06-09-02:アルマドゥラかく問いたり
朝から嵐の吹き荒れた邸の執務室では、刀剣台に置かれた
「のう、ファルよ……お主の見立てはどうじゃ」
『見立てというと今朝のことかえ?』
「左様。アヤツ等め、大仰を申して去りおおせた。しかして街を救うなどと聞き逃がせぬ事を嘯きおる……なれば
『妾が素直に答えると思うてか? まずは己の考えを露わとせよ。全てを妾に頼らず、まずは己で考え見定めよと妾は教えて来たであろう?』
「むぅ……」
ファレノプシがうすく輝き、アルマドゥラの言葉を待つ。そして出された解答は
「……戯言じゃ。山の怒りなぞ人の手に負えるものではない。ましてやかの山は龍脈の通る地ぞ。大地の力の暴走を統御するなぞ、子供でも分かる答えじゃて」
『うむ、それには妾も同意見……と言いたいところじゃがな、此度に限っては
「なん、じゃと……?」
アルマドゥラが目を見開いて驚く。彼は困ったことが有ると度々彼女と相談し、何事も上手く行くように取り計らってきた。だから今回も明快な答えが得られるはずだと彼は踏んだのだ。
しかし今回に限ってその鋭い推察は絶望という名の結論のはず……だと言うのに何故今更彼の心を揺さぶるのか。
「珍しいのう。ファルは何時如何なる時とて正しき道へと導いてくれたではないか」
『妾の演算能力はヴォーパルでもトップクラスじゃからな。それこそ事象予測などお手の物じゃ……が、今回に限り演算しきれぬ。いや、出来ぬというたほうが正しいか』
「エンザンとは推定のことであったな。であれば何故そうなるのじゃ? オヌシに見定められぬ事柄が在るとは思えなんだが」
『今回はちと事情が違うての。ううむ……説明がし辛い、如何にしたものか……』
言いあぐねるような彼女の言葉にアルマドゥラが息を呑む。彼の生涯でファレノプシが此のように答えに窮するなど一度たりとてなかったのだ。
「何か、理由があるのだな?」
『うむ……先程な、去り際に
「は……? なん、じゃと……?」
『妾の演算結果はでは
アルマドゥラが首をかしげる。彼という歴戦の勇士以前に、子供ですら常識的に考えて不可能と判断がつくような作戦だ。ましてや相棒たるファレノプシなら即断即決しても良いようなものではないか。
「ではどこに悩むところが在るというじゃ」
『全てはあの巫覡ステラの存在よ。あやつめが絡むことで全ての予測が不確定となり仰せた』
「騎士シオンではなくか?」
『坊は未だ
「それは一体なんじゃ……? いや、ファルでも測りきれぬなど|真まことに人であるのか?」
『少なくとも見た目通りではあるのは確かじゃ。ただ1つ、姉上が送ってきた情報に面白い
クシシと笑うファレノプシは焦らすようにアルマドゥラに問いかけた。
「なんじゃ勿体ぶって……」
『いやなに。この巫覡めが関わった事件、その尽くが十あるうち十失敗するものばかりなのじゃよ。まっこと矛盾しておる……必滅の絶望を必然の希望へと変じ、全てを良き方向へと誘う矛盾など理外の存在にほかならぬわ』
「なにか特別な力があると言うのか?」
『左様、これより導き出される結論は1つ。信じがたいことじゃが……此度の巫覡は特異点なのであろうよ』
「とくばいび……? なんじゃそれは」
『エイラッシェ安いよ安いよ!! ……って言わせるでないわ!
聞いた瞬間、アルマドゥラの顔がみるみる赤くなり怒髭天を突いた。
「何ィ卑劣なさいころめ! 切り捨ててくれようぞ!!」
『ええい架空のグラサイにキレるでないわ!』
「6しか出ぬさいころなぞ極悪非道であろう!」
『じゃからたとえ話と申しておろうが脳筋爺!! ったく……話を戻すぞえ。その卑劣なさいころめを巫覡ステラが使ったとしよう。どうなるとおもう?』
「卑劣ゆえ6が出るのであろうが。何を当たり前な――」
『誰もわからぬ』
「……なん、じゃと?」
『お主さっきからもっそい"なん、じゃと"とかいうておるな。霊圧とか消えそうじゃからやめて』
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてファレノプシを見つめる。彼は言っていることが理解できず、首をかしげて髭を弄った。
『で、じゃな。必ず6の目が出るさいころなのに、これに特異点が関わると6が出るとは限らぬのよ。既存の法則を超えた在るまじき怪物が特異点というわけじゃ。左様なもの、妾とて観測できぬ……まさに開いてみてのお楽しみというわけじゃ。故に妾が必然と見た計画も、あの巫覡めが関わるなら数字以外すら出しかねん。モノがモノなら存在そのものが世界の敵と言えなくもない代物じゃよ』
「ならばあの戯言は……」
アルマドゥラが困ったように頭を抱え、深く考える彼の時間は静かに過ぎていく。やがて答えを導いた彼は、晴れやかな笑顔でファレノプシに微笑みかけた。
「つまりファルの見立てはこうか――少しでも、ほんの小さな可能性でも在るのだと。どう足掻いても堕ちるしか無い今をこそ、変える事ができるのが今じゃと」
『……まぁ、な。妾をして全くもって結果が分からぬ以上、目があると見るのも間違いではない』
聞くやいなや、アルマドゥラは執務机を両手で叩いてズンと勢いよく立ち上がった。
「ファルよ。儂はのう、この街が大好きなのじゃよ」
『知っておる。妾とて思いは同じよ、幾星霜を此処で過ごしたと思うておるのじゃ?』
「また残った住人も、儂と同じ大馬鹿者ばかりじゃ」
『そうじゃな。阿呆が多くて難儀しておるわ、特に目の前の髭面などな』
「それはあいすまぬ。……じゃがのう、だからこそじゃ」
『ああ。だからこそ、じゃな』
アルマドゥラは己の両手を見る。剣ダコが出来たその手はしわくちゃで、今まで彼がどう生きてきたかを物語る。
「ファレノプシよ、我が劔たるヴォーパルよ。その計画、儂も乗るぞ。良くても混乱は避け得まい。しかしじゃ……皆灰燼と帰すよりはずっとましじゃ」
『ならば妾も手伝うとしよう。わが
「カカカカカ! それでこそ我が愛剣よの! ようし、もう一働きと参ろうぞ! 皆集まれィ、下知を飛ばす故のう!」
豪快に笑う有るマドゥラを契機に、静かだった邸がにわかに活気づき初めた。そしてその熱気は程なく街中を覆い尽くすこととなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます