07-10-02:災厄の魔女
黒い風が吹いた。腹を貫かれ血を流し、剣を杖に膝をつくシオンは禍々しい何かを見ていた。中心に居たのはステラであり、粘り気のある漆黒のオーラが数多の蛇と成って祭祀場を蝕んでいた。
いや、祭祀場だけではない。蛇はぐるりぐるとねじれて壁に潜り込んでは消えていく。その速度は驚くべきものであり、すぐさま世界樹が悲鳴のような軋みをあげた。何が起こっているかはわからない。だがこの漆黒が何をしているかは分かった。あれはシロアリのように世界樹そのものを蝕んでいる。貪欲に、強欲に、ただ喜びのままに喰らっているのだ。
だからシオンは驚きに目を見開いている。彼女は……ステラはいつか、己の力が強大で理不尽だと語った。その上であえて力を小さくとも。その言葉の意味を、その本質をシオンはようやく理解した。力を思うがままに操る彼女は、最早『災厄の魔女』とでも言うべき存在と成り果てていた。
「な、何だ?! 貴様一体何をッ……ぐ、あっ?!」
恐れ戦くハイドランジアががくりと力を失い、地に膝をついた。突然のことにシオンも驚いたが、シオンには特に何も変化はない。だがよく見ればステラの周囲に居た祭祀達も倒れ、ビクビクと痙攣して泡を吹いていた。
「な、に……これは……まさか?!」
ハイドランジアが天を仰ぐ。同時にシオンは何か、天井の奥底から低く唸るような悲鳴を聞いた。世界樹が上げる軋みではない、何かが痛みを訴え、恐れを抱いて上げる泣き声だ。
初めて聞く声だが、しかしこの性質には覚えがあった。鳥肌が立つような怖気、畏怖を齎す瘴気。今まで幾度となく遭遇してきたジャバウォックの嘶きに違いない。
だとしたら何故ジャバウォックは悲鳴をあげているというのか。いや、何故等と問うまでもなく原因はステラに他ならない。だが彼女の心象魔法はジャバウォックに有効ではなかったはず。攻撃は通れども、銅の剣で竜を切るが如きものだったはずだ。
ああ、しかし。そう、あるいは。
彼女が無意識に力を制限していた結果、攻撃が通らないだけだったとするならば。
(あらゆる被害を無視したなら……ステラさんは魔獣さえ殺し得る?)
目の前で崩れ落ちたハイドランジアの焦りは、シオンの推論が事実であることを認めているように思えた。
「貴様! 神の人形ごときが、ジャバウォックを殺すというのか?!」
「おまえさっきから五月蝿いな?」
「げうっ!」
途端ハイドランジアに対して超重力が発生し、骨と肉がみしりみしと悲鳴を上げて折れていく。ごぼりと穴という穴から血を吹き出す彼は、まるで潰れたカエルのようにひしゃげていた。だがそれもすぐにふっと軽くなり、全身を骨折したハイドランジアはふわりと浮かび上がりステラの元に飛んでいく。
「ひゃ~あぶないあぶない。おまえは特別に殺さないといけなかったんだ。うんうん、思い出した私はとても偉いと思う。では改めて~……よくもやってくれたなーおまえー。なんつって」
「が、ごぼ……」
「あーらら、体はもう虫の息。まあいいや、用事があるのは
カストゥロだったものは糸を切られた人形のように地に落ちて、中身の詰まっていないソーセージの様にぐにゃりと身を横たえて事切れた。残るは中に浮かぶ青の剣ただ一振りだけだ。
『な、なんだ貴様……どういうことだ?! 我が支配は完ぺ』
「五月蝿いと言っているんだがな、話を聞かない奴め」
ステラが指を弾くと、ハイドランジアの剣身は中程で折れた。
『がああああああああああああ!!』
「ああ……面倒な。たかが折れた程度で喚くなよ」
『き、さま なに を した』
「あ? 黙れって言ってるのが伝わらないのかなぁ?」
シオンは改めて目を見開く。ハイドランジアはヴォーパル、つまり
しかもハイドランジアはこの世に7つ存在するヴォーパルの1つ、神代より伝わる神器なのだ。それがいとも容易く折れる等ありえない。
折れずの剣が折れる矛盾。しかもヴォーパルの核は鍔元にある宝珠のはずが、ハイドランジアは直接のダメージを受けているようだ。それをなしたステラは、彼女は一体何をしているというのか。言い様のない畏れを感じるシオンは、彼女が何の気なしにぽんと手を打つ様を見た。
「おお、そうか! なるほどつまり君は馬鹿か、馬鹿なんだな! それじゃあ仕方ないねぇ……」
彼女は両手を合わせとても、とてもうれしそうに笑った。ほころぶような、とはこの事を言うのだろう。だがその本質は邪悪そのものであり、気の弱い者が見れば失神する禍々しさがあった。とても……彼女がステラだなどと思えない。
「こんな悪い子には、しっかりしつけをしなくっちゃだね」
『ひっ、やめ』
ごん、と音がなってハイドランジアの柄がねじり切られる。ばつん、と破断の音が響いて星鉄が金属音を奏でた。
『ぎっ、あああああああ!!! やめ、やめろ!! 我が体を、けず るなあああ!!』
「黙れば止めてあげる」
『ッ……!!』
だがステラは残った剣身を螺旋に捻じ曲げた。
『’$’%#~=*?&$ッッッッッッッッ!!』
「うっそでーすやめませーん! アハハ、信じちゃった? ねえねえ信じちゃった? 馬鹿だねー、悪い子はみんなそうだ。都合の良いことばかり目に入れて、それ以外は見なかったことにしちゃうんだから。笑えないねーアハハハハハ!」
そのまま子供が遊ぶように、ステラはねじれた剣を端から少しずつちぎりとり、徐々に小さくしていく。そのたびに悲鳴があがって、彼女はクスクスと嘲笑うのだ。程なく僅かな鉄と中央の宝珠だけに成ったとき、ハイドランジアは生き絶え絶えなのか声にノイズが加わっていた。
『なん#んだお$え……いった*なん%んだ?!』
「私は私だよ? でもそんな事はどうでもいいだろ。おまえ、もう死ぬんだから」
『なに を*』
これ以上どうするつもりか、ステラが指を振るうと中空に黒い球体が現れた。それは空間にぽっかり穴が空いたように真っ黒で、その周辺はなぜか歪んで見えた。それを見たハイドランジアが震え、悲鳴をあげる。
『ブラ%クホール……?! ば#な!』
「じゃあさよなら」
『や、やめ』
球体に放り込まれたハイドランジアは、悲鳴をあげることも……いや、あげた悲鳴さえ吸い込まれて消えていった。
ぽちゅんと音を立てて弾けた球体の後には何も残っていない。いや、目に見えぬほど圧縮された砂粒が1つ転がりでただけだ。だがそれを観測するものは誰も居ない。ただひとり見えるはずのステラが、最早興味を失ったように背伸びをしているのだから。
満足気にふぅと息をついたステラは、ご機嫌にあざとく両手をにぎった。
「良いこと思いついちゃった♪ だからもっと殺しちゃおう!」
号令に、黒き蛇たちが行動を開始する――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます