鋭利なる罪状その3

 治安局の介入で、局面は孤児院防衛側へと大きく有利に傾いた。その動きにパメラが気付いたのは、今夜6人目の外敵を葬り去った時の事だ。彼女はこの戦闘中、1番激しい攻撃に晒され続けた、孤児院正面の入り口にずっと陣取っていた。


 孤児院を取り囲む柵に姿を隠し、身を低くしながらパメラへ向けて小銃型装具を乱射する、カナーン戦闘員。その攻撃のことごとくは彼女によって蜘蛛の巣のように張り巡らされた上位装具オリジナルワン死出の銀糸オディオスレッドを前にして、無力に四散した。その堅固な姿は、さながら結界のようであった。


 辛うじて結界の間を抜けた火球も、孤児院の家屋を無駄に傷つけるだけに終わる。カナーン戦闘員は一体なにが起こっているのかすら分からならかったが、パメラがなにも装具を持ってない事を確認(彼からするとそう見える)すると、その正面に躍り出て、距離を詰めようと動く。


 しかし、彼が結界に触れた途端、パメラの意思によって弾かれたように銀糸が動き、触れた肉を切り裂き、削ぎ落とす。まず最初に触れた足の脛が真っ二つに切り裂かれ、続けて崩れる身体を支えようと伸ばした両手、痛みに悲鳴を上げようとする顔が順を追って銀糸に触れ、切り刻まれる。既に致命傷を負った彼は意識を失って倒れ、倒れた拍子に何重もの銀糸の結界を発動させて、身体を肉片へと変えて絶命した。


 そうやって7人目を殺した後になってもパメラは、無策に命を投げ捨てた敵を嘲笑もせず、自らの戦果に微笑すら浮かべず、結界を淡々と張りなおすだけだ。そんな彼女の後ろ、孤児院正面扉の中から顔をこっそり覗かせたシンディーが辺りの様子を伺いながら近づいてくる。


「あの、パメラさん? もう、終わりましたか?」


「分かりません。ただ、マテウス卿の呼んだ治安局が到着した為に、敵がこちらに回す戦力が途絶えてしまったようです」


「そうですか……うぷっ、おぅぇーっ」


 会話が終わった途端、シンディーは今日何度目かの嘔吐をした。行き先の無い者達を受け入れる慈愛に満ちた孤児院の小さな庭が、7つの肉片を撒き散らした血臭漂う地獄へと変貌しているのだ。無理もない。


 閃光石で照らし出された瞬間の光景がシンディーの目に焼きついて離れず、薄暗くなった今でも臭いを嗅いだだけでその光景を思い出して、既に空になった胃袋から胃酸が込み上げ、また嘔吐してしまったのだ。


 シンディーはパメラにもう少し敵を生かしたまま捕らえるような加減が出来ないのかと問いかけたかったが、銃型装具を扱える程度の彼女では戦力にはならず、パメラに戦闘をまかせっきりにしてしまった事実があるので、口に出せずにいた。


「なんだこりゃ。ひでー光景だな……」


 次いで柵の向こう側の闇から姿を表したのはマテウスだった。彼はカナーン戦闘員を1人担ぎながら、のんびりとした声を上げながら辺りの光景に対して、顔をしかめる。ゆっくりと歩いて孤児院に近づいていたが、死出の銀糸が作る結界の存在に気付いて足を止めた。


「……流石に気付きますか」


「いや、気付かなかったらどうするつもりだったんだよ。とりあえず、これを解いてくれないか? もうカナーンは撤退を始めた。今は治安局の人間が掃討戦に入っている頃だ」


「分かりました」


 マテウスの言葉を受けて、死出の銀糸の結界を解くパメラ。肉片となった死体を踏まないように気をつけながら、マテウスは先にシンディーへと歩み寄っていく。


「犠牲者は出たか?」


「いえ。パメラさんのお陰で1人も出さずに済みました。予想より敵の数が多くて、避難などを優先していたら閃光石ソルライトを使う余裕も無かったので、最初は焦りましたが……」


「そうだな。間に合って良かった」

 

 マテウス達はこの時点で、カナーンが狙うべき標的をカールの娘エリーだけだと思っていたが、偶然にもカナーンが狙うべき標的4人がこの孤児院に集中していた為、相手戦力が集中してしまった事情を知らない。この偶然がなければエリー以外の標的は、護衛が着かず、カナーン襲撃の犠牲になっていただろう。


 そして、この偶然はエステルが起こした奴隷解放騒動に起因する。そもそもこの作戦の立案すら、エステルがしでかさなければ、マテウスは思い付きもしなかった事だ。勿論、この偶然がエステルの正義の証明にはならないが、彼女の判断がカナーンという組織を追い詰めたのは事実だった。


