不穏な火花その3

(冗談キツイぜ)


 心の中で舌打ちしながら、2人の着物少女と相対するマテウス。彼は風のように距離を詰めて来る彼女達を見比べるが、その一瞬で見つけられた分かり易い違いは、ただ1点。オリジナルの彼女が2刀流だったのに対して、2人に増えた着物少女はそれぞれが左手に短刀を持つ者と、右手に短刀を持つ者とに分かれているという事だ。


 彼女達は左右からマテウスを挟み込むように移動して、同時に斬りかかってくる。マテウスはそれを銃と片手剣を使ってさばいた。だが、彼女達が繰り出すのはなにも短刀による攻撃だけではない。右短刀で突きを捌かれると同時に、空いた左手でマテウスの左肘裏へ掌打を突き上げたり、マテウスの片手剣を左短刀で捌きながら潜り込むように身を沈めながら背後に回って、足払いを放ったりと、鋭い体術までも織り交ぜながらマテウスを追い詰めてくるのだ。


 だが、そんな苛烈な攻撃に対しても彼は冷静だった。左肘裏への掌打は、右短刀を抑え込みながら腕を少しだけ引く事で衝撃のポイントを前腕にずらして受け止めて、背後からの足払いは右足裏で受け止めて、その衝撃を利用して前へと踏み出しながら体を反転させて、再び2人と正面から向かい合う。無理に回避するではなく、被害を抑える最小限の動きにてっして、次の攻撃に対して有利な位置取りをする。その繰り返し。


 2人の着物少女はそんなマテウスをなんとか崩そうと、フェイントを織り交ぜ、視界の外へと入れ代わり立ち代わりに位置を変えて攻撃を繰り返すが、安易なフェイントは潰され、逆に利用されて自身の姿勢を崩される。視界の外からの攻撃は、攻撃の際に生じる呼吸だけで軌道を読み切られて、打ち払われる……と、攻め手を失っていたが、強敵の存在に焦りが生じるどころか、久しくなかったヒリつくような戦闘に、楽しさすら覚え始めていた。


 彼女にそんな余裕が残されているのには理由がある。切るべき手札をまだ残していたからだ。目の前のマテウスがそれに対してどう反応を示すか。残された切り札をどのタイミングで披露するべきか。それらを考えながら立ち回るこのひと時が、彼女の心を弾ませるのだ。


 反面、マテウスに余裕はなかった。勿論、どんな戦闘であっても真剣な彼が、余裕を抱いて挑む事はないのだが、彼が着物少女2人を相手取っている間に抱いた不安材料は3つ。


 1つには、着物少女がまだ奥の手を隠しているのではないかという事。彼がそう思うのは、彼女が現状の不利を承知で戦闘を続けているように見えたからだ。それにも関わらず彼女が戦闘を続けるのには、戦況をひっくり返すなにかがあると、彼は踏んでいた。勿論、彼女が力量差を体感出来ない未熟者であると、結論付ける事も出来たが、マテウスは戦闘中にそんな希望的観測をするような男ではなかった。


 2つには、着物少女達の後ろに立つ男の存在。銃型装具の口を、怒りか興奮か……震える手でもってマテウスへと狙いを定める、彼の存在を気にしながら戦う必要があったからだ。仲間を呼びに行かれると勿論厄介だし、着物少女を巻き添えにするつもりで撃たれるのも厄介だ。そしてなによりも……


 マテウス達3人の戦闘に巻き込まれないように少し距離を取りながら、ジリジリと部屋の奥……ロザリアへと近づこうする血盟団の男。マテウスは着物少女達2人と戦いながら、部屋に置かれていた椅子を蹴り飛ばして男の動きを牽制するのだが、それも大した時間稼ぎにはならない。


 もういっそ着物少女の戦闘に集中して、こちらから仕掛けるべきかとも思うのだが、着物少女の隠し持つ奥の手の気配に大胆な動きを取れないでいた。


 そうしたマテウスの葛藤の隙間を縫うようなタイミングで、最初に動いたのは血盟団の男の方だった。彼がこの場の中で、1番辛抱強くなかったと評すべきかもしれない。そしてそれは偶然だったが、着物少女の攻撃と上手く同調していて、マテウスに男を止める術がなかった。


