05-09-02:シオン・爪弾くは三琴
ここはルサルカにあるなんでもない広場の一角。青空の下でベベンと艶のある三琴を弾くシオンは顔を上げて、じっくりと奏でる音に聞き入る生徒の吟遊詩人たちに目線を向けた。
「――さて、骨子はわかりましたか?」
「「「はい!!」」」
一様に目を煌めかせる吟遊詩人たちはこの『秘密の特訓』の先生たるシオンを見つめる。彼の弾き手は今までにないリズムを刻み、何処か覚えやすく、それでいて新しく、だからこそ個々人の力量を問う楽曲であった。
ステラが覚えていたいくつかのリズム――彼女は『コード』と言っていた――を元に、シオンが再構成したものだ。
今彼が教えているのは第3グループ、意欲的な吟遊詩人たちが爪弾く音を聞いて興味を抱いた者たちに基本を教え込んでいる。瞳に熱意を宿す1人、竪琴を持つ吟遊詩人が手を上げた。
「ですがシオン先生、本当にこのような簡単な曲で街そのものを盛り上げることが出来るのでしょうか」
「正直わかりません」
「えっ?!」
「僕自身ここまで大規模に同じ曲を奏でるなど、聞いたことありませんからね」
「た、たしかにそうですが……」
フェイズ1は『
そもそもお互いが
何だかんだと振り回されてはいるが、どの状況も悪い結果には終わっていない。なら今回もきっと愉快でおきらくで、笑顔があふれる結末に終わるだろうから――。
「そう。1つ僕から言えるのは、『面白くなること』を『保証』するということですかね」
言葉に各々が頷く。
「とはいえ僕達は主役にはなれません。あくまで主役は歌い手……今回は『ウタウタイ』の2人となります」
「そう、それや。例年にない変更やないか、ルドベキア様もお認めにならはったんか?」
「公認ですよ。つまり彼女肝いりの計画です」
「せ、せやかて前例がないで? 大丈夫なんか」
「はっきり申し上げますが、僕たちをこそ前例なのです。リスクが勝つとお思いなら引いても宜しいですよ」
くすりと笑うと、ルサルカ訛りの吟遊詩人は口々に『ビビリやな』『恥だねぇ』『タコスか』と口々に罵られる。
「だだだれがビビリやっちゅうねん!」
「気持ちはわかります。ですが今回の作戦はウタウタイとなった女性の活路を開くため、歌声を絶やさぬための戦いです」
シオンの言葉に吟遊詩人達が頷く。同じく歌を生業とするもの同士、美しい声が無くなるのは寂しいことなのだ。
「ウタウタイは以後公的・私的共に歌をうたうことが極端に減ります。ヴォーパル、『焔嬢のルドベキア』はこれにずっと責任を感じていたようです。分かりづらいなら……そうですねぇ。自分が相手を五体満足で、楽器も手に有るのに、2度と爪弾くことが出来ない体にしてしまったなどと考えてください」
「それは、恐怖やな……」
納得したようにルサルカ訛りの吟遊詩人が下がる。見取ったシオンは周囲を見回しコクリと頷いた。
「さて、他に質問は? 僕より皆さんのほうが腕前は上ですから、すぐに習得出来てしまうでしょうけれど」
ふんわりと笑う彼に対して吟遊詩人達は彼が同業者でないことに安堵し、同時に残念がった。それほど彼の三琴の腕前は見事なものだったのだ。何人かは楽師隊へのスカウトをかけているようだが、『飽くまで自分は
対するシオンは内心では少しだけ緊張していた。ステラの案とはいえ流石に本場本職、現場の人間に音楽を教えるなど身に余るものがある。彼自身手習いと認識する腕前で何処まで教えきれるか……。
だがやるしか無い。事を頼むステラがシオンと目線を合わせて『君なら出来る!』と、真っ向から微笑むものだからつい頷いてしまったのだ。
(まぁやってやりますよ。信用には答えないとですね)
なにせこれだけの人を動かし、感動へと導くための仕掛け人などそうそうなれるものではない。今まで薄暗い場所を歩いたことも数知れず、ただ母のために全力を尽くした人生では決してたどり着けない物語だ。
この事を彼の母が聞いたらきっと喜ぶだろう。
彼もいつか
日記のような積み重ねは、意外と悪くないものだ。
「さて、休憩は終わりです。当日演奏する曲をお教えしますのでもう少し頑張りましょう!」
「「「はい!!」」」
元気よく帰ってくる声に、彼も自ずと微笑んで頷いた。
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