06-09-04:杭打ちヘイヘイホウ
アルマドゥラが街で演説を打っている頃、チャルタとグルトンはヴォルカニア火山の麓に居た。虫の音さえ聞こえない森は震えるほどに静かで、だからこそある音が遠くまで響き渡る。
コオン――コオン――。
それは槌を振るう音だ。樵が木を伐採するような音は、彼等が大地に特殊な『杭』を打ち込む音に他ならない。
「ほんとにこんなのが役に立つのかニャア?」
「知らん。だが力仕事なら大得意だ。つまり問題ない」
「くっ、この脳筋め。話が通じねぇのニャ……」
グルトンに杭を手渡すチャルタは眉を歪める。2人はステラのお願いで、彼女が作り出した特別な『杭』を大地に打ち付けているのだ。
先端は鋭いプラスドライバーのような十字型。頭部分には針のように細いミスリルが埋め込まれている。この『杭』はさる機能をもった魔道具なのだ。
「たしか『スパイラル・プロクシ』とか言ってたニャ」
「よくわからんが目印になると言っていたな」
渡された綿密な地図――これ一枚で大金貨数枚にはなる緻密なものだ――を目安に作業を行っていく。地図に書かれたポイントをなぞると、名の通り確かに
ちなみにステラとシオンの2人は山頂側を担当している。ドラゴンという驚異をまともに相手できるのは2人のみなので、ある程度安全が保証されている山裾野をチャルタたちが担当しているというわけだ。
「螺旋がポイントって話だけど、どういう事だか想像がつかんニャ」
「よくわからんが渦を巻くのだろう」
「そりゃ『螺旋』なんだから当たり前だニャ……」
チャルタの溜息なんのその、膂力のあるグルトンは淡々とハンマーで大地に杭を打ち付ける。ちなみにこの杭、不思議なことに打ち込む地面がどのような状態でも一撃で根本まで刺さるのだ。
たとえば岩、びっくりするほどトゥルンと貫通した。例えば樹木の根、ジャキンと音を立てて埋まり仰せた。文字通り『穿てば刺さる』とんでもない杭なのであった。作業開始から早くも100本は杭を打ち込んでいる。
「この杭……石工が見たら欲しがりそうだな」
「あー確かに。岩石にぶち当たったきはどうしようかと思ったけど、ふっつーに刺さったしニャ。これは石工垂涎の1本……売ったら幾らになるかニャー?」
「おいチャルタ、これは仕事だ。誇りを持て」
「はいはい冗談冗談。でも売れるのは間違いニャいでしょ」
ちなみに川につきあたっても、そのまま図案通りに打ち付ける必要がある困難な作業……でもない。其の場合を見越して専用の杭打魔導機まで用意してあるのだ。名を『トッツキ』という大型魔道具である。こちらは燃料に魔石を使うため常用は出来ないが、作業に当たり力強い味方となってくれるだろう。
ちなみにステラ曰く『こう、回転しながらボディブローめいて叩き込むとな、ドラゴンが死ぬ』とのことらしい。一度試しにと地面に向けて使用してみたところ、爆音と共に深く深く穴を開けて打ち込まれた。反動は確かに『ぶち抜く』という行為に置いて最高の威力を誇るようだ。
人が受けたらまず間違いなくミンチになるだろうし、ドラゴンの硬い鱗ですら『トッツキ』の前では無意味だろう。ドラゴンにとって幸いなのは重くて巨大で扱いづらい事だろう。重量級のグルトンも扱いに困るほどの大型工具なのであった。
「しかしステラさんも気前が良いものだな」
「気前……ああ、アイテムポーチのこと? 気前がいいなんてもんじゃないニャ! ちょっと狂ったんじゃニャいかと心配になるニャ……」
超重工具や百本以上の杭はすべて、チャルタの背負うにゃんこリュックに収納されていた。これらはステラからお願いの報酬として押し付けられたアイテムポーチだ。
デザインは置いておくとして、使いやすいリュックタイプの物を3つも都合してくれたのである。これから宿経営を行おうという2人にとっては金銭より貴重なプレゼントだ。しかしデザインがニャンコなのは何故だろう……デザインが選べない代物とは言え、あまりに可愛すぎる。
勿論ステラお手製故に他ならないが、流石にチャルタも『イチから作り出した』等と思いたることはなかった。
「ところでグルトン。この作戦って本当に上手く 「行く!」 と思うかって聞こうとしたのに何台詞重ねてきてんのニャ。てめぇゲンコツいれんぞこニャ」
「しかしおまえも疑っちゃいないのだろう」
「そりゃあ……そうニャけどー」
チャルタは手元の杭を見やる。ステラのことが信じられないわけではないが、作戦規模が壮大過ぎてどうにも上手くゆくイメージができないのだ。眼の前で淡々と穿つ杭はステラが『最も重要だ』と言うものであるが、こんな打ち込みやすいだけの杭に一体何が出来るというのか。
「グルトン、おミャーはなんでうまくいくと思うニャ?」
「ふぅム……」
グルトンは振り下ろしたハンマーを杖にして、木陰から視える空を見上げる。遠くヴルカンの街がある方角だ。
「理由なら非常に簡単に説明できる。つまり温泉は不滅だからだ」
「……ううん? グルトンさん、意味がこれっぽっちもわからニャいんだけど?」
「えっ? 嘘だろ?」
これにグルトンが衝撃的に目をむいてチャルタを見た。こんな常識誰でも知ってるやん、そう彼の目は語っているのでチャルタは全力でどついた。だが元パーティーのディフェンダーは伊達ではない、まるで痛がる様子もなく逆にチャルタの手が痛いだけで終わる。
「ッキショウ手痛った! 手痛った!!」
「どうした?」
「なんニャその腹筋硬すぎるんニャ!」
「それは理不尽じゃないか?」
「うるさい鉄壁!」
「それは褒め言葉だな」
「ぬぅ……!」
憤慨するチャルタだが、しかし自業自得でもあるため引き下がった。天然自然に対しまともに相手しては勝てないのは道理である。
「うむ、だが理解出来ないのなら、説明を変えねばならないな。となると、だ、つまり、上手く言えないのだが……うん、まず俺はバカだ。そう、バカだ」
「知ってる。だからこうしてアタシが付いて来てやったんニャ」
「ああ力仕事は得意だが、頭を使うのは少し苦手だ。要領も悪いとよく言われる」
「まぁそうだにゃ。いつもおミャーは割りを食ってばかりにゃ」
「だが見ろ、温泉はすごいんだ。俺がバカだ、チャルタは賢いだ、そんな事は関係ない。あれはすべてを包み込んで心地よさだけが残る。俺はそれが凄いことだと思う」
「つまり……どういうことニャ??」
この後グルトンが語る言葉を、チャルタは生涯に渡って思い返すことになる。木漏れ日の下で語る彼は、それほど印象深かったのだ。
「なぁ、信じられるか? 温泉には争いがないんだ。力が有っても無くてもいい。大人も子供も、男も女も。王と奴隷だって関係ない。湯の前では等しく平等だ。それはとても平和な世界だと思う……そんな湯が無限に湧き出す温泉は、人に等しく平穏をくれる。俺は其処が凄いと思う」
語るグルトンは真顔でウンウンうなずいており、そんな彼をチャルタは驚いた目で見た。彼は確かに要領も悪く馬鹿かもしれない、だが決して愚か者ではないのだ。
「それにステラさんはいい人だ。それだけは間違いない」
「うん……ちょっと、
「つまり頑張ろうということだ」
「そうだニャ……コツコツ頑張るニャ」
2人はうなずきあい、再度杭打ち作業へと戻っていった。
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