第三章 抱えゆく選択

プロローグその1

 ―――約1ヵ月後、昼。王都アンバルシア北区郊外、バンステッド闘技場


 地鳴りのような歓声が上がった。闘技場中央に設置され、鉄柵に囲まれた大型リングの中央に立つ大男が、右手に自らが仕留めた異形アウターの生首を掲げながら、勝鬨かちどきを上げたのに呼応して、更に歓声は跳ね上がる。


「「ラングレーッ! ラングレーッ! ラングレーッ!」」


「ウォォオオォォォォォォォォオオオオオーーーーーッ!!」


 右手に生首を、左手に血に濡れた大斧を掲げる野蛮な姿。ボサボサに跳ねた茶色の長髪を振り乱しながら、手入れなく伸ばし放題に髭を生やした口を、大きく開いて歓声に応える姿は、人間と呼ぶよりも野獣と呼ぶに相応しい。


 観客の視線を一手に集める野獣、ラングレー・オルセン。しかし、マテウスの視線の先はそれと別方向にあった。戦いの終わった大型リングとは、別の場所に設置されたリングで続く戦いの、一部始終から目を離せないでいたのだ。


 口や表情にこそ一切出していなかったが、マテウスの内心は気が気でなかった。なにせ彼の視線の先で戦っているのは、彼の教え子達の4人。晴れて王女アイリーンに仕える騎士団として、歩き始めたばかりの者達だからだ。


 第3王女親衛隊という仮称から、エウレシア王国旧来の慣わし通り(実在問わず生き物の名前を王より授かる慣習)、新たに赤鳳せきほう騎士団という名を女王ゼノヴィアより拝命しはしたものの、結成僅か1ヶ月程度では、大層なその名に見合う力が付く筈もなく、マテウスをハラハラさせるような綱渡りの戦いを、異形相手に繰り広げていた。


黒羊毛こくようもう騎士団のオルセン伯は流石だな」「それに比べて赤鳳騎士団は……」「王女殿下のたわむれも、程々にしてもらわんとな」「あぁ、これでは逆に民心が離れかねん」


 一般に開放された観客席とは違い、マテウスが座るこの場所は、参戦騎士団の関係者席。聞こえよがしの陰口も、彼の耳によく届いた。だが、その内容の全てを否定しきれない光景が、目の前で繰り広げられていては、彼も反論を述べる余地を持たなかった。


(まぁ、そもそも俺も参加には反対だった訳だったんだが)


 この闘技場で行われているもよおしの発端は、先の事件にあった。王都アンバルシアに突如として姿を表した異形、カヴァテット。あの夜にその姿を目撃した者は多く、議会が緘口令かんこうれいを敷くその前に、王都全土にその噂が広まってしまう。


 いわく、昨今の異形狩りに怒りを覚えた個体の復讐だ。曰く、大挙して異形が襲い掛かってくる前兆だ。曰く、既に王都のどこかに無数の異形が隠れ潜んでいるのだ……等々、尾ヒレの着いた噂の数々は、議会でも議題に上るにまでに、なってしまっていた。その対応として行われたのが今回の催し、騎士団査定の公開だ。


 そもそも騎士団査定とは、国から援助金を与えるべき騎士団の査定と技術交流を目的とした行事で、女王の御前で騎士団同士の模擬戦や軍事演習等を行わせるのが本来の姿である。他にも装具製造企業関係者達が自身のブランドを、どの騎士団に提供するかを選ぶ為の場でもあり、全ての騎士団にとって運営予算を得る為の重要な行事であった。


 そんな重要な行事ではあったが、議会の提案で今回に限り、異形と騎士団とを戦わせて、その姿を一般公開しようという試みに至ったのだ。


 その目的は大きく2つ。異形相手に騎士団達の勇猛な戦いぶりを見せつけて、国民から異形に対する不安を取り除く為。そして、注目すべき娯楽を提供する事で、不安をあおるような噂がこれ以上広まる事を防ぐ為である。


 ゴシップに勝るのは、新しいゴシップだ。普段は公開されない騎士団査定で、存分に活躍する騎士達の姿を積極的に広める事で、過去の噂を打ち消そうというのである。


 そして議会の狙い通り、騎士団査定開催から2日目の客席も、満員御礼で反響は上々。王都全体は、それどころではない一部の者達を除いて、エウレシア王国祭を彷彿ほうふつとさせるような、お祭り気分である。未だに異形の侵略を恐れる、終末思想を口にする者の姿など、皆無であった。


