第四章 崩してまた積み重ねて
プロローグその1
―――約2週間後。王都アンバルシア北区、赤鳳騎士団訓練所内
早朝にも関わらず賑わっている訓練所で、その一角だけは張り詰めた空気を帯びていた。少し膝を落として大剣を構えているマテウスに相対して、ジリジリと距離を詰めていくエステル。迫っているのはエステルであるにも関わらず、体には既に幾つもの
一方マテウスは涼しい顔で周囲にも、視線を配るくらいには余裕があった。エステルの背後の方に目を配れば、そこにはフィオナとヴィヴィアナが2人で軽く打ち込みをしては意見を交換し合っているし、右側へと視線を動かせば、アイリーンとパメラが腰を落として新作の靴型装具の履き心地を確認している。
視界に捉える事は出来ないが、マテウスの背後ではレスリーが1人で訓練をしている筈だ。少し時間が早い事だけを除けば、普段通りの訓練風景の一幕。
マテウスがエステルを視界の中央から外した瞬間、エステルは好機とばかりに
想定外の衝撃に大きくよろめいたエステルに詰め寄って、マテウスは大盾に向かって肩から体当たりを決めてその堅守を強引に弾き飛ばすと、彼女の両足を刈り取るように大剣を振るった。
「アウッ!?」
ビタンッと激しい音を立てて上半身から叩き付けられたエステル。マテウスは追撃に
「ふぅ……毎回毎回、力加減に苦労してるのを分かって欲しいもんだがな」
エステルには聞こえていないと分かっていても、マテウスは愚痴るのを止められなかった。最初の約束(マテウスを打ち倒して、父との因縁を洗いざらい吐かせるというもの)以来、訓練の合間合間を使ってはエステルとの決闘の相手をさせられているマテウスだったが、1度決闘に入ると彼女は非常に諦めが悪いので、こうして意識を奪う事でしか終わらせられないのである。
装具の能力は互いに使用しないという条件下での幾度もの決闘の結果は全て、ごらんの通り手加減したマテウスにすら勝機を見出せない状態だが、繰り返す度にエステルの現状の課題が浮き彫りになるので、案外マテウスとしても重宝している時間だった。
マテウスは普段通りにエステルを担いで、訓練所外の木陰……今はレスリーが座っている場所の隣へと運んでやって下ろしてやる。レスリーはそこで初めてマテウスの存在に気付いたようで、ビクッと体を震わせながら顔を上げた。
上げられた顔には騎士団査定の時の包帯は既に外されており、左頬には目立たないながらも浅く傷跡が残っている。そして、彼女の両手にはそれぞれ小石が2つずつ。計4つの小石が握られていた。
「しばらくすれば起きるだろう。ここで休ませてやってくれ。君も余り
「は、はいっ。すいませんっ」
励ましたつもりだったんだが……と、マテウスは自身の声の掛け方を振り返りながら、レスリーの手元の小石へと視線を落とす。彼女が握る小石は
この練習では、複数の小石の内、1つだけの小石に理力を流さなければ互いが干渉を起こして発光しないので、理力の流れをコントロール出来ているかが一目瞭然になるのだ。
身体能力が高く、見稽古が得意なレスリーだったが、装具の扱いに関しては苦労しているようだ。幼い頃から色々な
装具の理力を引き出すのに必要な力は才能による所が多いが、レスリーが練習している内容はそのコントロールで、これは経験による依存が高い。だから……
「そんなに慌てるな。まずは2つぐらいから時間を掛けて基礎を積んだ方がいいぞ」
「す、すいませんっ、すいませんっ。その……はい、そうしますっ」
(周りが周りだからな。慌てる気持ちは分からんでもないが……)
マテウスは木陰に寝かせたエステルの頭や、酷く痣になった部分に、冷やした水で湿らせた布を当ててやりながら背後を振り返る。視線の先では、アイリーンが丁度新作の靴型装具を履き終えた所だった。つい昨日、ヴァーミリオン社営業部のナンシー・ロウが持って来たものだ。
アイリーンは立ち上がると、靴の履き心地を確認するのにそれぞれの足で地面を踏み慣らした後に、軽く垂直飛びを繰り返す。パメラと2、3会話をしてから訓練所の方へと移動。そこでなにをするつもりか見詰めていたマテウスの視線に気づいたのだろう。両手を大きく振りながら笑顔を向ける。
「お~いっ、マテウス~ッ。見ててねっ!」
マテウスが制止しようとした時には、既にアイリーンは軽い助走を終えて地面を全力で蹴り着けると同時に理力解放を終えていた。初めての靴型装具の扱いとは思えない跳躍だ。ゆうに6mは飛び上がっている。
「たか~いっ! 気持ちいいぃ~っ!」
「アイリッ! 着地の仕方は知っているのかっ!?」
「えぇっ? そういえば……」
跳躍の頂点で仰向けになって空を仰ぎ、無重力状態のように浮かんでいたのも束の間、重力に逆らえる訳もなく背中から自由落下を始めたアイリーンに向かって、マテウスは全力で駆け寄った。
彼女の落下予想地点まで駆け抜けて、両手を差し出して衝撃に備えるが、その直前でマテウスの眼前を大きな影が一陣の風となって横切り、アイリーンを
「パメラッ……ありがとう」
「いえ。お怪我はございませんか?」
「うん。どこも痛くないよ」
お姫様のようにして(実際、お姫様なのだが)パメラの両腕に抱えられたアイリーンは、彼女の方からもギュッと抱き返して笑顔を返した。そんな微笑ましいやり取りを終えるのを待ってマテウスは2人歩み寄ると、パメラの腕から下ろして貰ったアイリーンの方からも、彼へと駆け寄っていく。
「どうだった? マテウス。私、初めて使ったんだけど見ててっ……ちょっ、痛いよっ」
「真面目な話だ。聞いてくれ」
アイリーンの両肩を強く掴んで怒りを押し殺したような剣幕のマテウスに、彼女は小さく頷きながら、はい、と声を返した。
「装具を扱う前には、俺に相談してくれ。どんな装具を扱うにせよ、安全確認を怠ったり、理力解放の手順を間違えば、使用者本人が怪我をする。死亡事故の事例だってあるんだ。実際に今、君は死にかけたんだぞ? 分かってるのか?」
「そんな、大げさな……」
「あの高さから地面に叩き付けられて、無事ですむ筈がないだろうっ? パメラがいなければどうなっていたか……」
そこまで言いかけて、マテウスは視線に気づいて言葉に詰まった。パメラの殺気を帯びたような視線、フィオナやヴィヴィアナ、レスリーが見せる何事かという視線。そして、アイリーンの見せる反感と怯えの詰まった視線に。
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