06-03-05:称賛を受けしもの
街に帰ったあと、宿泊している宿屋に担ぎ込まれたシオンは丸一日眠りこけてしまった。そのせいもあってか目覚めはそれはもう快適かつ爽快であった。まるで新しい下着を卸した年末年始の朝のようだ。
身を起こした彼は周囲を見渡す。あの日泊まったときと殆変わりないが、隣には看病のための道具が積まれて誰の姿もない。いや、姿は有るか。ちょうど桶に水をくんできたステラが沈んだ顔で部屋に入ってきたのである。
「おはようございます、ステラさん。いい朝ですね」
「ファッ?!!!?!」
にっこり笑ったシオンにステラはビクリと固まり桶を取り落とし、ぽろぽろと涙を流す。そして感極まってシオンに飛びかかった。
「じお゛ん゛ぐん゛ん゛ん゛ん゛!!」
「うわあごるぶっ?!」
ステラのフライングプレスを食らったシオンはうめき、泣きじゃくる彼女に若干引きつつ何が起こったのか脳裏で整理する。
(あー、すごく気持ち悪くなって倒れたんでした)
「ゔぁああああああああん! じんばいしだんだぞ!! じんばいじだんだぞおおおお!!」
そして、彼女の様子を見るにステラはずっと看病していたのだろう。それこそ丸一日眠らずに……彼が目を覚まさないことを恐れながら。眠らぬ看病は普通なら疲れから眠りこけて自然と心を休めることが出来る。
しかしステラは睡眠を必要としない。故に彼の眠る顔を見ながら、目を覚ます時を望み、恐ろしい妄想が何度もよぎる中でずっと戦わねばならなかった。
彼女は今、とても、とても不安だったのだ。
「あー、大丈夫なので泣かないでください」
「だいじょうぶって言う人ほどだいじょばないんだ! わたしはくわしいンだ!!」
「えぇぇ……どうしろっていうんですか……?」
実際気分爽快なのだからしかたない。何なら今から龍の1つも刈ってみせろと言われたら普通にできそうな心持ちである。とはいえ心配掛けたのは事実なので、苦笑しつつ頭をなでてやる。アイボリーの髪は艶やかで指通りが良い、絹のような髪質だ。ただ少し乱れているだろうか、あとでステラの銀のくしで梳いてやろうとシオンはぽんやり思う。
撫でてやると徐々に落ち着いたのか、ひっくひっくと泣くステラもグシグシと涙を拭って潤む瞳をシオンに向ける。
「……死んじゃうかと思った」
「結果的に死にませんでしたけどね」
「君が居なくなるのが怖かったんだ……」
「ちゃんと此処に居ます。大丈夫、大丈夫です」
差し伸ばされた震える手を取る。シオンの手はいつかと同じように固く、ステラの手は変わらずに柔らかいままだ。しかしその関係性は少しだけ変わって、ステラは必死で手を伸ばし……シオンは保護者としてその手を取ろうとしている。
「どこにも行っちゃ嫌だよ……?」
「何処にも行きませんよ」
「ぜったいだからね……?」
「はい、絶対です」
こうしてシオンがステラを慰めるのに、しばらく時間を要した。
◇◇◇
余りに時間を要したが故に、ステラは現在別の意味で涙目になっていた。
「……いや、その、あの、お、お恥ずかしい話っ、で……ございまして……」
「いえ、問題ありません、よ?」
「うぐ……」
顔を真赤にして土下座するステラは、顔をうつむけてプルプル震えている。まったくもってらしくない。取り乱し方が余りに酷すぎた……
この取り乱し方、もはや恋心がバレてしまったろうか。だとしたらだとしたら、一体どの面下げて彼と向き合えばいいというのだろう。
ステラには分からなかった。わからないときは……心の棚に問題を置いておくのだ……!
「そっ、そういえばだけどっ!!!!!」
「あっはい、なんでしょう?」
酷い話の切り替えであるが、この妙なステラの様子に困惑するシオンも助かったのでスルーする。
「あ、あ、アルマドゥラさんがね! 祝宴をね! するっていうのね!」
「祝宴? 戦勝祝いですか?」
「まあそんなとこだが、主賓は我々だよ。龍殺しの英雄を称えるんだってさ」
「アジ・ダハーカ、いやティアマトでしたっけ」
シオンがうすぼんやりとあのとき起きたことを思い出す。
ブレスが放たれると同時に剣を突き出すように掲げ、同時にステラの声が聞こえた。その瞬間身の内側より冷たい熱が沸き起こり、目の前……正確には剣の切っ先を中心に光輝が現れ、一直線にティアマトへ向かっていく。光輝は一直線にティアマトへと向かい、胸を貫き首を飛ばし、焚き消した……次の瞬間には地に倒れていたのだ。
それも滅茶苦茶に気持ち悪くなって。
あれはひどかった。例えて言うなら内臓のすべてがなにか別モノにすげ変わったかのような違和感で、必死に
「ちなみにあの時、ステラさんはなにをしました?」
「え、わたし? 特になにかした覚えは無いが」
「つまりなにかしたんですね」
「いやしてないって! 強いて言えば叫んだくらいで……」
「……ん? 本当に何もしていないんですか?」
「うん、何もした覚えがない」
本当に心当たりがなさそうなステラに、シオンがふむと首を傾げた。彼女の事だからまた突拍子もない魔法を編み出したのかと思ったのだが違うようだ。とはいえシオンの内に秘密の力が潜んでいた……などという御伽噺が有るはずもなく、原因は十中八九ステラであることは間違いない。
ただ本人も何をしたかよく解って居ない点は覚えておく必要があるだろう。留意したシオンは長嘆息をついた。
「で、祝宴ですか。何処でやると?」
「なんか迎えが来るってさ」
「迎えですか?」
はてなとシオンが首を傾げた。確かに宴会で呼びにくると言うのはあるが、説明するのがステラである。果たしてそのまま受け取ってしまって良いものであろうか。
「何の迎えですか」
「馬車でくるって言ってたよ」
「……馬車?」
馬車での迎えとはつまり客車ということだ。すなわち商家か貴族家のものとなるが……この場合商家であればアルマドゥラが相当するだろうか。彼はヴォーパルの騎士であり、少なくとも法衣貴族。町の防衛に駆り出されていたように、中枢近くに組いる立場にあるのは間違いない。
まぁ街を守った英雄という点は間違いないため
「それは何時やるんです?」
「シオンくんが目を覚ましたらすぐって言ってた。ああ、伝えに行かなきゃね!」
気恥ずかしそうに立ち上がったステラは、まだ頬を朱に染めたままトコトコと小走りに行ってしまった。
「……ふむ」
シオンはベッドにまたぽふんと寝転がり思案する。結局今回の出来事は結局何だったのだろうか。
ごく単純に見ればただドラゴンによるスタンピードが発生しただけである。だが詳細を見ていけば謎の多い事件であることは間違いない。
霧の森の龍。
滅びを前に守りを固める街。
最後に見た極光。
「はぁ、まあ1つずつ解決すればいいですね」
シオンはのんびりと背伸びをして、ゆったりとステラの帰りを待つ事にした。
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