エピローグその2

 巨漢の男マックスが、相棒の天然パーマ男スパイクと、揃いのデザインをした皮ジャケットの懐から、くしを取り出して自慢のモヒカンを撫でつけながらドリスの前まで出ようとするが、通路が狭くてスパイクと肩がぶつかり立ち往生する。


「おう、スパイク。ちょっとどいてろよ。尾行が下手なお前に代わって俺がコイツの相手してやっからよ」


「さすがに聞き捨てならねぇわ。声を出したお前のが先に見つかってっからね?」


「まぁよしんば俺が先に見つかったとしても、俺の方が尾行が下手な理由にはならねぇよなぁ?」


「お……おう? お? いや、なるだろっ。なに言いだしてんの? お前」


「ねぇ。私も暇じゃないの。道化師ピエロなら道化師らしく、舞台に帰りなさい。怪我をする前にね」


 2人の会話を遮るようにドリスの刺々しい言葉が路地裏に響く。2人は少しの間押し黙ったが、ニヤニヤと口元を緩めながら再び2人して口を開きはじめる。


「ぶっ、舞台に帰りなさい……だってさ」


「スパイク、それ以上はやめとけ。怪我をする前にねっ……キリッ」


「「ガハハハハッ!!」」


 ドリスはその挑発に乗った訳ではなかったが、腹を両手で抱えて、顔を上に向けて大きく笑う2人の視線が自身から切れたので、それを好機ととらえて一足飛びに近づいた。


 先に狙ったのは手近だったスパイクと呼ばれていた天然パーマの男だ。ドリスは担ぐように掲げた上段から袈裟切りに大剣を振り下ろすが、その切っ先がスパイクを捉える間際でタレンズィーガ―に阻まれる。


(ギガントオウガ……理力解放インゲージ


 だが、ドリスにとってそれは想定内であった。そして彼女が大剣を理力解放させたと同時にその剣筋と大剣からは想像も出来ない程の圧力がしょうじて、スパイクを押しつぶそうとする。


 それはスパイクにとっては予想外の1撃であったにもかかわらず、彼は咄嗟とっさに身体だけを引きながら、鉤爪ダレンズィーガ―を使ってドリスの剣撃を受け流した。


「ひぇっ!? ちょっ」


 地面へと向かって振り下ろされた大剣ギガントオウガが、先程までスパイクの下半身があった場所を切り裂いて石床に深い爪痕を残して突き刺さる光景を見て彼は思わず声を漏らした。


 1撃を受け流しただけで、まるで巨大なハンマーを受け止めたかのような手応えが手首に残るが、そんな重さの大剣が地面に突き刺されば、素早く引き抜くのは至難。そう考えた彼はすぐさまに踏み込みながら鉤爪を横薙ぎに振るった。


 しかしその1撃は、深々と地面に突き刺さっていた大剣を、軽々と右手1本で引き抜いたドリスによって阻まれる。彼女は大剣を細剣フルーレのように操って鉤爪を受け流しながら再び両手に持ち替えて、返す刃で2人まとめて刈り取るように真一文字に切りつけた。


 いくらドリスの体格がいいとはいえ、女が右手一本で振り回せる重量の武器ならば、スパイクはそれを鉤爪で受け止める事も出来る筈だが、理屈よりも自らの嗅覚に従って、えて彼はそうせずに、自身の背後に立っていたマックスの首根っこを掴みながら、身をすくめるように大げさなバックステップでその攻撃を避けた。


 マックスの出っ張った腹を掠めながら、大剣の切っ先が風を切って建物の壁へと突き刺さる。しかし、その隙もつかの間。やはりドリスは軽々と大剣を右手一本で壁から大剣を引っこ抜くと再び上段に構え直した。


「おうっ、スパイクッ、見ろ。俺の腹がっ、腹が~っ!!」


「あぁそうだな、切れてるな。お前のそこら辺はどうせ脂肪だけなんだから、いっその事もっと切って貰えよ。つか手首がいてぇ~。マジおっかねぇなこの女、いきなり切りかかるか普通。死んじゃうってマジで」


 ドリスは騒がしい2人の様子を観察する。彼女は迷っていた。あの鉤爪で何度か刺されれば無数の刺し傷が出来上がるだろう。そう考えると噂の連続殺人事件と彼等とを関連付けて考えても良さそうではあった。だが、噂の連続殺人事件の被害者は今まで貧民街の人間に絞られていたし、なにより……