「ところでマテウス卿。貴方が担いでいる彼は誰ですか?」


「誰だからは知らんが、直接聞きたい事が色々あって連れて来たんだ。戦闘も終わりが近いようだし、もう俺が動かなくても大丈夫だろう。ここで始めた方が効果は高そうだな。シンディー、バケツに水でも入れて持って来てくれるか? コイツを起こしたいんだ」


「ここでっ!? 水は持って来てもいいですが……私は席を外してもいいですか?」


「君がいない間に、教会にとって重要な情報がコイツの口から零れるかも知れんが、それでいいなら好きにしてくれ」


 マテウスは地面へとカナーン戦闘員を下ろすと、パメラに指示を出して彼を後ろ手にして拘束する。当然口内の毒は既に処置済みだ。有無を言わさない様子で、淡々と準備を始めるマテウスに、シンディーは再び込み上げる吐き気を堪えながら眼鏡の位置を直し、孤児院の中へと踵を返す。


「うぅー……っ。この、完攻めっ、俺様っ! マテウスさんなんて、ソイツに掘られて死ねばいいですっ!」


「……不吉な捨て台詞はやめてくれよ」


 マテウスはシンディーの背中と、未だに意識の戻らない男とを見比べて、少し尻の穴が引き締まる思いだった。


 それから暫く後に、シンディーがバケツを抱えて戻り、マテウスの尋問が始まる。彼は最初にカナーン戦闘員の後頭部を鷲掴むと、バケツの中へと押し込んだ。


「ぶはっ! かはっ、けほっ……ハァッハァ……こほっ、コホッ! し、死ぬかと思った」


 カナーン戦闘員は激しく咳き込みながら、バケツの中から顔を上げる。自身の現状が分からぬままに辺りを見渡して、自身の後ろ手に縛られた両手、パメラ、シンディー、そしてマテウスの順に顔を確認した後に、辺りが肉片と血塗れの景色である事に気付いて、ヒッと低い声を上げた。


「安心しろ。大人しく協力してくれれば、お前をこうしたりはしない。質問していいか?」


「は、はい。言う、言うから……命だけは、助けてくれっ」


 マテウスはその願いに答えを返さないまま、神妙な顔を作って質問を始める。


「まず始めにお前達の指揮官の名前と、俺の事を知っているかどうかという事が確認したいんだが」


「指揮官の名前は知らない。そんな顔するなっ、本当だっ。俺達は皆、2人の事を教官と呼んでいたから……そうだっ、アンタの名前なら知っているぞ。アンタはマテウス・ルーベンスで、今晩のターゲットの1人だった」


「教官ね。外部から引き入れた、戦闘教官インストラクターが直接指揮まで取っているということか? まぁそれは後で詳しく探るとして、俺をターゲットにする理由……は、流石に分からんか。では、俺をターゲットの1人と言ったが、他にもいるって事だよな?」


「い、いる。この孤児院にいる4人のガキ……じゃなくて、子供。名前は知らないが、男が3人、女が1人。とりあえず、ここの孤児院を子供を皆殺しにしろって命令だった」


「4人? エミー1人じゃないのか……いや、そうか。正確な情報を得る時間がなかったから、重要参考人の可能性がある人物を全て狙ったのか……」


「マテウスさん?」


「なんだよ、そんな顔するな。悪かったよ。カナーンが他にも誘拐の真似事をしていたなんて、分からなかったんだ」


 シンディーの問い詰めるような顔に、マテウスは自分の作戦に不備があった事を認めた。マテウスがエミー個人の名前を、マクミラン商会を相手に出さなかった(正確にはシンディーに出さないように指示した)のは、エミーの名前を特定する為に再びカナーンとマクミラン商会を接触させる為の他、時間のある内にエミーが小さな子供であるという情報を与える事で、重要参考人としての価値がないのでは? と、罠を疑われる可能性を下げる為であった。


 しかし、前者は2人が事前に予想した通り人員の不足の為に困難で、監視と追跡に失敗。後者に至っては、カナーンが誘拐してクロップカンパニーと売買した者が、4人いた事実をマテウスは把握出来ていなかった。


 そういう意味ではマテウスの作戦は、あまり褒められた出来栄えではなかった。そしてそれはシンディーにも責任のある事だったし、それでも上々の成果を得る事が出来た事を喜ぶべきと判断したので、彼女もそれ以上の追及をしようとはしなかった。


「そ、それと最後のターゲットが、第3王女アイリーンだ」


「……どういう、事ですか?」


 皆がカナーン戦闘員の言葉に瞳を見開いて驚く中、真っ先に問い掛けを返したのは、今まで沈黙を保っていたパメラだった。カナーン戦闘員に近づき、その冷たく見開かれた両の瞳で相手を映し出す。


