩き付けられた。俗にいわれるフランケンシュタイナーという技である。


 男が意識を失ったのを確認したマテウスは、すぐさま立ち上がって部屋の外を確認。今のところ他に敵の姿がないのを確認して、ようやく大きく一呼吸吐いて部屋の扉を閉めると、片手剣を拾い直してロザリアの傍まで駆け寄る。


「怪我はないか?」


「えぇ。ありがとうございます」


「これを使って縄を切って欲しい」


「分かりました」


 マテウスはロザリアに片手剣を渡すと、縄を切りやすいように片膝を着いた姿勢になって、拘束された両手を床に着く。彼女はその上から片手剣を当てて、理力解放。今度は男達が使っていた片手剣型装具、N&Pノーランパーソンズ社製ズィーデンブレードの力が正しく発揮されたようで、マテウスを拘束していた縄を溶かしたバターであるかのように、あっさりと切断させる。


 現代科学でいう所の高周波ブレードのような能力を発揮する強力な片手剣なのだが、振動数が使い手によって安定しないし、理力の消費量が高く接近戦闘用の武器に関わらず何度もカートリッジ交換を迫られるので、採用している者は少ない。


 これは余談であるが、特に不安定な能力に頼る戦闘をよしとしないマテウスは、着物少女との戦闘中も一切の理力解放を行なわなかった。突然切れるようになったり、切れなくなったりするぐらいなら、いっそなまくらなままの武器の方が扱いやすいとさえ考えていたからだ。


 マテウスを束縛していた縄が切れるのを見て、ロザリアはマテウス以上に安堵して、ホッと胸を撫で下ろすかのような仕草を見せる。彼女は大切な場面で何も出来ずに足を引っ張る事しか出来なかった自分に、少し嫌気がさしていた所だったので、この結果に救われた想いだったのだ。


「震えは止まったようだな」


 床を見詰めて固まっていたロザリアの両手を、包み込むように自身の両手を重ねたマテウスがそう告げる。ハッと顔を上げたロザリアとマテウスの視線が絡み合った。マテウスに観察するような眼差しを送られて、ロザリアは気まずそうに先に視線を反らす。普段なら有り得ない事だ。


「顔色も戻っているし、なによりだ。1人で歩けるだろう? まずはこの場から離れて皆と合流……」


「すいません。普段はあんな発言をしながら、肝心な時に貴方の足を引っ張ってばかりで……何一つお役に立てませんでした」


 心の内を素直に吐露するロザリア。今までのやり取りで彼女がどれだけ疲弊していたか……マテウスはまるで懺悔ざんげするかのような彼女の発言の中にそれを悟って、立ち止まってしまう。今は一刻を争う時だ。彼女を慰めている時間も惜しいのだが、それを今の彼女にそのまま伝えるのは、酷な話だろう。

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