仄暗い胸懐の声その2

 挨拶を終えるとマテウスは、赤鳳騎士団寮内の応接室にナンシーを案内する。レスリーに会って来客を伝えると、オフにも関わらず寮内の掃除をしていた彼女は、作業の手を止めて紅茶の用意を始めた。


 役目を終えたヴィヴィアナは自室で本の続きを読むと姿を消す。マテウスの希望としては応接室に残るのは、彼とナンシーとの2人だけになって、いよいよ話の本題に入りた所だったが……


「あの……彼女は?」


 現実としては、2人にそっぽ向いたままマテウスの横に陣取って動こうとしないアイリーンが存在していた。アイリーン本人から一切の説明が望めない様子なのがナンシーにも見れば分かるようで、困惑したような顔でマテウスへと質問する。


「彼女の名前はアイリ。この赤鳳騎士団に所属する騎士の1人です」


「騎士団査定の時には、お姿を見かけませんでしたが……」


「それには色々明かせない事情がありましてね。申し訳ない。アイリ……挨拶ぐらいしたらどうだ?」


「……アイリです。よろしくお願いします」


 全然よろしくお願いする気のない声色のぶっきらぼうな挨拶。どうやらまだ機嫌は直ってないらしいとマテウスは判断したが、ナンシーは違う解釈で捉えたらしい。


「2人の時間をお邪魔したからかしら?」


「あぁ、俺達は別にそういった関係では……」


 マテウスがそこまで言い掛けた所で、アイリーンはナンシーに見えない角度で、マテウスの太ももを鋭くつねる。マテウスにとって彼女の握力では大して痛くもないのだが、やられたままでいる理由もないので、報復行為としてアイリーンの腰の後ろへと手を伸ばして触ってやる。


「ひぁゃいんっ!」


「ひぁゃいん?」


 自身から漏れた声に驚いて、両手で口をおさえながら顔を赤らめるアイリーン。それをナンシーは不思議そうに首をかしげながら、マテウスは涼しそうな笑顔を浮かべながら、見詰めていた。


 だがそれから後、赤く染まったままの顔を反らしながら、ますます意固地にマテウスから少しだけ距離を取って座り直すアイリーンを見て、彼は少し失敗したなと反省する。


「アイリ。俺は彼女と大切な話がある。悪いが席を外してくれるか?」


「……それって、赤鳳騎士団にとっての話?」


「そうなるな」


「それなら、ここに残ってる。私にだって聞く権利がある筈だわ」


 この言葉にさてどう言い返したものかと考えたマテウスだったが、赤鳳騎士団の雇い主は間違いなく彼女で、なにを決めるにしろ最終的な判断は彼女に仰がないといけない事をかんがみると、確かにこの場にいてもらった方が手っ取り早くはあるなと、考え直すに至る。


「申し訳ない、ナンシーさん。そういう事なので、同席を許して欲しいんですが」


「はい、大丈夫ですよ。関係者の方ならば、此方としては問題ありません」


「ありがとうございます。では、本題に入りましょうか……」


 そうして2人が会話を始めるのを聞いていたアイリーンだったが、会話の内容がなかなか頭に入ってこなかった。自分の為に作られた筈の赤鳳騎士団を使って、マテウスが自分の知らない女性と話している……そう考えただけで胸の内がモヤモヤとする。


 その上に、騎士団査定の折にも別の女性と話していた事を思い出して、モヤモヤに更なる拍車を掛けていた。そんなアイリーンの内心を置き去りにして、2人の会話は続いていく。


「これは私の勉強不足なのかもしれませんが……そもそも御社はどのような下位装具ジェネラルを扱っているんですか? 恥ずかしい話、ヴァ―ミリオン社という会社を私は聞いた事がなくて」


「いえ。下位装具ジェネラル事業への我が社の参入は初めての事ですので、仕方のない事かと思います。元々我が社は女性向けの製品を専門にしていまして、マテウスさんとは縁遠いかもしれませんね。アイリさんなら御存知ではないで……」