 この事態を仕方がないと一瞬で切り替えたマテウスは、着物少女達の攻撃に対して、急激に拍子を変えた攻めで返す。従来のマテウスの動きに慣れ始めていた着物少女には、先程まで慎重だった筈の男が、突然に身を危険に晒すような攻めを見せるとは想像も付かなかったようで、奥の手を出すタイミングを完全に見誤ってしまう。


 攻めと守りの応酬おうしゅうではなく、お互いがお互いの急所に狙いを定めて、その僅かな差を競うチキンレースのような刹那せつな。そんな戦闘において、着物少女が見せた感情の揺らぎは致命傷であった。


 マテウスの剣と銃型装具の理力解放が、僅かに先に届く……戦っている2人がそれを共通に理解し、着物少女が死を、マテウスが勝利を、それぞれ確信したその瞬間に、その声は響いた。


「そこまでだっ。武器を捨てろっ!!」


 マテウス右手の片手剣が、左手に短刀を握る着物少女の首筋を。マテウス左手の銃型装具が、右手に短刀を握る着物少女の額を。そして、着物少女の左手の短刀がマテウスの首筋を。着物少女の右手の短刀がマテウスの心臓を……それぞれが互いの命を貫く寸前ながらも、血盟団の男の声に反応してピタリと静止していた。


「動けばこの女を殺すぞっ! 早く武器を捨てろっ!!」


「偶々居合わせた赤の他人がどうなろうと知った事か。お前の方こそ、この女が殺されたら困るんじゃないのか?」


 後ろからロザリアを左腕で抱えて、彼女のコメカミ辺りに銃型装具の口を押し当てる男は、興奮した様子でそう続けるが、マテウスは強い口調でそう返した。マテウスのそれはただのハッタリではあったが、男の銃口がせめて自身に向けられれば、どうにか出来る自信があるが故だった。しかし、首筋に片手剣を押し当てられている着物少女が、それを看破する。


「安いハッタリだぜ。その言葉が本当なら、最初の機会にオレを追い詰める事が出来た筈だろ。オレには構うなっ! 女を殺せっ!!」


まるでチンピラのような乱暴な口調。しかし……


「その体つきと声は女だな。しかも若い。散るにはまだ早そうだ。いいのか? 俺はそんな赤の他人とこの女、2人が同時に死ぬ事になっても一向に心が痛まんぞ?」


「はぁ? オレが女だろうが、男だろうが、テメェの急所をこの距離から貫くのに関係ねぇよな? さぁ、女を殺せっ! コイツはオレが必ず殺すっ。刺し違えてでも、必ず殺してやるっ! だからオレに構わず、コイツの前でその女を殺してやれっ!!」


「うるせぇぇ~っ!! 黙ってろっ! 俺が決めるっ。てめぇらじゃねぇ! 俺が決めるんだっ! そこを間違えてんじゃねぇぞ、この野郎っ!!」


 向けろ。銃型装具をこっちへ向けろ……マテウスは着物少女2人の動きを封じたまま、その機会だけを待つ為に、ジッと男の動きを視界の隅に捕らえながら注視していたが、その際に偶然にロザリアと視線が絡み合う。


『……まだ諦めていないんだろう? 子供の事を』


 普段の底が見えない余裕のある表情ではなく、人らしく死に直面すれば誰もが抱くであろう絶望と怯え。その中でも一筋の救いを求めるような青ざめた表情を浮かべるロザリアを見て、マテウスは自分が彼女へと送った言葉を思い出していた。


(……そうだな。まだ死ぬ訳にはいかないよな)


「分かった。武器を捨てよう。だから、彼女の命だけは助けてやって欲しい」


 緊迫した空気を終わらせる静かな宣告が、マテウスの口から零れた。彼がゆっくりと武器を下ろすのを見て、勝ち誇った顔を浮かべる血盟団の男。それらを見比べて、着物少女は覆面の下で詰まらなそうに舌打ちをした。


「チッ……興覚めだぜ」

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