「はっ? 俺の腹にどんだけの資産価値が詰まってるか知ってんの、お前? つかスパイク、お前が受け止めねぇからこんな事になったんだぞ?」


「おっ? なんなら切り売りして市場価格だしてみっか? 手伝うぞ、コラ。つか、あんな重い大剣が受け止められる訳ねーだろが、馬鹿」


「あぁ!? あの女は右手一本で振り回してるじゃねぇか。それともあれか。あの女の中身はゴリラかあ異形アウターか、みたいな話か? 初対面の女に失礼な奴だな、お前。一緒に謝ってやるから土下座しとけ、DOGEZA。ちょうどお前がやってる所すっげー見たかったんだよ、俺」


「ちげーんだよ、マックス。多分、あれだ。多分あの大剣、重さを自由に切り替えれるタイプの装具だ。多分」


「多分が多いんだよ、おめーよ。つまり、あれか? 体重を自由自在に変えられる的な? ……なにそれ。見た目の割に女子力高いじゃねぇかっ。パフェとか好きそう」


「それなっ。タッパはゴリラみたいな癖にな? 食べた後に後悔しちゃったりなんかするタイプ?」


「「ウケるわ~っ」」


 こんなにも騒がしい2人組の犯行で、今まで犯人の手掛かりすら掴めなかった事実に疑問が残った。もしかしたら、まだ首謀者のような背後がいる可能性、それともこの憶測は全くの見当外れで、彼らはドリス個人、もしくは白狼騎士団としてのドリスに恨みのある相手という可能性……それらを天秤に掛ける。


(それにしては、恨み……って感じがしないのよね)


 未だに2人でくだらない冗談を言い合ってヘラヘラと笑っているスパイクとマックスを見て、このまま善良な目撃者が現れるまで防戦で粘っても良かったが、そうなった時に彼等に逃走を選択されると、移動補助系装具のないドリスには彼等を追いかけるすべがない。


 自身の為にも、騎士団の為にもここで相手の真意を明確にしたい欲求に駆られたドリスは、再び大剣を理力解放させながら1歩踏み込んだ。


「また来やがったっ!」


 声を発しながら身構えたのはスパイクだ。装具のネタが知れてしまえば、意表を突かれる事はない。あの重量で複雑な剣筋は不可能だ。1度目の剣撃を受け流した時の重さを想定して、打ち払い、自らの間合いに寄せる。


 そう考えて、振り下ろされた大剣に迎えるように右腕の甲を伸ばすが、ドリスの一撃はまるで鉤爪を舐めるように触れるだけで回避して、その刃は纏わりつくようにスパイクの右手首を狙って下から切り返される。


「ほおっ、ひぃっ!?」


 スパイクは予想外に複雑な剣筋に再び情けない悲鳴を上げて、手首を軽く切り付けられながらも、上手く鉤爪を返してドリスの斬撃を受け止める。彼女の斬撃は細剣を思わせるようなしなやかさと鋭さをあわせ持ち、スパイクの腕や足を削るようにひらめく。


 だが、スパイクとてそれなりの使い手。1撃1撃がこれ程に軽ければ、その鉤爪を使って強く剣を打ち払って間合いを詰める事が出来る。ドリスが袈裟切りに大剣を振り下ろしてきたタイミングで、下から爪で絡め取って弾き飛ばそうと右腕に力を込めて振り抜こうとした瞬間……これを待っていたかのように大剣はその重量を変えた。ドリスが大剣を理力解放したのである。


 大剣を絡め取ったはいいものの、右腕一本で大槌のような重量を支えられるわけもなく、大きく体勢を崩して右腕ごと地面に叩き付けられそうになるスパイク。彼は咄嗟の判断で鉤爪ダレンズィーガ―を理力解放させた。


 全ての爪が矢のように射出されて地面に突き刺さる。それと同時に右腕を引いて大きく崩された体勢を戻そうと、滑るように後ろに下がろうとした。


 しかし、ドリスの攻勢はまだ続く。地面に突き刺さった大剣を左逆手に持ち直して、大剣よりも右前方に大きく左足を一歩踏み出すと、体を回しながら大剣を引き抜くと同時に右中段回し蹴りを放った。スパイクは左腕を立ててこれを防ぐが、体勢を崩していた為に大きくよろめいて壁に叩き付けられる。


 ドリスは振り抜いた右中段回し蹴りからの流れるような動作で、自らの身体を回しながら大剣を両手に持ち直して、壁に叩き付けられて顔を下に向けているスパイクの視界の外、上段から彼の頭部に向かって必殺の1撃を振り下ろした。

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