 ナンシーはそこまで喋りかけて、紅茶セットを携えて入室してきたレスリーの顔を見てギョッとした表情を浮かべる。マテウスはアイリーンの方向を向いていたのでそれに気づかなかったが、アイリーンはそれを見ていた。


 多分、レスリーの顔に巻かれた包帯に驚いたのだろう、と胸の内で解答を出す。それに彼女は今、それどころではなかった。


「アイリ、知っているか?」


「……えっ? なに?」


「なにって。話を聞いていなかったのか? ヴァ―ミリオンという会社の事だ。というか君は、なにを笑っているんだ?」


 マテウスがアイリーンの顔を見ると、彼女は込み上げる笑いを無理矢理堪えているようななんとも言えない表情を浮かべていた。その表情の理由は、久々に聞くマテウスの敬語が似合ってなさ過ぎてアイリーン的にツボだっただけの事なのだが、流石にそれをそのまま口にするのは気が引けたので、彼女は誤魔化す事にする。


「な、なんでもないわよ……えっと、ヴァ―ミリオン社だっけ? うーん……ごめんなさい。私も知らないわ」


「そうですか。残念です」


 アイリーンの言葉に残念と零しながらも、素直に返事を貰えた事にむしろホッとするナンシー。マテウスはそんな彼女よりも、紅茶を注ぐレスリーの手が止まった事に目を奪われる。どうやら思い当たる節があるようで、ハッとした表情で顔を上げて口の中で小さくヴァ―ミリオンという名前を呟いていた。


「なんだ? レスリー。知っているのか?」


「えっ? あっ、その……はい。女性専門の服飾関係を中心に取り扱っている会社……ではないでしょうか?」


「はい、その通りです。その他にもアクセサリーやバッグ等のファッション雑貨から靴まで、10代から20代後半の女性を主なターゲットにしたレディースファッション全般を取り扱っております」


「そうですか……よく知ってたな? レスリー」


「あのっ、その……マテウス様は、本当に……その、覚えてらっしゃらないのですか?」


「……なんの事だ?」


 マテウスがなんの事か本気で理解出来ない、そんな表情で尋ねると、レスリーは少し悲しそうに顔を俯かせる。ただ彼女は、その理由を説明しようとしないまま……いえ、なんでもありませんと会話を切って、ティーセットをテーブルの端へと移動させた。マテウスは、その様子が少し気になったので再度質問を繰り返そうとしたが、それよりも先にアイリーンが口を挟んでくる。


「マテウス。私、それよりも先の話が気になるんだけど」


「あぁ、分かったよ……しかし、レディースファッションですか。それがどうして突然に下位装具事業へ展開するような話になったんですか?」


「突然という訳ではありません。元々社内で話は進んでいた事なんです。装具といえばどうしても武器や兵器といったイメージが先行しますので、男性が扱うモノという認識になりがちですが、身を守る為の護身用のモノならば、女性にだって必要な筈ですよね?」


「確かにそうですね」


 マテウスは言いながらアイリーンの胸元で紫水晶のような輝きを放つ、高潔な薔薇ローゼンウォールを見やる。王族の為の上位装具オリジナルワンであり、破格の理力の障壁を展開するそれは、護身用と呼ぶには少し違うかもしれないが。


「ですが、世に溢れる装具はどれも男性用の装具が殆ど。稀に女性用の装具はあれど、デザインが男性用の流用で、女性が身に纏うには抵抗がある品ばかり……だから、私どもの会社がそれを作ろうというのがこの事業展開の狙いです」


「そうですか。しかし、コトはそう簡単に運ぶんですか? 理力付与技術エンチャントテクノロジーは一朝一夕のモノじゃない。量産化する為のラインを用意するのだって大変でしょう? それに我々が必要としている装具は護身用ではなくて、王女殿下をお守りする為の装具を必要としているんです。その為のクオリティを、御社は満たせるんですか?」


 マテウスは晴れない疑念をそのままナンシーに対してぶつけるが、彼女はその質問を待っていましたとばかりに、満面の笑顔を返すのだった。

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