晴天に響くは蒼の轟きその2
1歩目。
大きく前へ踏み出そうとするエステルを、マテウスは許しはしなかった。マテウスから迎えるように放たれる、エステルの左脇を狙った一突き。彼女の大盾では防ぎにくい、押し出すように体重を込めた一撃に、エステルは後退するよりなかった筈だった。
マテウスの槍がエステルの大盾に触れる直前、彼女は大盾の理力解放の仕様を変更させる。次の瞬間、大盾が輝く障壁を顕在した。その輝く障壁は分厚く、アイリーンの
上位装具は
結果、輝く障壁にマテウスの槍は
2歩目。
エステルは必殺の一撃の為、輝く障壁を解きながら更に1歩踏み出す。しかし、光の障壁が解けた途端、マテウスの返す穂先がエステルに向けて、真っ直ぐ迫る。それを彼女は、大盾を使わずに、ソードブレイカーでもって弾き飛ばした。
マテウスの目にも止まらぬ一突きの先端を、ソードブレイーカーの
3歩目。
既に大盾はマテウスに触れるまで肉薄していた。その大盾が最後の輝きを放つ。マテウスが大盾を反らそうにも、そこから離脱しようにも、間に合わないタイミング。後は座して彼の身体が肉片に変わるのを、見守るしかないように思われた。
「後ろだ、エステルッ!」
マテウスが発した言葉と共に、エステルの背筋に悪寒が走る。彼女の視界では確認できない場所、背後に反らした筈の槍の穂が黒い輝きを放っていた。
(そうか……熱線っ!?)
エステルは自身の失態にそこで気付く。熱線を発する穂に背中を見せれば、当然そこを狙われる事に。一瞬の内に迫られる、相討ち覚悟で殲滅の蒼盾の理力解放を行うか、回避行動に移るかの2択。エステルの内に刻み込まれた熱線の速度と威力が、彼女に回避行動を選ばせた。
エステルは、咄嗟に膝を崩して身を屈める。彼女の右肩があった場所を熱線が通り抜け、金髪のお下げを焦がし、地面へと突き刺さった。エステルがその熱線の行方を確認したのを最後に、彼女の意識は完全に途絶える。
マテウスの左手刀が、エステルのがら空きの首筋を捕らえたのだ。彼を目の前にして、膝を落とすような隙を見せれば当然の結果だった。その後マテウスは、崩れ落ちるエステルを片腕で受け止めて、戦闘の緊張感から解放された事を、身体全体に知らせるように大きく深呼吸した。
「ふぅー……相手の装具を見誤ったのが敗因だな」
「なにを偉そうに。ギリギリだったではありませんか」
マテウスの感想に答えたのは、既に意識を失っているエステルではなく、一部始終を声も上げずに見守っていたレスリーでもなく、新たにその場へ姿を現したパメラだった。
「パメラ。君が来たという事はもうそんな時間か。いつから見ていたんだ?」
「貴方が、その槍の理力を解放し始めた時からです、マテウス卿。貴方を討たんとするそちらの彼女に期待を寄せ、黙して見ていたのですが……最後の瞬間、相討ちを選択出来ないとは。失望しました」
「確かにそうされてたら、俺はここには立っていなかったかもしれないな」
「はぁ……実に惜しい。はぁー……」
「おい、落ち込みすぎだろう。どんだけ嫌いなんだよ、俺の事」
パメラのマテウスに対する感想はともかく、エステルに対する感想はマテウスも同意見だった。エステルを出来るだけ傷つけないように手加減していたとはいえ、彼女はマテウスの命に後1歩まで迫っていた。
実際にマテウスがエステルの立場ならば、回避を選択しなかったろう。もし彼が同じ立場なら、あえて、更に前へと踏み込む選択をした。自身を
最後に選択を見誤った辺りに、エステルの課題があるのかもしれない。実戦経験の少なさ、命を奪う覚悟、生き残るために投げ出す覚悟。だが、彼女はまだ若い。それ等は、これから学べばいい事だ。
マテウスはエステルを肩に担いだ。そうすると、彼女の左手からソードブレーカーが力なく落ちて、音を鳴らす。
「まぁいい。少し待っていてくれ、パメラ。すぐに出かける準備をする。レスリーはこれを」
「えっ? ふぁっ、やっ……とっ!」
マテウスが緩やかに投げて寄越した槍を、レスリーはなんとか取り落とさずに両手でキャッチした。その間にマテウスは、屈んでソードブレイカーを拾い上げて、エステルを担ぎなおす。
「仰せのままに」
「君は返事だけはいいな、パメラ。レスリー、その槍は……レスリー、どうした?」
パメラを横切って兵舎へとエステルを連れて行こうとしていたマテウスだったが、レスリーが槍を握ったまま動かない事に気付く。両手で掴んだまま、槍を地面に立てながら、まるで魅入られたかのように穂先を見上げていた。
「あっ、はい。すいませんっ。レスリーを呼ばれましたか?」
「あぁ、呼んだな。その槍を武器庫へ持って行ってくれ。俺はパメラと外出するから、他のエステルと俺の装具も片付けておいてくれると助かる」
「はいっ、レスリーにお任せくださいっ。お帰りは何時頃になりますか?」
「どうかな。日が落ちる前には帰るつもりだが……食事はエステルが起きてから、2人で済ませるといい」
マテウスの言葉にまたレスリーは素直な返事をした。レスリーの質問にマテウスが返答を濁したのは、マテウス自身も何時に兵舎に帰れるか、予想が出来なかったからだ。
マテウスとパメラが向かう先。それは、民間警備会社リスクガード。彼の元職場である。その訪問理由は転職に際しての手続きや、感傷的な理由によるものではない。誘拐未遂事件の調査の為に、訪れる必要があったのだ。
「それと、君は午後からいつものように座学だ。モニカさんの言うことをよく聞くように」
マテウスのいうモニカとは、彼が雇った家庭教師の名前だ。彼女の採用面接の際に話した雰囲気では、妥協を揺るさず厳格な印象を抱かさせる、高齢の女だった。
親衛隊として、そして騎士としての勤めを続けるのならば、王宮内での礼儀作法は一般教養として必須。語学、算術もあって困るものではない。レスリーは貴族の娘のわりにその辺に疎いようだったので(女使用人として使われていた背景と関係があるのだろう)、そんな彼女の為にマテウスが
「あっ、は……はい。その、わかりました」
モニカの名前を聞いた途端に、レスリーの身体が僅かに震える。青ざめたぎこちない作り笑顔を浮かべて、曖昧に頷くレスリー。その仕草でマテウスにも、彼女のモニカへの苦手意識が存分に読み取れたが、厳しい指導を受けているのであれば無理もないと、特に気に止めなかった。
月にセグナム銀貨3枚(セグナム銀貨20枚でセクストン金貨1枚に相当)の出費だ。それぐらいの効果がなければマテウスが自腹を切った立つ瀬がない。
騎士養成所に正式に通わせることを思えば、随分安上がりに抑えてはいるとはいえ、この出費をいつまでも続けていけるものではないだろう。その為には、誘拐未遂事件とジェローム殺害事件。この2つの事件の真相を一刻も早くにつきとめて、マテウス自身がレスリー達の指導に専念するのが一番なのだが……先は長そうだと溜息が零れそうになるマテウスだった。
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