「どうもこうも、そのまんまさ。今俺達の別働隊がマテウス……アンタの兵舎を狙って、アイリーン王女を誘拐ぃぃっ! あぁっ! いぃてぇぇぇあぁあっっ!?」


 マテウスが口を挟む間もなく、カナーン戦闘員の右腕が切断された。シンディーの目にその瞬間は捉えられなかったが、パメラの仕業である事は疑いようもなかった。


 両手を縛られていた為に、切断された右腕を左手首に括りつけたまま、鮮血の噴き出す傷口を左手で抑えて痛みに悶えるカナーン戦闘員。パメラはその左手越しに傷口を抉るように右足で踏みつけて、地面へと貼り付けにしながら虫を見下ろすような視線を落とした。


「汚い口で何度もアイリ様の名を繰り返さないで頂けますか?」


「おい、パメラ。やりすぎだ」


 マテウスがパメラを止めようと伸ばした手を、パメラは振り返りもせずに振り払い、右足をカナーン戦闘員の喉へと踏み下ろす。耳を塞ぎたくなる程に、歪な音を立てて首の骨を圧し折られた彼は、息を引き取った。


 シンディーは視線を逸らして瞳を閉じるが、それでも瞼の裏に映し出された光景に、再び吐き気を覚えて両手で口元を塞いだ。マテウスは振り払われた手を引っ込め、溜め息を落とすだけだ。


 パメラは2人の反応になんの興味も示さず、死体を踏みつけにしたままツインテールの片方を縛るリボンを解いた。リボンの両端に埋め込まれた石……その1つ1つが彼女とアイリーンを繋ぐ、追跡石チェイサーになっているのだ。その1つに触れて理力解放インゲージさせた。


「アイリ様が移動しています。スピードからして馬を使っていますね。私はすぐに後を追いますので、他はお願いします」


「おい、待て。アイリは要人で、その誘拐がカナーンの目的だ。すぐには殺されないだろう。それより先に助けるなら、兵舎の……」


 マテウスの開きかけた下顎を、パメラの本物の殺気を乗せた、右ハイキックの爪先が掠める。実際に、マテウスが身を反らさなければ、彼の首は圧し折られていただろう。しかし、パメラのマテウスに対する攻撃はそれだけでは終わらない。


 続けざまに振り抜かれた死出の銀糸の一閃を、マテウスは後退しながら身を伏せる事で回避する。両手と両足で地面を弾き、パメラから距離を取って姿勢をただした。


「邪魔立てされるなら、貴方も敵とみなしますが……よろしいのですか? マテウス卿」


「よろしくはねーだろ。本気で狙いやがって。アイリは当然助ける。だが、緊急を要するのは兵舎の方だ。アイリが動いているという事は既に誘拐され襲撃を受けた後という事だ。兵舎の方で抗戦があった場合、誰かが負傷している可能性が高い」


「助けたくば御一人で、どうぞ御自由にになさってください。私には関係ありません」


「関係なくはない筈だ。彼女達はアイリの味方だし、力になってくれる」


「今、この時、力及ばないからアイリ様が誘拐されるような事態に陥ったのでは? アレ等の力が児戯じぎに等しい事ぐらい、貴方が1番よく理解しているでしょう? マテウス卿。そもそも、貴方の言葉をこれ以上信用する理由がありません。何故ならこれは全て、貴方の不用意な策が招いた結果なのですから」


 片方だけ解かれたパメラの銀の長髪が、風にいで揺れた。マテウスは膨大な怒りと明確な殺意をパメラから感じるが、こんな時ですら彼女の表情は微塵みじんも崩れない。


「そして貴方に踊らされ、アイリ様から目を離したのは私の未熟。私はその責務を果たしに行きます……まだなにか仰りたいのであれば、これより先の交渉はリネカーの流儀で応えましょう」


「分かったよ。アイリを任せた。ただし、これを持っていてくれ。兵舎を確認したら、俺も直ぐに合流する」


 マテウスがそう言って投げ渡したのは、マテウスとパメラを繋ぐ為の追跡石チェイサーだ。彼女はそれを眼前で捕らえ、感触を確かめるように撫でながらマテウスと見比べ、大人しく懐に収めた。マテウスの意志に従ったというよりは、これ以上の時間の無駄を嫌っただけだ。


「では、そちらも御武運を」


 短くそう告げた後、パメラは飛翔して夜の闇へと姿を消す。マテウスはそれを見送ってからシンディーへと歩み寄った。


「大丈夫か? すまないが急用が出来た。ここを任せる」


「だ、大丈夫です……緊急事態ですからね。ここは任せて早く行ってください」


 マテウスは神妙な表情のまま小さく頷くと、パメラの後に続くようにして夜の闇へと消える。その間、パメラの鋭い指摘が、深く彼の胸の内を抉っていた。

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