 しかし、結成したばかり赤鳳騎士団にとってはいい話ではない。彼女等だけで異形を相手するのには、余りにも準備期間が少なすぎたのだ。それがマテウスの判断であり、騎士団査定を見送ろうとした最大の理由だった。だがそれも、エウレシア王国内の騎士団は強制参加と、議会からの厳命があれば是非もない。彼は短い時間の中で伝えられる全てを伝えて、彼女等を送り出すより選択肢がなかった。


「よぉよぉ。今も昔もシケた面が変わらねぇなぁー……まぁ、あの戦いぶりじゃ仕方もないか」


 マテウスに向けて掛けられた、酒に焼けた枯れ気味の声。振り返らずともその相手が分かったマテウスは、赤鳳騎士団と異形との戦いに注視したまま顔を動かさない。相手はその反応を見て、つまらなそうに舌打ちしながらマテウスに歩み寄り、勝手に彼の隣に腰掛ける。


「なんかいえよ。つまんねぇ奴だな。相変わらず」


「今は忙しくてな。用があるなら後にしてくれないか? カルディナ」


 彼女の名はカルディナ・ベルモンテ。このような荒々しい口調。180cm近くの大柄な身長。隙無く鍛え抜かれた筋肉質な体躯……ではあるが、着崩した白狼はくろう騎士団の制服から覗く、太ももや開かれた胸元が、紛れもなく彼女が女である事を示していた。


「適当な事いいやがって。座ってるだけじゃねぇか」


 そう口にしてカルディナは、固めた拳でマテウスの腹部を軽く叩く。同時に片手大の容器に入れた液体をゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干し、首筋程度まで伸びた後ろ髪を揺らしながら、大きく息を吐き出した。それと同時にマテウスの鼻腔に広がる強い酒気が、その中身がなんであるかを知らしめる。


「飲むのはいいが、場所と量は考えた方がいい」


「アンタがアタシに口出ししてんじゃねーよ。それに、アンタと話すのに素面でいられっか」


 なら話し掛けてくれるなよ、とマテウスは言いたいところであったが、その言葉はなんとか、彼の口から発されずにすんだ。押し黙って、なにも答えを返そうとしないマテウスを一瞥いちべつして、カルディナは勝手に話を続ける。


「大体なんだありゃ? アンタ、あんなつまんない戦い方を教えているのか?」


「そうなるな。彼女達は良くやっているよ」


「同じ陣を繰り返して維持してるだけじゃねーか」


 彼女の言葉通り、赤鳳騎士団の戦闘は、見る者からすれば欠伸が出るように単純だ。赤鳳騎士団が相手する異形、ワイルドバイソンはバルアーノ領の平原に生息する、中型の異形だ。コケを思わせるような黒ずんだ深緑の体毛に覆われた、体長6m前後の大猪のような見た目に、筋肉で張り出した両肩口辺りから大きな角が前方斜め下向きに生えている異形である。


 見た目通り、体重を乗せた突進をされると、生半可な力では対応できない異形ではあるが、赤鳳騎士団はワイルドバイソンを囲むようにして陣取り、上手く注意を散らす事によってその足を止めて、体力をジワジワと削るようにして戦っていた。


 しかし、ワイルドバイソンを相手取る為だけに対策されたその動きは、見る者からすれば単調極まりないもので、他の騎士団達が異形共を華麗に切り倒していく姿と比べ大きく見劣りして、カルディナには勿論、観客達にとってもはなはだ不評のようだった。


「相手がワイルドバイソンだと知って、あれしか教えてないからな」


「にしたって、4人掛りでトロトロされちゃあ騎士団が泣くぜ。まぁいいぜ……そんな事より本題だ。あの盾持ちだよ。まさかと思うが……」


「そのまさかだ。まさかアマーリア家の紋章を見忘れた訳ではないよな?」


 マテウスとカルディナの視線が、赤鳳騎士団の盾持ち。ワイルドバイソンに最も接近して盾をかざし続け、突進の誘発を防ぎ、陣形の維持の中核を担う少女、エステル・アマーリアへと集まっていった。

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