05-09-03:プリムラ・シンなるエゴ

 一方でプリムラは緊張しつつ、リラックスするべく深呼吸をすしていた。今まで生きてきた中で、こんな場所で歌うなんてことはなかったのだ。いくら居心地がいいと言っても慣れることはない……。


 開いた目がを目にし、色とりどりの香りの中で心のままにリズムを刻む。



――ラ、ラララー……♪



 最初は恐る恐る、徐々に前に出て、最後は調和するように。観客となる幾多の花は歓迎するようにゆらゆらと揺れている。


(ああ……すごく歌いやすい場所やんなぁ……)


 ここには誰の目もない……だから1人であることがよりちっぽけな自分を体感させる。個人など大きな流れの1つでしかなく、流れの中に歌が乗って循環していく様を肌が感じ取る。魔法使いマギノディール魔力循環クレアールするようなイメージであるが、それよりもずっと心地よくて気持ちがいい。


 ここは『ギフソフィア生花店』の最奥、『秘密の花園』。デルフィが秘密にしている場所で、プリムラは凍てついた声を溶かすように歌を響かせていた。


 1つ旋律を歌い終えて息をつくと、後ろから拍手が聞こえてきた。気配もなく立っていたのは――。


「あ……デルフィさんか」

「調子は如何ですか?」

「ええで。ここはごっつ心地ええところやな……」


 言葉と同時にふわりと風が吹いた……全く不思議なところだ。此処が地下だなど全く信じることはできない。ましてや迷宮ラビリンスだなんて。


 これは秘密どころの話ではないな、と言うのが彼女の印象だ。今回の事案、何から何まで墓場に持っていく案件ばかりだ。とはいえステラから脈々と驚愕が続いているので、むしろ耐性が付いて驚かなかったのだが。これは良いのか悪いのか……間違いなく悪いであろう。


「でもアタシを此処に連れてきてよかったんか? デルフィさんの秘奥なんやろ」

「若様のご紹介であれば信用いたしますよ」

「さよか……偉い信用してるんやな」

「我が主ですからね」

「あるじ、ねぇ」


 プリムラがううむと首をかしげ、デルフィを見やった。


「シオンの兄さん、やっぱりええとこの出なんか?」

「ええ、尊い血筋の方ですよ」

「やーっぱりその手の人やったか……」

「ご存知でしたか?」

「いんや。確信はなかったんやけど……でもな、所作や心構えが探索者ハンターのそれやないやろ。どっかしら高貴な人柄や~とはおもっとったがまさか王族とは。どんだけ秘密抱えた一行やねん。まぁ今更驚くに値せんけどな」

「庶子となりますけれどね。何にせよ我らが主は彼の方以外にありませんな」


 ククと笑うデルフィに、プリムラは深く深くため息をついた。


「もうズブズブに逃げられん奴やなぁ。そもステラの姐さんからしておかしいもんな、うん」

「ははは、あの方は特別ですから」

「正直話、姐さんてなんなん? アタシが知ってるハイエルフと良う違うんやけど」

「小職も詳しくはありませんが……善でも悪でもなく、ただ無邪気で直向きな方ではありますなぁ」

「あーわかるわー。ちょいちょいずれてるんやけど、悪い奴やないんよね。時に非情やけど、そうかと思ったら叱られる子供みたいになりよるし。よーわからんが嫌いにはなれそうにないよ」

「ですな。周囲を笑顔にするのが嬉しい、なんて方ですから」

「それな!」


 お互いにクスクス笑い合い、ふとデルフィが周囲に目を向ける。目線は彼が管理する草花だ。


「ステラ様の縁は本当に不思議なものです。例えば貴女がここに居るように」

「アタシが?」

「ええ、プリムラ様が来てから花々が一層美しく咲き誇るようになりました。小職も知りませんでしたが、魔素を得る花々は呪歌カンターヴィレでより美しくなる……つまり、この庭は貴女を受け入れたようです」

「よーわからへんけど……本当なん?」

「小職、これでも庭師ですから」

「だとしたら……草も花も歌を聞ける言うんはほんまロマンスやな」


 格好はたしかに庭師だが、中々に気障なセリフを吐く。顔立ちは良いのに影は薄い……生粋の従者と言えばそれまでだが、どうもプリムラには只者には思えない。


「先程の歌はたしか、楽園へ導く歌でしたか?」

「ああ、ステラの姐さんが教えてくれたやつや。人は死んだらレイア様とレイス様の身元へ行くけど、姐さん曰く『故国において死後人は救われん。善きの魂はテンゴク、或いはジョードへ向かう』とかなんとか」

「ステラ様の故国の考えですか……なかなか面白いですね」


 プリムラが微笑んでコクリと頷く。


「そこはここみたいに万年花が咲くええとこらしい。なら双子神様の御元もそうかもわからへんなーってな」

「ステラ様らしい言葉ですね」

「せやろ? 月がお花畑なんてアタシもびっくりや。……生えとるとしたら、きっとその……ギフソフィアいうたっけ。そんな花ばっかりなんやろうな」

「かもしれませんね……プリムラ様。良ければもう一度歌っていただけませんか?」

「ええで、お安い御用や!」


 互いに亡き者を思い、プリムラは再度歌を紡ぐ。歌い上げるのは誰かのための歌。見知らぬ何者かが手を差し伸べるうた。


 嘗て居た者の優しさを知ってもらうための歌が、花々を通り抜けて涼やかに流れていった。

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